上手くいっている時ほど、注意が必要です
「あははは!アークさんそれマジっすか!だから師匠の家の壁の色、あそこだけ色が違うんすね!」
手を叩いて爆笑するナナカさん。気付けば小一時間近く師匠の事を話している。
「いやいや!あれ本当に大変だったんですよ?師匠に横柄な態度で製作を依頼しようとした重騎士の方を勢い良く外にぶん投げて。それで壁に空いた穴をどうにか俺が補修したんです。お陰で俺の修繕スキルが無駄に向上しましたからね」
自分たちの会話は続き、自分はナナカさんに師匠と出会う前の事を、ナナカさんは俺が師匠に鍛えられていた時の出来事を互いに語り合った。気付けばナナカさんの口調は変わり、本来の口調と思われる口調で自分に話しかけてくれている。
「いやー。こんなに心の底から笑って会話出来たのは久しぶりっす。それに私の知らない話を聞けて嬉しかったっす。アークさんに感謝っすね」
笑い泣きで目に浮かんだ涙を手で拭いながらナナカさんが言う。先程までの自分に対する警戒感が解けている感じを察し、心の中で胸を撫で下ろす。
「いえいえ。俺の方こそ師匠の知らない昔話を聞けて面白かったです。特に、逆恨みしてきた師匠の自称ライバルを完膚なきまでに返り討ちにした時の話はその後の末路まで含めて大笑いさせて貰いましたよ」
言いながらすっかり少なくなったお茶のお代わりを互いのカップに注ぐ。カップを受け取りお茶を口にしながらナナカさんが口を開く。
「……えぇと……さっきも言いましたが今まで本当に申し訳なかったっす。自分の勝手なイライラを今までずっとアークさんにぶつけてしまって。アークさんからしてみたら迷惑そのもでしかなかったすよね。ごめんなさい」
そう言ってまた頭を下げるナナカさん。自分としては確かに最初こそ彼女の態度にどうしたものかと思った事は確かであるが、最低限のやり取りをしていてくれていた事もあってそこまで重く捉えるほどの事ではなかった。何故なら彼女よりももっと厄介な連中をごまんと見てきたからである。
(……そもそも、ハンター時代から始まり現在ギルド受付で働いてからの間、もっと厄介な輩なんて腐るほどいたからな。まともな会話が成り立つだけでまず自分としてはありがたい存在な訳で)
魔物や魔獣ではなくお前を討伐してやろうかと思うほどの態度を取る依頼主。手は出さずに口しか出さない臨時の共同クエストで手を組まざるを得なかったハンター。愛する子供が自分や他の面々が再三注意したにも関わらずクエストで無謀な行動で大怪我をした事でギルドに怒鳴り込んできたお馬鹿な保護者。数え上げればきりがない。
(そもそも、自分の態度を自覚してたり反省を口に出来る時点で俺からしてみたら聖人レベルだ。……言い換えればそれだけ酷い連中を見てきたって事になるんだけどな)
自分で言っていて悲しくなるが、事実だから仕方ない。ナナカさんなど比較にならないくらい厄介な連中が悲しい事にこの世には山ほど存在するのだ。
「いえいえ、本当に気にしないでください。俺も気にしませんから。さ、そろそろ片付けて次の素材を探しに行きましょうか。このペースなら日帰りとは行かなくても最短で戻れると思いますし」
まだ少し申し訳なさそうな顔をしつつもナナカさんが頷いたため、休憩の際に使用した道具を片付け出発の支度を始める。近くを流れる小川で茶葉を淹れる容器を洗いながら考える。
(……最初はどうなるかと思ったけど、この様子なら大丈夫だな。ナナカさんもきっとこの依頼をきっかけに師匠ともっと関われる機会も増えるだろう)
自分に対しての敵意や警戒心が解かれれば、きっと師匠もナナカさんに対しての態度ももっと和らぐはずだ。自分とナナカさんが打ち解けた様子を見せれば師匠の態度も変わるに違いない。何なら自分が師匠とナナカさんとの橋渡し的な事も出来るかもしれない。そう思いながら片付けと洗い物を終え、再び残りの素材を求めて二人で移動を開始した。
「アークさん、先程のリストの中で採取が難しい物はありますか?今のうちに聞いておきたいんすけど」
ナナカさんからの問いに、先程確認したリストの項目を思い出す。季節や時期により入手が難しい素材もあるが、リストを見た限りではそこまで難しい物はなかったと思い先を歩くナナカさんに答える。
「いや、大丈夫だと思います。雪が降る時期だと採取が難しい物はありますが、この時期なら残りの素材も問題なく集められると思いますよ。ただ、素材の中で一つだけ……」
自分が話している途中で、ナナカさんがとある方向を指差し声を上げる。
「あ!見てくださいアークさん!あれ、リストにあった『惑わしの草』じゃないっすか?」
そう言って切り立った崖の脇に生えた草を見てナナカさんが言う。ナナカさんの言う通り、リストに書かれた中の素材の一つで間違いない。
「そうですね。……ただ、崖の近くですし採取するには足場が不安定みたいですね。もう少し先に進めばもっと安全な場所があると思うので一旦先に進んだ方が良いと思います。念のためにポイントだけ控えておいて先に進んだ方が良いと思いますね」
そう自分が言うものの、目の前にある素材を採取したいと思ったのかナナカさんが言う。
「や、大丈夫っすよ。周りに魔獣の気配もありませんし、ここでもう採取しちゃいましょうよ。他にもまだ必要な素材もありますし。じゃ、自分がぱぱっと取ってくるっす!」
そう言ってナナカさんが崖の近くへと向かい、素材の草へと手を伸ばしたその瞬間、足元ががらがらと崩れだした。異変に気付いたナナカさんが声を上げる。
「えっ……きゃあああっ!」
同時に目の前のナナカさんの姿が沈む。このままでは崖下へと転落してしまう。
「ナナカさんっ!」
反射的にその場を駆け出し、ナナカさんの方へと手を伸ばした。




