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ギルド受付で働いてますが、攻略して欲しいのは自分ではなくクエストです  作者: 柚鼓ユズ


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クルス=エンシスの手記 其の二

「……もう一本お願いします、師匠」


 息を荒げ今にも顔から地面に倒れ込んでもおかしくない程疲弊しつつもこちらを真っ直ぐ見つめてアークが言う。これ以上は無駄に自分の体を傷付けるだけだというのにその目からは闘争本能が全く失われていない。


「いや、今日はここまでにしておこう。早く強くなりたい、技術を身に付けたいと思う君の気持ちはよく分かる。だが、そろそろ体力の限界のはずだ。時間は沢山ある。焦っちゃいけないよ」


 そう声をかけるものの、なおもアークが木刀を構える。先程からの稽古の間、容赦なく何度も地面に叩きつけているというのにその目からは闘志は全く失われていない。


「……分かりました。では……あと一本だけ……」


 そう言いながら地面へと倒れ込むアーク。やはりとうに限界を迎えていたようで意識を失っている。気力だけで持ちこたえていたのだろう。アークを優しく抱き抱えてその顔を見つめる。


「……やれやれ。顔をしたたかに打ち付けてしまったから鼻血が出ているじゃないか。困った弟子だよまったく」


 そうつぶやきながらアークの顔を拭き、抱き抱えたまま館へと戻る。アークをベッドに横たわらせて体の汚れを拭き、エルフの秘薬を塗る。無香料かつ即効性の解熱と鎮痛効果、かつ体力の回復まで行う優れものの薬だ。


「……まったく。館に来てからというもの稽古もボクのお世話も泣き言一つ言わず受け入れてくれるのはありがたいが、たまには弱音の一つくらい漏らしてくれても良いだろうに。期待している事には間違いないが、言いたい事を飲み込むような関係にはなりたくないんだけどな」


 そんな事をつぶやきながら体に満遍なく薬を塗っていく。首から胸、背中から足。薬がすぐに効いてきたのかアークが穏やかに寝息を立てる。そんなアークの姿をまじまじと見つめる。


(しかし……まだまだ未完成とはいえ、やはり均整の取れた体つきだ。この調子でボクの鍛錬を積めばますます逞しくなるだろう。顔付きも今はまだあどけなさが残るが、十年……いや、数年後には完全にボク好みに育つはずだ)


 自分の前で無防備に眠るアークに対し、ついつい良からぬ感情が頭をもたげる。……今のうちに少しくらいつまみ食いをしてしまっても良いのではないか。頭の中で理性と欲望が激しく戦う。声を出さぬように心の中で葛藤する。


(……駄目だ!誓ったはずだろうクルス!果実が美味しく実るまでは絶対に耐えると!今のアークをボクのものにする事は容易い。だが、完全に円熟した状態まで育ててからの方がずっとずっと満たされるはずだ!今はまだ我慢だ!)


 どうにか欲望を必死で抑え、清潔な部屋着を着せて毛布をかける。その間もすやすやと寝息を立てているアークの寝顔を見て小さくつぶやく。


「……そんなに焦る事はないんだよアーク。エルフのボクと違って人間の寿命は短い。強くなって欲しいのと同じくらい、君には楽しい時を過ごして欲しいんだ」


 言いながらアークの頭を優しく撫でる。そんなアークの顔を見つめていると思わず自分の顔に笑みが浮かんでしまう。


「……まぁ添い寝くらいは……許されるよな。うん、セーフだセーフ」


 本当ならばこのままそっと部屋を後にするつもりだったが、このままアークの布団へと潜り込む事にした。


「動いたけれどそんなに汗はかいて……いないな。うん、大丈夫だ」


 自分にそう言い聞かせそのまま布団に入る。一瞬全裸になるか考えたもののまだ早いと思い服を着たまま横になる。気付けばアークの隣で眠りについていた。


「うーん……もうこんな時間か。思ったより熟睡してしまったな」


 窓から差し込む光で目が覚める。その明るさから既に昼が近い事に気付く。ふと横を見ると隣にいたはずのアークの姿がない。ベッドからどうにか起き上がり部屋の外へと出てアークを探す。階段を降りてリビングに向かうと良い匂いが鼻に届く。


「あ、おはようございます師匠。そろそろ起こしにいこうと思っていたところです。今支度が出来るところなんでもう少し待っててくださいね」


 リビングの中央にあるテーブルには既に昼食の支度があらかた進んでおり、鍋の前で皿を片手にアークがこちらに振り返りながら自分に声をかけてきた。その表情に昨日の疲れや痛みを引きずっている様子は微塵も感じられない。


