専門家のスキルの高さは流石です
「……さんっ!アークさんっ!」
……誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。その声が聞こえると同時、左肩から背中にかけて鈍い痛みが走り、痛みで意識が覚醒する。
「……痛っ!そうか、あの時俺はナナカさんを掴もうとして……」
足元の地面が崩れ、崖下へと転落しそうになったナナカさんの手を咄嗟に掴み、ナナカさんを抱える形で落下したという事を痛みと共に思い出す。同時に目を開けると自分を膝枕しながら泣いているナナカさんの顔が目の前にあった。
「……大丈夫です。ナナカさんの方に怪我はありませんか?」
そうナナカさんへ言って起きあがろうとするものの、左の肩から腕にかけて鋭い痛みが走る。過去の経験から察するに痛みはするものの、骨折ではなく打撲の方の痛みが強い。
(……良かった。痛みはするが折れてはいないようだ。完全に折れていたらこの程度の痛みじゃすまないからな。そこまでの高さではなかったのと、落下中にぶつかった木々がクッション的な役割を果たしてくれたのも大きいな)
不幸中の幸いと思っていると、ナナカさんが泣き声のまま自分に声をかけてくる。
「私はアークさんのおかげで大丈夫っす!それよりまだ動かないでくださいアークさん!ごめんなさい……私、『回復魔法』は使えないし『治癒魔法』も基礎に毛が生えたレベルしか使えないんす。それでも無いよりはマシかと思ってアークさんが気を失っている間に治癒魔法を掛けておいたので……」
なるほど。痛みはするものの、気を失っている間に治癒魔法をナナカさんがかけてくれていたからこの程度の痛みで済んでいるという訳か。
(痛みや傷口を取り除いたり治す回復魔法とは違い、破損や欠損した箇所を元通りに修復するのが治癒魔法である。基礎とはいえナナカさんが即座にそれを唱えてくれたおかげでこれ以上悪化する事はなさそうだ)
そうと分かれば自分に出来る事をしようと思い、左腕を固定するため近くに落ちていた枝や木片で即席の添え木を作る。ナナカさんに手伝って貰いながら服の裾を切り、どうにか腕を吊る事に成功する。
「……携帯していたポーチは落下した時に落としたみたいだな……ナナカさん、あそこの薬草を摘んできて貰えますか?」
携帯していた回復薬があれば良かったのだが、崖から落下した際に手放してしまったようで辺りには見当たらない。そのため即席の回復薬を作る事にした。自分の意図を瞬時に察したナナカさんが頷き、立ち上がると同時に自分に声をかける。
「了解っす。アークさんはそこでじっとしててください。調合まで自分がすぐにやりますから」
言うが早いかそれ以上こちらが指示する必要も無く、ナナカさんが様々な薬草を集めてくる。自分が予想していた倍以上の速さで次々と薬を調合する。
「はい。まずはこちらの鎮痛効果の薬を飲んでください。次はこっちの解熱効果の薬。直接的な回復薬は今作ってるんで少し待ってください。残念ですが蜂蜜や砂糖がないんで苦味はなんとか堪えて欲しいっす」
そう言ってまた薬の調合に戻るナナカさん。差し出された薬を飲む。言われた通り確かに苦い。……が、後味にほんの僅かではあるが何かしらの甘みを感じる。おそらくだが薬草の採取中、手の届く範囲で薬の効能を妨げない木の実か果実を入れて調合してくれたのだろう。
(さすがだ。自分も調合の知識は多少持ち合わせてはいるけどナナカさんのスキルは速度も精度も段違いだ。効能も俺が自分で作るよりはるかに高いだろう)
調合して貰った薬を飲みながら思う。薬師の調合する薬は他の者が作る薬より効果が高い。高名な薬師であればあるほどその効果は桁違いである。その効果は傷や毒を治す回復薬や解毒薬に留まらず様々な薬に効力を発揮する。
毒を盛るにも遅効性と即効性があるが、高レベルの薬師なら効き目の高さはおろか口にしてからどのくらいの時間で効果が表れるかもある程度計れると聞く。媚薬や毒薬、増強剤等々、その用途は多岐にわたる。どういった目的に使うのかはさておき、一流の薬師は王族や貴族をはじめ多くの太客を抱えると聞く。
「に……苦いっすか?申し訳ないですが我慢してこれも飲んで欲しいっすけど……」
薬を飲み終えてそんな事を考えているとナナカさんがおずおずと調合を終えた次の薬を持ちながら声をかけてきたので慌てて言葉を返す。
「いえ、すみません。少しぼうっとしてました。大丈夫ですよ。少しでも自分が飲みやすいように工夫して貰ってあるのもありがたいですし。これがもし自分で調合したものだったらこんな風にすんなり飲めていないですからね」
