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ギルド受付で働いてますが、攻略して欲しいのは自分ではなくクエストです  作者: 柚鼓ユズ


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クルス=エンシスの手記 其の一

 青の月 二日


『我が愛しの愛弟子アークが街へ戻ってきてから結構な月日が経った。最初の頃こそ環境の変化に戸惑っていたようだが、今ではギルドの中でも人気者になったようで鼻が高い。……だが、それ故に悪い虫の気配も気にかかる。噂によればハンター時代に行動を共にした者や、街に戻ってから出会った者の中で彼に惹かれた者もいるらしい。不穏分子になり得る存在は見つけ次第排除する必要がありそうだ』


 そこまで日記を書き終えたところでかたん、と音を立ててペンが机に転がる。悪徳商人から借金のかたに巻き上げた『自動書記』の魔術が込められたペンを手に取り蓋をする。

 インクを定期的に補充するだけで日記を自分に変わって勝手に書いてくれる優れ物だ。こいつのおかげで事務処理が大分楽になった。インクが乾いたのを確認してから日記を閉じてつぶやく。


「……そろそろアークの休みの日だな。掃除や溜まった洗濯を頼むのは当然として、何よりも早くアークの料理が食べたいなぁ」


 そうつぶやきベッドに倒れるように寝転がる。ベッドの周りには自分が脱ぎ散らかした服や下着が散乱しているが構わず放置する。どうせ後からそれらを綺麗に片付けてくれる存在がいる事が分かっているからだ。


「……師としては失格かもしれないが、また昔のようにいつ会えるか分からない状態にはもう戻れないかもな」


 そう口にしてから枕元に置いた葡萄酒のボトルを手に取りグラスに注ぐ。それを口に運びながら物思いにふける。外を眺めれば激しく雨が降っている。グラスの中の葡萄酒を一息に飲み干し、思わず言葉が口から漏れる。


「……雨か。そういえばあの時もこんな雨が降っていたな」


 窓を叩くような激しい雨音を聞きながら、昔の事を振り返る。



「彼を引き取りたい……ですと?そりゃ、こちらとしては百年の一人の逸材と名高きクルスさんのお眼鏡にかなうような者がうちの院にいたなら名誉な事この上ないですが……」


 孤児院のシスターが躊躇いがちに言う。お世辞にも施設の環境は整っているとは言いがたく、一人でも食い扶持を減らせるのなら是非ともお願いしたいという本音が会話の端々から表れている。それは構わない。その方がこちらとしても都合が良いからだ。


(下手に別れを惜しまれたり、そうでなくともこのまま孤児院で育ってしまえばただの労働力として扱われてしまうからな。多少の寄付金を握らせれば問題なく彼を引き取れるのなら願ったり叶ったりだ)


 そう思いその後も理解ある聖人君子を気取ろうと耳障りの良い言葉を話し続けるシスターの会話を適当に聞き流しながら窓の外を眺める。そこには小さい子供の相手をしながらシスターに命じられた作業を続ける少年の姿があった。黙々と作業をしながらも子供たちには常に笑顔で応じているのが印象に残った。


 アーク=ペンレッド。それが彼の名前だった。


「……え?自分を引き取る?しかも後継者候補として……ですか?光栄ですが……その、本当に良いんですか?……いえ、引き取っていただける事に関して異論はありません。それによってこの孤児院には多くの援助が与えられると思いますし。ですが……クルスさん程名の知れた方なら正直、自分よりももっと適任がいると思うのですが」


 あれからすぐにアークを呼び出し、シスターたちには席を外して貰い二人だけで面談を始めた。君を引き取り自身の後継者として育てたいと話すと、開口一番アークがそう言った。その表情には今より確実に整った環境で生活が出来るといった様子は微塵もなく、純粋に疑問と不安に満ちているようであった。


(聡いな。己が引き取られる事によって孤児院に与えられる恩恵がある事を瞬時に理解した様子だ。だが、本当に自分で良いのかという疑問が拭えず質問したというところか)


 頭の良さと判断力に関しては問題ない。むしろこちらにとっては嬉しい誤算というか追加要素である。そう思ってまずは彼の不安要素を少しずつ取り除く事に専念しようと会話を続ける。


「あぁ。確かにそうかもしれないね。事実、現時点で言うならば君よりも優れた能力を持つ者ならばごまんといるだろう。ボクが後継者を探すと聞き付けた連中からは己の血縁の連中を是非にと紹介してきたり、ある物は自らを後継者にと名乗り出る者もいたよ。だが、それら全てがボクから見たら不合格なのさ」


