大変でしたがどうにか任務完了です
「くうっ……!!」
左の脇腹と左のふくらはぎの辺りに刃鱗獣が放った鱗が突き刺さる感触が痛みと共に伝わる。
(……大丈夫!予想していた軌道とは少し違っていたが脇腹の方は骨で止まっているし、足の方も神経までは切れていないっ!)
そう瞬時に判断し、押し倒した形になっている目の前のナナカさんに向かって叫ぶ。
「ナナカさんっ!今のうちに奴を仕留めてください!」
そう叫びながらも首を向けて向こうの様子を見ると、突然間に入ってきた自分に一瞬動揺した様子を見せるものの、すぐにまた鱗を放つための構えに入ろうとしている刃鱗獣の姿があった。
「何で……?まさか、麻痺に耐性のある個体がいたって事っすか……?」
自分が声をかけるも地面に倒れたままそう小さくつぶやき動けないままのナナカさん。明らかにまだ動揺しているようだ。
(……まずい!足をやられた以上、こちらから攻めるのは難しい!しかもナナカさんを庇った状態な上に素手では反撃が出来ない!)
咄嗟に剣をその場に放り出した自分の判断を悔やむ。だが今更どうしようもない。今はナナカさんを守る事に専念する。そう思った瞬間、刃鱗獣が次の鱗をこちらに放ってきた。自分が避ければナナカさんを直撃してしまうため、覚悟を決めて鱗を受けきる。
「くっ……!!」
咄嗟に添え木を当てた右腕で鱗を防ぐ。どうにか大半の鱗は添え木で防いだものの、今の一撃で手の甲にも鱗が刺さった上にもう一度鱗を放たれれば次は脆くなった添え木を易々と砕いて自分に突き刺さるだろう。
(ナナカさんは……まだ駄目か。動揺したまま動けそうにない。……だが俺が動けない今、どうしてもナナカさんにあいつを仕留めて貰うしかないっ!)
そう思った時、反射的にナナカさんに向かって思わず敬語を忘れて怒鳴るように叫ぶ。
「……狼狽えるなナナカっ!今、戦えるのはあんただけだ!落ち着いてあいつを今すぐ仕留めろっ!」
自分の声にびくりと肩を震わせたナナカさん。だが、次の瞬間我に返ったように表情に力が戻るのが分かった。
「……す、すみませんでしたアークさん!少しだけ待ってください!」
言うが早いか横たわったままナナカさんがナイフを取り出し、自分を片手で抱き抱える形で体を起こし、もう片方の手でナイフを刃鱗獣に向かって素早く放つ。
そのナイフは次の鱗を放たんとしていた刃鱗獣の眉間へと正確に突き刺さった。悲鳴を上げる間も無く刃鱗獣が絶命しその場に崩れ落ちる。
「やった……痛っ!」
無事に仕留めたことを確認したと同時、張り詰めていた神経が緩んだのか途端に全身へ痛みが押し寄せる。自分の声を聞いてナナカさんが慌てて叫ぶ。
「だ、大丈夫っすかアークさん!ごめんなさい……私……私……!」
その場で泣き出しそうになるナナカさんに、痛みを堪えて手を取って言葉をかける。
「……大丈夫です。全て急所はずらしていますし致命傷ではありません。……ただ、決して浅くはないので手当を早急にお願いします。頼めますか?」
自分の言葉に涙目のまま頷き、先ほどの数倍の速さで自分の治療に入ろうとするナナカさんの姿を見ていたところで自分の意識は闇の中へと落ちていった。
「……うぅん……止めてくださいよ師匠……それは自分の服ですよ……いや、自分の服を着てから返してください……はっ!」
夢を見てうなされていたのか、自分の言葉で我に返って飛び起きる。同時に体にずきんと痛みが走る。
「痛っ……!そうか、あの時自分はナナカさんを庇って……」
痛みによって完全に目が覚めると同時に直前までの記憶が蘇る。刃鱗獣をナナカさんが一撃で仕留め、治療を依頼したところで意識を失った。そう思ったところで背後から声をかけられる。
「アークさんっ!良かった……!意識が戻ったんすね!良かった……良かったっす……!」
背中からいきなりナナカさんに抱き付かれる。治療のために自分は服を脱がされていたのか上半身は裸も同然である。意識を失っている間に薬を塗られたのか傷口部分には包帯を巻かれているものの、肌の大半は露出している。そこにただでさえ布面積が少ないナナカさんが抱き付く形となり、背中越しに体温がダイレクトに伝わってくる。