そうナナカさんに答える。これは心からの本心である。仮にこの場で自分自身で薬を調合して飲む必要があったら悲惨なことになっていたであろう。過去に回復薬の類を使い果たし、生き延びるために必死だった時の事が思い出される。
(……草の苦味と不味さ、そして何より青臭さを承知しつつ生きるために涙目で飲み込んだ事は一度や二度じゃない。何なら草をすり潰す余裕もなく手掴みでむしり取った薬草を口でそのまま噛み砕いて飲んだ時の事を思えば何て事はない)
「そ、そうっすか?それなら良かったっすけど……」
少しだけほっとした表情になるナナカさん。その顔を見てこちらも笑みを浮かべながら手を差し出しつつ言葉を返す。
「はい。本当助かります。あ、そちらもすぐにいただきますね」
言いながら調合された次の薬を受け取る。自分がそれを飲み干したところでようやくナナカさんの顔に安堵の色が浮かぶ。
「……良かったっす。いや、決して良くはないんですけど……アークさんの怪我が思っていたより酷くなくて。こうなった以上、戻ったらクルスさんに拷も……いえ、お仕置きを受ける事は覚悟していますがアークさんに命に関わる怪我や後遺症が残らないだけでも幸いっす」
お仕置きと言い直す辺り、ナナカさんが師匠の事を熟知しているなと改めて思う。
「大丈夫ですよ。あくまで俺の不注意で崖下に落ちたって師匠には報告しますので。せっかく仲良くなれたのにまたナナカさんが師匠に怒られる方が嫌ですから」
そう自分が言うと、ナナカさんが慌てて両手をぶんぶんと振りながら言う。
「そ!それは駄目っす!怪我までさせた上にそこまでして貰ったら申し訳ないどころか自責の念が半端ないっていうか……!」
素直にはいそうですかと言う事はないだろうとは思っていたが、思ったより反応が強かったため少しだけ考えたふりをして会話を続ける。
「うーん……じゃ、交換条件で。この先、俺が本当に困った時にナナカさんが俺を助けてください。どんな形でもいつになっても構わないので。ナナカさんが出来る範囲で俺を助けてくれるっていう保険的な感じでお願いします。危険の度合いは問いませんので。ね?」
出した条件に別に深い意味はない。命がけのクエストに向かうような事も昔ならともかく今ではまずないだろうし、こんなイレギュラーな事でも無ければ薬師を生業にしているナナカさんにお世話になる事もそうそう無いだろう。
ただ、無条件でこちらの提案に乗る事が申し訳ないと思うナナカさんに少しでも納得して貰うには何かしらこちらに対して見返りがあるように言わねばならないと思った故の提案だった。
「……正直、その内容で釣り合うかは疑問っす。ただ、ひとまず今は検討させて貰う事にするっす」
ナナカさんがぽつりとつぶやくように口を開く。自分としては師匠に対してナナカさんが馬鹿正直に一部始終を伝える事さえ避けられれば構わない。そう思いながら言葉を返す。
「はい。前向きにご検討ください。よし、じゃあ少しだけ休んだら残りの素材をちゃっちゃと採取して戻りましょうか」
そう言って薬の効き目が表れるのを待ってから行動を再開する事にした。
「……アークさん、一つお聞きしても良いっすか?私、確かに少しでも薬の苦味を和らげられたらなと甘味のある木の実を少し入れましたけど、普通の人はまず気付かないレベルの量なんすよ。肝心の薬効成分に一切支障がないように。でもアークさんは即座に気付きましたよね?あれは何でなんすか?」
ナナカさんの調合した薬の効果は完璧で、熱も痛みもすぐに引いてきたため次の採取ポイントへ向かうためにゆっくりと歩みを再開すべく歩き出してすぐにナナカさんが自分に尋ねてきた。
「うーん……一言で言うのは難しいんですが、慣れたというか慣れざるを得なかったというか……。とにかく、口にする物に対しては人より鋭敏ってのいうのは確かですね」
自分の言葉にナナカさんが再度質問を投げかけてくる。
「いや、本当凄いっすよアークさん。私たちも薬師を志す際の試験で少量の毒物を口にして体内に毒素が回る前にそれに対抗する解毒薬を調合するって試験があるんすけど、それに匹敵するくらいの感覚が無ければ気付かないはずのレベルなんす。もしかしてアークさん、薬師の経験も積んだ事があるっすか?」
ナナカさんの問いにどう答えるべきかと悩んでいると、とある気配を察知する。……明らかに自分たち二人に向けられた明確な殺気である。それに気付くと同時に歩みを止め、自由のきく右手で腰に携えた片手剣を鞘から抜く。
「……アークさん?どうしたっすか?」
その場で立ち止まった自分を見て、ナナカさんも振り返りながら歩みを止める。剣を握ったまま口元に手をやり声のトーンを落としてナナカさんに言う。
「……静かに。少し離れたところで何者かが自分たちを狙っています。それも複数です」
言い放つようにそれだけ口にし、周囲の気配を探った。