 そう話す自分にアークの顔には更に困惑の色が浮かぶ。ますます何故自分が、というところだろう。構わず更に続ける。


「確かに最初から優秀な者を後継者として育てればぱっと見は楽だろう。でもね、それじゃ意味がないんだ。いや、既に余計な知識や技術を身に付けている分かえってたちが悪い。そんな連中にボクが指導をしてもいずれ成長はある程度のところで止まり、途中で頭打ちだ。ボクはあくまで将来性が見込める無垢な存在を自分の手で一から育てて後継者としたいのさ」


 そうアークに言ったこの言葉は半分本音、半分建前である。自分が育てる上で余計な知識や技術が不要というのは本当だ。一どころかゼロから育てるにあたり、少しでも変な手癖や知識は必要ない。他の誰かの余計な知恵が加わっている要素は少なければ少ないほど好ましい。

 孤児院の懐事情を考えても、彼に非凡な才があったと気付いたとしても最低限の事しか学ばせる事が出来ないというのは話していてすぐに理解出来た。


(他の孤児より頭一つどころか、三つも四つも飛び抜けたものがあるというのも分かっているか怪しいな。せいぜい他の連中よりは優れている程度の理解だろう。お陰でボクとしては好都合な事この上ない訳だけど、ね)


 そんな事を考えていると、座った状態で背筋を伸ばしてこちらを真っ直ぐ見つめてアークが言う。


「……そう仰っていただけるなら、自分は喜んでこのお話をお受けいたします。剣の腕も未熟ですし、魔法の才はないかもしれません。ですが体力だけは人一倍であると自負しています。期待に応えられるように精一杯頑張らせて貰います」


 そう言って深々と頭を下げるアーク。その様子を見てやはり自分の判断は間違っていなかったと確信する。


(あぁ……そんな純粋無垢な目と態度をボクに向けないでおくれよアーク。本当に……そんな態度を見せられたりしたら、我慢出来なくなるじゃないか)


 自分が幾多の候補の中からアークを選んだ理由。それは彼の秘めたる才能の片鱗を感じたというのもあるが、それよりも何よりも彼を選んだのには自分にとって大きな理由があった。それは自分にとって何を置いても重大な理由だった。


(……この子は将来、絶対にいい男になる!しかも、ボク好みの男に!!)


 エルフの村では自分に見合う相手を見つけられず、挙句の果てには『強いけれども行き遅れ』などと不名誉な言われ方を散々言われた。口にした相手は特定次第一人残らず叩きのめしたが。やけに自分にまとわり付いてくるナナカには辟易しているし、ここにいても出会いはないと早々に見切りを付け、ハンターとして名を馳せ伴侶を見つけようと考えた。


 そもそも、自分もエルフと人間の間に産まれた存在だ。同族にこだわる必要など何もないのだ。そう思い早数年が経ち、人間相手でもそんな存在を見つけることが出来ずに絶望していたところにアークという少年を発掘した。絶対に逃がすものかという気持ちを堪え、今こうして自分の手元に迎える手筈が整った次第である。そんな本音を必死で抑えアークに優しく声をかける。


「ふふっ。そんなに気負うことはないよ。いきなり何でも出来るようになる必要なんてないからね。修行はもちろんして貰う事にはなるけれど、ボクの身の回りのお世話もして貰う事になるからね。ま、これからの話はゆっくりとしていこうじゃないか」


 そう話す自分の目を真っ直ぐ見つめて頷くアークを見て、今すぐ押し倒したくなる衝動を必死で抑える。……まだだ。まだ慌てるような時間じゃない。そう自分に言い聞かせる。


(……落ち着んだボク。今はまだ彼は言うなれば新芽の状態だ。これから彼はどんどん成長し、更に強く逞しくなる。丹精込めて育てれば芳醇で甘美な実を結ぶ事が分かっているのにその芽を自分で摘むわけにはいかない。今はまだ我慢の時だ)


 蕾にも満たない状態で手をつけるのは得策ではない。花開き実を結んだところでその実を存分に味わいたい。そこまでの間に自分に身も心も依存させてしまえば良いのだ。実際、今のアークの見た目は自分にとっては幼すぎる。


(人間の年齢に例えるなら四十……いや、三十半ばに差し掛かるくらいか。その頃の見た目になれば完璧にボク好みの男に成長するはずだ)


 半分ではあるが自分もエルフである。待つだけの時間は充分にある。今は目の前の原石をじっくりとゆっくりと磨いていこうと心に誓う。そう思っているとアークが口を開く。


「分かりました。これからよろしくお願いいたしますクルスさん……いえ、師匠」


 窓の外から聞こえる雨音の中、それをかき消すほどのアークの力強い声が部屋に響いた。


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