テルマ=テリーナの手記 其の一
赤の月 八日
『またしても討伐依頼のクエストが届く。正直言ってきりが無い。内容を精査して私である必要性のないクエストだと判断し、丁重に断りの連絡を入れる。国からの緊急依頼でもない限りはある程度自由に断れる立場になった事には感謝しておく事としよう』
「ふう……」
日記を記す手を止め、ペンを机の上に置く。一息つこうと立ち上がると、首にかけたチェーンがちゃりん、と音を立てる。胸元にはペンダント仕様に加工した黄金龍の爪がぶら下がっている。ふとそれを手にして物思いにふける。
『君が仕留めた獲物だ。記念に取っておけ。知ってるかい?黄金龍の爪は幸運の御守りなんだ。傷が少なく形が整っていればいるほどご利益があるって言われている。君がこれから一流のハンターを目指すならこいつを持っているといい』
そう言われ、これを手渡された日の事は昨日の出来事のように覚えている。女だというだけで馬鹿にされたり色眼鏡で見られた時も、死を覚悟した魔物との戦いの中でもこの御守りとあの時の思い出があったから乗り越える事が出来た。思わず部屋の中で想いが口からこぼれ出る。
「……逢いたいです、先生」
月明かりに照らされ、御守りの爪がきらりと輝いた。
赤の月 十日
『またしても別の街から魔獣の討伐依頼が届いた。素材や報酬は自分にとっては微々たるものだが近隣に孤児院や保護施設があるため、野放しにしてこれ以上魔獣が繁殖すると危険だという点とメバツ地方に近いエリアだったため急遽依頼を引き受けることにした。支度を済ませて明日の昼には向かう事にする』
「本当に助かりましたテルマ殿。……こう言っては何ですが、まさかお引き受けいただけるとは思っておりませんでした。何分田舎ゆえ、報酬も満足のいく額ではありませんでしょうし、ここで暮らす我々にとっては死活問題でしたがテルマ殿にはもっと名実共にお受けする依頼があったでしょうに。街の一同、皆テルマ殿に感謝しております」
依頼を受け早々に街へと向かい、街の者から聞いた情報をたよりに魔獣の根城へ向かい、数日で群れのほぼ全てを殲滅し、後処理を終わらせ街へと戻り長老へ報告を済ませると声をかけられた。
「……私も孤児の生まれだからな。貴族やお偉い連中の依頼よりもこの依頼を受けたいと思っただけだ。当面の間はこれで大丈夫だろう。さて、私はこれで失礼させて貰う」
そう言って荷物を抱えて立ち上がると、長老が慌てて自分に声をかけてくる。
「えっ!?もう戻られるのですか?ささやかながらお礼の席を設けさせていただきたいと思っていたのですが……」
慌てて御付きの者に指示を出そうとする長老を手で制して言う。
「気持ちだけ受け取っておこう。私に振る舞う食材や酒があるなら街の皆や施設の者たちに平等に与えてやって欲しい。それと、これは置いておく。魔獣の被害にあった者や施設の復旧に使ってくれ」
そう言って先程長老から渡された報酬の入った袋を机に置く。それを見て長老が更に慌てだす。
「い、いやいや流石にそういう訳には……それに、これではテルマ様はただの骨折り損ではないですか」
長老の言葉に笑いながら言葉を返す。
「気にするな。全て返した訳じゃない。ここに来るまでにかかった分と国に戻るまでに少し寄り道をする際の路銀分は抜かせて貰ったからな」
なおも動揺している長老の目を見て更に続ける。
「お見受けするに、貴方は自身の私服を肥やすような人間には見えない。そんな貴方ならきっとこの金を街の者たちのために正しく使ってくれるだろう。そう思ったからこちらを託させて貰う」
長老という立場上、身なりや家がもっと豪華であってもおかしくないのにこの街の住人とさほど変わらぬ暮らしぶりと、己の立場よりも街の事を考えて暮らしているのが見て取れた。
「……テルマ殿。改めて貴女の働きに感謝いたします。貴女に何かあれば、我々は街をあげて貴女のために動く事をここに誓います」
そう言って深々と頭を下げる長老たちに見送られながら街を後にする。馬車を用意するという長老の申し出を辞退してゆっくりともう一つの目的地へと向かう。
「……ここからならメバツまではゆっくり向かってもすぐに到着出来る。長老が時間稼ぎを約束してくれたから時間は充分にあるな」
何か我々に出来る事はないか、と執拗に尋ねてくる長老に向かい、一つだけ頼みごとをした。
「ならば、国とギルドへのクエスト完了報告を少し遅らせて欲しい。出来れば数日。国へ戻る前に内密で立ち寄りたいところがあるのでな」
自分の申し出に不思議そうな顔をするものの、すぐに了承する長老。これでメバツでの滞在時間を引き延ばせるというものだ。
「さて……私服は持ってきているが、どちらの姿でお逢いするべきか。……いや、まずは私の今の姿を見てもらうのが一番だろう」
そんな事を口にしながら目的地へと歩みを進める。幸いにも天候も安定しているためこの調子なら思ったよりも早く辿り着けそうである。歩きながらつい昔の事を思い出してしまう。
(……思えば、あの時先生と出会っていなかったらSSランクハンターとしての私はいなかっただろう)
そんな事を思いながら更に歩みを進める。頭の中に出会ったばかりの先生の顔が浮かんだ。
「へぇ。君が噂のテルマ=テリーナか。よろしくね、テルマさん」
どこか気の抜けたような、張り詰める様子が一切感じられない挨拶。これが本当に歴戦のハンター達の記録を塗り替え続けているクランのリーダーだというのか。初対面の先生に対する自分の第一印象の感想は失礼この上なかった。
「……テルマで結構です。そもそも貴方は私より年上ですし、経歴も今の貴方にはまだ及びませんので」
礼儀や作法をどこかに置き忘れていたのかと思うほど失礼な態度を取った当時の自分を殴りたい。それ程当時の自分は思い上がっていた。
孤児である事を馬鹿にされ、それを跳ね除けるために身に付けた力はやがてハンターになるための礎となった。同年代のハンターと比べても自分には明らかな才能の差があったようで、ハンターになって史上最速と言われるぐらいでの出世を遂げた。それが災いし、気付けば自分は当時の世代の中で完全に孤立していた。
(……己が強ければ群れる意味も理由もない、などと思っていたな。本当に生意気な小娘だった)
そんな自分を教官たちも持て余し気味だったのだろう。一足飛びに上級ハンターとして成り上がる自分はより上位の魔獣や魔物の素材を求めた。
「黄金龍の討伐クエストを受けたいです。私の実績なら受注資格は充分に満たしているはずです」
本来であれば無謀だ、若造が何を言う、とあしらわれて終わりである。だが自分の今までのクエストの達成率と討伐数は既にギルド側も無視出来ないものになっていた。結果、条件突きではあるものの自分はクエストの受注を許された。
「ギルドが満場一致で今の君よりも優秀と認めたハンターを最低一人クエストに同行させる。それがクエストを受注する条件だ」
そう教官に言われ、渋々ではあるがそれを受け入れた。確かに火炎龍や氷牙龍をはじめ数々の龍種を仕留めてきたが黄金龍や白銀龍は未知の相手である。それでも数々の資料には目を通しているし、今の自分なら一人で仕留められるという自負もあったがこれ以上ごねて上の連中の機嫌を損ねるのは得策ではないと思った。
「……わかりました。ではその方の名前を教えてください」
自分がそう言うと、教官がその名を告げた。