(……驚いたな。いくらボクの調合した薬が効いたとしても多少の痛みや筋肉痛に悩まされてもおかしくないというのに。ましてやボクを起こさずに難なくベッドから出て食事の支度まで。こいつは予想以上だ)


 内心で驚きつつも椅子に座り、アークの準備が終わるのを待つ。やがてアークが鶏肉のたっぷり入ったスープをよそって自分の前に置きながら言う。


「お待たせしました。師匠に言われた通り塩を入れる前にハーブを入れてから煮込みました。上手く出来たと思いますので味見をお願いします」


 そう言われさっそくスプーンを手に取りスープを口に運ぶ。……美味しい。香草の独特の癖が鶏肉と中和され旨味だけを残している。香草の効果で肉は柔らかくほろほろと崩れ口の中で溶けていく。味見どころかあっという間に皿の中のスープを平らげてしまう。


「うん。完璧だよアーク。この前の失敗が完璧に改善されているね。この調子なら食事の支度はもう君に任せて問題なさそうだね。あぁ、もちろん毎日三食君に作らせる訳じゃないよ?たまには出前も取るし、必要に応じてボクが作ることもあるからね」


 自分の言葉にアークが笑みを浮かべて言う。


「ありがとうございます。上手く出来ていたなら良かったです。でも、しばらくの間は自分に作らせて欲しいです。せっかく師匠の味の好みや料理のコツを掴んできたのでこの感覚を忘れたくありませんので」


 ……抱きしめたい。いや、今すぐにでも押し倒したい。そんな気持ちを必死で押し殺して必死で頼れる師匠を演じる。


「……そうかい。それなら遠慮なくその言葉にしばらくは甘えさせて貰う事にするよ。でも、修行で疲れていたり体調が悪い時は無理せずすぐに言うんだよ?」


 そう言うとアークがまた笑顔で答える。


「はい。その時はすぐに相談させて貰います。さ、もうすぐパンも焼けますから待っててくださいね。その前にスープのお代わりをよそってきますね」


 空になった自分の皿を手に取り台所へ向かうアークの背中を見つめながら思う。この子を選んだ自分の判断は間違っていなかったと実感する。


(ふふっ。本当に君を見つけて良かったよ。これから君を完璧な男に育て上げてみせるからね)


 スープの皿に並々と具材をよそっているアークを見ながら改めて心に誓った。



「……え?ハンターとして旅立ちたい?ほ、本気かいアーク?」


 アークとの生活も気付けば数年が経ち、欲望を抑えるのもそろそろ限界だと思いそろそろ二人の関係を確固たる物にしようと日々悶々としていたところ、朝食のためにテーブルに付いたところで開口一番アークにそう言われた。


「はい。師匠に指示して早数年、自分で言うのもおこがましいですが俺は強くなったと思います。この辺りで師匠の元にいるだけではなく、外の世界を見てきたいと思います。俺も師匠のように多くの人に認められるハンターになりたいと考えています」


 アークの言葉に葛藤する。この数年でアークはどこに出しても胸を張って自慢出来る程の青年へと成長した。今では稽古の際に自分が本気を出しても十本に一本は取られてしまう程に。

 このまま更に成長すればいずれ自分をも超えるほどの存在になる事は間違いない。それ故にアークの申し出を無碍には出来ないと思った。


(……参ったな。いずれはそうなるかもしれないとは思っていたが、まだ師匠と弟子という関係から一線を超えていないのにアークの方からこの申し出を言われるのは計算外だった。ボクとしてはせめて関係を一度でも結んでから提案するつもりだったんだけどな)


 自分がどんな理由で悩んでいるかなど知る由もないアークが真面目な顔で続ける。


「……師匠からしてみれば、俺がまだまだ未熟に見えるかもしれません。ですが、自分の力を試してみたいんです。師匠の弟子として、そしてハンターとして自分の力が通用するのかどうかを」


 そんな風にアークに言われてはますます自分の不純な動機を打ち明ける訳にもいかず、どうしたものかと答えに悩む。頭の中で思考を高速でフル回転させる。


(……落ち着け。確かに今のアークは充分に強いし魅力的だ。だが、まだ世間の評判は無名といっていい。なら、ここでアークの名を世間に知らしめるにはまたとない機会だ。だが、外の世界に出た事でどこの馬の骨ともしれない女がアークの魅力に気付く恐れも……)


 自慢の弟子を世間の連中に知らしめたい。そして胸を張ってボクの伴侶だと言いたい。そんな気持ちが無いかと言えば嘘になる。だが、館を出て多くの人間と出会えばどこぞの悪い虫に引っ付かれてしまうかもしれない。そう思い悩んだものの、結果として前者の気持ちが勝った。


(可愛い子には旅をさせろと言うしな。いや、子ではなくて伴侶だが。それに、外の世界に触れてより逞しくなったアークの姿を見たい。外での経験を積んで帰ってきた頃にはボクをも超えるほどのハンターになっているだろう)