「な……ナナカさん!?落ち着いてください!ち、治療をしてくださったんですよね?おかげで助かりました!助かりましたので離れてください!当たってます!色々と当たってますから!」
なおも自分を泣きながらもしっかり抱きしめる体勢のナナカさんをどうにか宥め、落ち着かせたところでようやく話を聞く事に成功する。
「……落ち着きましたか?」
「はい……重ね重ね色々とご迷惑を……」
距離を置き地面に正座した状態でナナカさんが口を開く。土下座をしようとしたところを慌てて止め、ようやく会話を再開する。
「では、さっそく聞かせてください。あの刃鱗獣は何だったんですか?ナナカさんの麻痺がほとんど効いていないように見えたのですが……」
自分の問いにナナカさんが立ち上がり、布に包まれた刃鱗獣の亡骸をこちらに引きずるように近づける。
「アークさんなら見て貰った方が早いっすよね。こいつ、刃鱗獣では珍しい亜種だったっす。見てください。鱗から毛並みに至るまで原種とは色が違うっすよね」
そう言われて解体された刃鱗獣をまじまじと見つめる。なるほど。確かに白を基調とした本来の刃鱗獣とは違い色が黒に近いグレーである。亜種の存在は報告されているが自分も目の当たりにするのは始めてである。これは貴重な資料になるだろう。更にナナカさんが続ける。
「アークさんの呼吸が安定してから色々と調べてましたが、亜種の方は麻痺に耐性を持っているみたいっす。試しに切り取った肉のほうに毒を注入してみましたが、原種の倍以上の速度で毒が進行しました。毒に弱くて麻痺に強い。原種と真逆っすね」
……なるほど。どういう訳か原種の群れに亜種が争う事なく共に行動しており、亜種のためナナカさんの麻痺が効かなかったという事か。
「それで分かりました。原種と鱗を放つ動作が若干違うように思ったのですが亜種ならば納得です。鱗に毒を持つタイプでなくて良かったです」
ナナカさんを庇う事に専念していたため確信が持てなかったが、刃鱗獣の挙動にどこか違和感があったのだが亜種特有の行動パターンだとしたら合点がいく。
「……あの状況でそんなところまで観察していたんすか……?やっぱり凄いっす、アークさん」
そうつぶやくナナカさんに苦笑しながら言葉を返す。
「いえ、観察したところでどうにも出来ませんでしたけどね。本当、ナナカさんがあいつを仕留めてくれて良かったです」
自分がそう言うと、ナナカさんが何故か少し慌てたように言う。
「い、いえ!あの時アークさんに活を入れて貰わなければどうなっていたか……私こそアークさんがいてくれて良かったっす」
そう言ってこちらを伏し目がちに見ながらナナカさんが続ける。
「……私、初めてっす。年下の……それも男性に押し倒されてあんな強く名前を呼ばれるなんて……」
そう話すナナカさんに慌てて自分も口を開く。
「す、すみません!あの時は思わず必死だったので檄を飛ばそうとつい!その……気分を害したら申し訳ありません!」
そう返すもナナカさんはふるふると首を振りながら言う。
「いえ。そんな事は全然ないっす。……むしろ、新鮮というか嬉しかったというか……」
後半は声が小さくなりよく聞こえなかったため、聞き返そうとしたところでナナカさんが慌てたように言う。
「さ、さぁ!アークさんの意識も戻りましたし、さっさと残りの素材も集めて戻りましょうかね!亜種の素材も新鮮なうちに持ち帰る必要がありますし!アークさんにはまだ無理はさせられないんで自分が集めてきた素材のチェックをお願いしたいっす!じゃ、さっそく行ってきます!」
そう言ってその場を駆け出して素材集めを再開するナナカさん。その速さと勢いに思わず声をかけそびれてしまう。
(……まぁ良いか。ナナカさんの言う通り早いとこ街に戻らないといけないしな)
その後、残りの素材はナナカさんの働きによって順調に集まり、自分の体調もナナカさんの適切な治療と薬のおかげである程度回復したため街へと戻る事となった。




