話し合うことで分かり合える事もあります
「質問……ですか?いったい何でしょうかナナカさん?」
突然のナナカさんの言葉に思わずそう返す。真剣な表情に思わず身構える。そんな自分を見てナナカさんが意を決したかのように口を開く。
「その……アークさんって……女の人に興味がないとかっすか?それとも、実は男の人が好きとかっすか?」
「ぶっ!」
唐突にそんな事を言われ、思わず飲んでいたお茶を盛大に吹き出してしまう。
「ごほっごほっ……い、いきなり何を言うんですか?そんな事ありませんから!」
むせながらもやっとのことでそう返すと、自分の言葉に食い気味にナナカさんが言う。
「え!?そうなんすか?だ……だってクルスさんにあれだけ迫られても手を出さないからてっきりそうなのかと……はっ!もしかして年下にしか興奮しないとかっすか?もしくは小さい女の子にしか興味がないとか、人には言えない特殊な性癖があるとか……」
なおも良からぬ方向に会話を進めるナナカさんを止めるべく慌てて叫ぶ。
「落ち着いてくださいナナカさん!自分にそんな癖はありませんからっ!」
自分の声にようやく口を閉じるナナカさん。心底意外だと言わんばかりの顔で自分の方を見て掴みかからんばかりの勢いで再び口を開く。
「じ……じゃあ何でクルスさんに手を出さないんすか!あの美貌!あの体型!あの声!あの視線!私なら即求めに応じるどころか三日三晩寝ずに相手を務めるところっす!……何で!何で私じゃなくてアークさんなんですか!」
先程までの様子とはまるで別人かのようにナナカさんが叫ぶ。抑えていた感情が昂っているのか目には涙が溜まり、敬語と素の口調が入り混じっている。そこで一旦言葉を止め、ぜいぜいと肩で荒く息をしながらぼそりとつぶやく。
「ずるいっす……ずるいっすよアークさん……」
そう言ってうつむいてナナカさんが黙り込む。どうして良いか分からず、自分も言葉に詰まる。やがて落ち着いたのか、ぽつりとナナカさんがつぶやく。
「……ごめんなさい。つい取り乱してしまいました」
そう言ってまたうつむくナナカさん。……何となくではあるが当人を前にした事で師匠が言っていた事が理解出来た。
(……なるほど。そういう事か。つまり……ナナカさんは師匠の事が……)
自分がそう思っていると、今まで溜め込んでいた気持ちを吐露するかのようにナナカさんがぽつりぽつりと話し始める。
「クルスさんは……村にいた時から私の憧れだったっす。その想いはクルスさんが村を離れてハンターになっても変わりませんでした。私はクルスさんの隣に立てるほど武術の才には恵まれなかったっす。だから、せめて知識を磨いてそれでお役に立とうと必死に色んな分野を学んでお側にいようと決めました」
そこでまたちらりとこちらの顔を見てから話を続ける。
「……そんな折にクルスさんが人間を弟子にすると聞いて、私は反発したっす。エルフの出でも優秀なハンターはいるのに何故わざわざ人間を、って思ったっす。……その結果、私がどうなったかは聞いてるっすよね?」
話しながらもナナカさんが肩をぶるりと震わせる。あの師匠の事だ。具体的には聞いていないものの、彼女が相当な目にあった事は容易に想像がつく。
「……追い出されてしまったとは聞いています。ただ、自分がハンターとして活動している間に、出禁を解かれたというのも」
そう自分が返すと、ナナカさんが苦笑しながら話を続ける。
「そうっすね。拝みに拝み倒してようやく許して貰った感じっす。アークさんがハンターとして活躍しているのは私の耳にも届いてました。クルスさんの先見の明は流石と思うと同時に、そのまま大成してどこかで嫁でも見つけてくれれば良いのに、って思ってたっす」
……残念ながらそのどちらも成し遂げられなかった自分としては少し耳が痛い。結果、自分は今ハンターとしての道を離れているのだから。
「……すみません。今更ながら自分が安易に出戻った事でナナカさんはさぞかし気分を悪くしたでしょう。二人の事情を詳しく知らなかったとはいえ……申し訳ないです」
自分が頭を下げると、慌ててナナカさんが口を開く。
「あ、謝らないでいいっす!……っていうかこれ、完全に私の個人的な逆恨みみたいなものっすから!……むしろ、謝るなら私の方っす。クルスさんに一人で勝手に嫉妬して、今もこんな風にまくし立てて……その……改めてごめんなさい」
勢い良く頭を下げるナナカさんに何と言葉を返したものかと思っていると、頭を下げたままナナカさんが先に口を開く。
「……頭では分かっているんす。性別云々じゃなく叶わないって事は。でも……まだ諦める気になれないっす。たとえ、どんなに嫌われてても」
ナナカさんがそう言ったところで自分が声をかける。
「えぇと……師匠はナナカさんの事、そこまで嫌いじゃないと思いますよ?……大体、あの人が本当に嫌いな相手に対してどんな態度を取るかは俺よりナナカさんの方がよくご存知じゃないですか?」
自分がそう言うと、はっとした表情になり目をぱちくりさせて一瞬考えた後、すぐに口を開く。その口元には僅かではあるが笑みが浮かんでいる。
「……そういえば……そうっすね。自分が謝罪行脚をしていた頃も、思えば呆れながらも必ず玄関まで出て来てくれたっす。そもそもよく考えてみれば、あの人なら相手がいくら泣き喚こうが暴れようが関係ないっすもんね」
ナナカさんの言葉に自分も思わず続ける。
「そうですよ。そもそも師匠なら興味のない相手がどれだけ土下座していたところで完全に無視するか、その頭の上を平然と歩いてそのまま買い物に行くような人ですからね。自分がいた時の話ですけど師匠を怒らせた業者が師匠の前で土下座している横で『何やらゴミが溜まっているな。焼却処分せねばならぬな』って不要な書物で焚き火を始めるような人ですし」
自分の返しにナナカさんが吹き出し、間髪入れずに言葉を返してくる。
「ぶふっ!そんな事があったんすか?それ、私の時はされなくて良かったっす。っていうか、機嫌を損ねてそれで済んだだけまだ感謝するレベルっす。村にいた頃、クルスさんの才能と美貌に嫉妬した小娘が喧嘩を売ってきた時なんて秒で返り討ちにあうどころかその後……」
その後も互いの会話は留まることなく、師匠がいかに機嫌を損ねた相手に対して非道な行いをするかの話で盛り上がった。