 鳥籠の中で可愛く鳴く姿も愛しいが、翼を大きく広げ大空を飛び回る姿も美しいだろう。最終的に自分という場所にさえ戻ってくればいい。そう思ってアークに声をかける。


「……分かった。君がそこまで言うのであればやってみると良い。ただし、いくつか条件を出させて貰う。良いね?」


 自分の言葉にアークが嬉しそうに頷く。そんなアークを見つめながら続ける。


「まず、定期的に旅の知らせをボクに送る事。内容は何でも良い。旅先で出会った人や挑んだクエストの報告。何ならその時食べた美味しい物の感想でも構わない。とにかく君が何をしているのかを逐一とまでは言わないがボクに伝えて欲しい」


 そう告げると即座に分かりました、と答えるアーク。ここまでは良い。問題は次の条件である。


「よろしい。……では次の条件だ。君の事だからきっと様々な連中からクランの誘いや申し出が来るだろう。その時クランを組む際は君と同じ同性……つまり男だけで組むこと。それが条件だ」


 自分の出したその条件にアークが怪訝な顔を浮かべる。だが、これだけは譲れない。


(長い付き合いだからこそ分かる。アークはそこらの行きずりの娘と容易くその場の雰囲気で関係を結べるような男じゃない。長年一緒にいる中で幾度となくボクのアプローチにも耐えたほどの男だ。そこは間違いない)


 だが、仮にクランを組むかどこかのクランに加入し、そこに異性がいて共に苦楽を共にした場合は話は別だ。最初はその気が無くとも時間の中でいずれ絆されてしまう恐れがある。アークがどこぞの雌犬の毒牙にかかる可能性はそれが一番高いと考え、ここで釘を刺しておく必要があると思った。


「つまり……女性とクランを組むなと?いえ、俺も出来れば同性の方が色々と楽なのでその方が好都合ですが、普段男女の垣根にこだわる事が少ない師匠がそんな事を言うのは何故でしょうか?」


 アークのもっともな質問に一瞬言葉に詰まる。本音を言えるはずもなく、再び高速で思考を張り巡らせて慌てて言葉を返す。


「そ、それは当然だろう?何せ君にはボクという女性ハンターとしての指標があるんだ。うかつにボクと何かと比べてしまっては君にも相手にも色々よろしくない。そうだな……もし、もし仮に君がどうしても異性でクランに加入させる価値があると見出した者が出来たなら一度ボクの前に連れて来る事。それが条件だ」


 苦し紛れの理由を告げたものの、元来の真面目さが幸い良い方向に今回は働いたのか納得したようにアークがもう一度頷いてから口を開く。


「確かに……共に過ごせばどうしても師匠を見ている自分では比較や迂闊に口出しをしてしまうかもしれませんね。分かりました。もしそのような事になった時はすぐにお伝えするようにします」


 ……これだ。この素直さだからこそ迂闊にアークを飢えた雌犬がいるところに放り出す訳にはいかないのだ。ともあれ、これで首輪とまではいかなくとも牽制は出来た。不安は残るものの、自分との約束をアークが違える事はあり得ないと断言出来るためその他の細かい条件を付け加えてアークを断腸の思いで外の世界へと送り出した。



「……今にして思えば、それが良くなかったのかもしれないな……本当にあの時はどうなるかと思った。アークがまたボクや他の相手に笑って生活が出来るようになった事を普段信じることのない神に感謝しなければならないな」


 そうつぶやき、一度思考を止めて再び空になったグラスに葡萄酒を並々と注ぐ。外の雨は止む気配を見せずになおも激しく音を立てて振っている。その音を聞きながらまた思考は過去の事へと戻っていく。


 ハンターへの道を歩みだしたアークだが、最初の頃こそ苦労したようだったが持ち前の努力と才能でめきめきと頭角を現していった。そして旅先で出会った者たちとクランを結成した事でその実力と知名度はもはや不動のものとなりつつあった。


(……それからしばらくしてからだったな。最後の手紙で未だ誰も挑んだことのない未調査クエストにクランで向かう事になったと書かれてから返事がなく、どうしているかと不安に思っていた矢先の事だった)


 大雨が降る中、館のドアを力なく叩かれた音が聞こえた。エルフの聴覚を持つ自分でなければ雨音にかき消され聞こえないほどの小さな音で。何故か胸騒ぎがして慌てて扉を開ける。そして、その予感は的中する。


「師匠……自分は……自分は仲間を……救えませんでした……」


 そこには、全身ぼろぼろの状態で俯いたまま雨に打たれ、今にも消えてしまうのではないかと思うほどに憔悴したアークの姿があった。


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