どうやら九死に一生を得ていたようです
「……師匠が何かを企んでいた?どういう事ですかナナカさん」
自分がナナカさんに声をかけると同時、師匠が大声で叫ぶ。
「あーっ!!……おかしいと思ったらお前の仕業かナナカ!いったい何をしたんだい!?いや、まずどうしてアークの様子が変わらないんだ?」
師匠が何を言っているか分からず、その場で呆然としているとナナカさんが口を開く。
「はぁ……やっぱりそうだったんすね。採取リストを見て気付いたっす。クルスさんっ!いくらなんでもやり過ぎっすよ!」
大声でそう叫ぶナナカさん。何のことか分からないがその言葉に師匠が狼狽えているという事は何か重大な事が起きたのだという事だけは理解出来た。
「えぇと……何がなんだか分からないんですが俺にも分かるように説明して貰っても良いですか?」
師匠よりも早く自分の問いに口を開いたのはナナカさんだった。テーブルに残っている料理と酒を指差しながらナナカさんが言う。
「はい。アークさんに分かるように簡潔に言わせてもらうっす。この料理とお酒の中の一部に媚薬をはじめとした様々な薬が盛られているっす。しかも、かなりの高純度なレベルのものっす」
ナナカさんの言葉に思わずテーブルに並んだ料理と手にしていたジョッキを交互に見る。自分の反応を見届けてからナナカさんが話を続ける。
「更に言えば、私が手を伸ばす類の物には全く入っていないっす。要するに野菜や一部の酒以外の飲み物には混入されてないっすね。入っているのは主に肉料理、それと麦酒っすね……合ってるっすよねクルスさん?」
そう言って師匠の方を見るナナカさん。図星だったと見えて師匠が珍しく動揺している。
「な、何でだい!?ボクは完全に無味無臭の調合に成功したはずだ!催眠、催淫、性欲増強を促す媚薬に麻痺……ありとあらゆる感度を高める効果が遅効性で付与するはずだったのに!何故だ!?何故何の効果も発動しない!?」
そう言って狼狽えている師匠を横目に、とある事に気付きナナカさんの方へ振り返り声をかける。
「……ナナカさん。もしかして先程貰ったあの小瓶の中身は……」
自分が言い終えるよりも先に、ナナカさんが頷きながら口を開く。
「はい。ありとあらゆる催淫効果を無効化する解毒薬っす。あの場で説明する事が出来なかったので回復薬と嘘をつかせて貰いました。アークさんが無事飲んでくれて良かったっす。念のためにと先程の野菜にも粉末でこっそり振り掛けましたが必要なかったっすね」
……もしあれを飲んでいなかったら今頃どうなっていたのだろうか。そう思うと背筋に冷たいものが走る。更にナナカさんが続ける。
「最初に何かおかしいと思ったのは刃鱗獣の群れをあらかた仕留めた後っす。リストの素材を確認すると、素材一覧が全て媚薬をはじめ、それらに関連する薬が調合出来る物で統一されていた事に気付いたっす」
ナナカさんの言葉に思わず師匠を見る。視線を逸らす師匠。ナナカさんが更に続ける。
「一つ一つは普段は確かにハンターの調合素材として使われている物ですが、組み合わせ次第では人間やエルフに対して強烈な催淫効果を促す媚薬を作る事が出来るっす」
……ナナカさんの言葉に思わず絶句する。まさかあのリストの素材がそんな物だったとは。素材単体で考えればハンター時代に慣れ親しんだ物が大半だったため、そんな効果があるものを作れるとは想像もしていなかった。
「……だからあの時、一瞬ナナカさんがリストを見て考え込んでいたんですね。お陰で助かりました。自分はあれを見ても何も気付きませんでしたし、そもそも今の今まで普通に飲み食いしていましたから……」
そう自分が言うと、ナナカさんが小さく首を振りながら口を開く。
「アークさんが気付かないのは当然っす。リストを見ただけなら普通の人ならクエストに使う罠や薬を作るための調合素材にしか見えないっすから。ただ、我々エルフからしてみたら話は別っす。あの素材にエルフの秘薬や調合の知識が加わるので。限られた一流の薬師でもなければ絶対に気付けないっすよ」
そう言って師匠の方をぎろりと睨みつけながらナナカさんが話を続ける。
「……で、どういう事っすかクルスさん?私を使ってこんな違法ギリギリの薬の素材を集めさせて。あまつさえそれをアークさんに手伝わせ、そのアークさんに飲ませようとするなんて。いくら何でも許せないっす」
ナナカさんの言葉に師匠が狼狽えたまま口を開く。
「い、いや〜……で、出来心ってやつ……かな?あまりにも進展しないボクらの関係に少しのスパイスを加えたい……的な?」
自分が何も言えないでいると、氷の表情と化したナナカさんが更に冷たく言い放つ。
「スパイス……っすか?これが?少なくとも並の人間なら三日三晩は理性が崩壊する位の濃度っすよ?下手すりゃそのまま欲望のままに行動する獣のような状態から戻れなくなってもおかしくない位っす。エルフの村でも罪を犯した者に拷問で与えるレベルの量っす」
……マジか。何てもんを自分に与えていたんだ師匠。あまりの事に抗議の声を上げようとするものの、今度は師匠が叫ぶように口を開く。
「だって!アークの毒物に関する耐性は常人のそれとは桁違いなんだよ!過去に何度もそれらしきモノをこっそり盛ってもほとんど効果がなかったんだ!だから、既成事実を作るにはもうエルフの秘伝の薬を使うしかないと思ったんだよ!」
……つまり、今の話から察するにこれが初めてではなく自分が師匠と過ごしていた間に何度かこっそり良からぬ薬を仕込まれていたという事である。今更ながら自分の体質に感謝せずにはいられなかった。
「……師匠。すみませんが……流石に引きます。まさかそんな事を考えていたなんて思いもしませんでしたよ」
自分の言葉に師匠が一瞬たじろぐ。だが、すぐにいつもの表情に戻って言う。
「……ま、まぁ君たちの仲を取り持つついでにちょっとだけ依頼と称していたずらをしただけさ。流石に今後はこんな事はしないと約束するよ。だから今回はボクのこの笑顔に免じて許してくれないかい?」
そう言って悔しいが可愛く笑みを浮かべる師匠。この状況でよくもまぁそんな事が言えたものだとある意味感心してしまう。当然これで許せる訳もなく、どうしたものかと思わず次の言葉に詰まっていると、ナナカさんが口を開く。
「はぁ……いくら敬愛するクルスさんといえどもその態度は見過ごせません。二度としないと言ったところで信用出来ないっす。お仕置きも兼ねてここできっちり反省してもらう必要があるっす。……私が今後お世話係として勤める以上、クルスさんには正しい道を歩んで貰いますから。……最後にもう一度確認するっす。心から反省し悔い改めるつもりはあるっすか?言っておきますが、今のうちに心からの謝罪を述べることがクルスさんの身のためっすよ」
ナナカさんの言葉に師匠がいつの間にか冷静さを取り戻したのか、いつもの口調に戻って言う。
「……ほう?言わせておけば随分な口を利くじゃないかナナカ。言っておくが、お前の態度によってはいくらボクの方に非があるとはいえボクにも考えがあるぞ」
そう言ってナナカさんを睨む師匠。だがナナカさんは顔色ひとつ変えず、淡々と言葉を発する。
「……はぁ。やっぱりそうなりますか。仕方ないっすね。時間的にそろそろっすかね……アークさん、確認しますがアークさんは麦酒しか飲んでいないっすよね?」
ナナカさんの問いに一瞬考えてから答える。
「は、はい。正確にはチェイサーも兼ねて水は合間に少し飲みましたけど……」
自分の返答にナナカさんが頷く。
「オッケーっす。お酒は麦酒しか飲んでいないなら問題ないっす。ま、解毒薬を飲んでいるから大丈夫だと思いますが。……そろそろ時間だと思いますので」
ナナカさんがそう言ったと同時、後ろで突然何かが割れる音がした。その音に振り返ると、何かを言おうとしていた師匠が手にしたグラスを取り落とした音であった。




