お世話になった方のお願いは絶対です
(……師匠のお願い……こりゃ、内容は分からないがかなり厄介な事になりそうだな)
付き合いが長いだけに分かる。師匠がこの笑みを浮かべて自分に話を持ちかけてくる時は大抵面倒なことになるのだ。そんな自分の空気を察したのか、手をぱたぱたと振りながら師匠が続ける。
「おいおい。そんな風に身構えないでおくれよ。確かに過去には君に何度か無茶な頼み事はしたとは思うが、過去の事だろう?」
……嫌な予感しかしない。もはや自分で既に頼み事と言っている時点でその予感は正しいだろう。弟子時代の頃からハンターとして一人立ちした時代に至るまで、内容は様々ではあるが師匠からの頼み事のその全てがろくでもなかった。
(……珍しく師匠が高熱を出して寝込んだ時は体の汗を拭けとか言って全裸の状態でベッドの中に引き摺り込まれかけたし、簡単な調合用の素材を取りに行ってくれと言われて向かってみれば上級魔獣の巣窟だったり……今回はいったいどんな厄介事を頼まれるのやら)
自分にもギルドの受付業務があるため、師匠の命でも内容によってはきっぱりと断らなければならないと思っていると、また師匠が口を開く。
「あぁ、ギルドの業務を気にしているのかい?それなら大丈夫だよ。ボクの方からギルドにこの後すぐに声をかけておくから。ボクの頼みを聞いてもらう間の期間は準備期間も含めギルドへ出勤扱いになるように取り計らっておくから。そもそも、誰が君をギルドに斡旋したと思っているんだい?」
……そうだった。師匠の顔の広さと謎のコネクションを忘れていた。現役時代に築いた繋がりは加工屋になってからも健在で、黙っていても表からも裏からも様々な情報が師匠の元には届く。街の情報屋など比較にならない程の情報が師匠の一声で集まるのだ。
(……思えば、師匠の情報網には自分の現役時代にも散々世話になったからな。駄目元で鎧龍の亜種の生息地の情報が無いかと師匠に世間話ついでに聞いたら翌々日には詳細なエリアが記された紙を渡された時は驚いたな)
そんな事を思い出しながらも、一つだけ確かな事がある。これは『お願い』ではなく『強制』であると。
「はぁ……外堀が埋まっているって訳ですね。で、どんな『お願い』ですか?ひとまず内容を聞かせてくださいよ」
そう自分が言うと、師匠がにこりと笑って言う。
「いやぁ、聞き分けの良い弟子を持ってボクは幸せだよ。なに、そんな無理難題じゃあない。ただ、少しばかり調査件素材採集に協力して欲しいのさ。ボクの後輩と……ね」
師匠の言い方に若干引っかかるものを感じたため、思わず聞き返す。
「後輩……ですか?師匠にそんな方がいたなんて初耳なんですが」
長い付き合いであるが、師匠の口から後輩などという言葉が出たのは初めてだ。現役の頃から弟子入りしてからの間、基本的にソロハンターであった師匠に後輩といえる存在がいた事に驚いた。
「おいおい。失礼じゃないか……と言いたいところだけれど君の言う通りだ。天才というものは得てして孤高の存在というものだからね。本当に信頼出来る者が一人でもいてくれたらそれで良いのさ。例えば……君とかね」
そう言ってこっちを見てにこりと笑う師匠。その笑顔に思わず気恥ずかしくなり、慌てて会話を再開する。
「で、でもその調査に向かう方は師匠にとって後輩と言える存在なんですよね?いったいどんな方なんでしょうか?」
自分の問いに師匠が一瞬眉をひそめ、ため息をついてから口を開く。
「……そうだね。その辺りも説明しなきゃいけないね。うん、仲間という言い方を使う事に少々躊躇いがあるため後輩と読んでいるのだが、他にどう言えば良いか……エルフの村時代からの腐れ縁というか憎めないけれど面倒な奴というか……決して嫌な奴という訳ではないのだけれど、少しばかり厄介な子なんだよ」
どことなく歯切れの悪い言い方をする師匠。自分の顔をちらりと見てから更に続ける。
「ボクが君を後継者として引き取る前まではやけにボクに懐いてきてね。便利な部下が出来たという感覚でしばらく帯同していたんだが時折問題行動を起こすこともあってね。それでも優秀な事には変わりがないためある程度は許容していたんだが、ある出来事を境に一度クビというか出禁にしたんだよ。そう、君を引き取り弟子にすると宣言した時にね」
師匠の言葉に驚く。道理で自分が知らないはずである。驚く自分を横目になおも師匠の話は続く。
「当時の君の潜在能力に気付かないのは仕方ないにしろ、ボクが弟子を取ることに異様に反発してね。頭にきてちょいとばかりお仕置きを加えた後に叩き出したんだ。あの頃のボクは君という原石を鍛える事が何よりの楽しみだったからね」
その師匠の期待に応えられなかった事に若干申し訳なさを感じるものの、先に疑問に思った事を師匠に尋ねる。
「……でも、今こうして自分をその方と同行させたいという事は、その……出禁は解いたという事ですか?それに、そんな方が自分との同行を素直に了承するんでしょうか?」
自分の問いに師匠が苦笑いを浮かべて答える。
「……君がハンターとして活躍している頃だね。その活躍を耳にする度誇らしくもありつつ人恋しくもなってね。ある日家の前で何十回目かの土下座をするその子を見てついつい家に招きいれたのさ。あの頃のようにはいかなくとも、話し相手ぐらいにはなって貰おうかな、ってね」
師匠の話しぶりから察するに、本当に愛想を尽かした訳ではないのだと察する。そもそも本当に愛想を尽かしていたならいくら相手が土下座をしようが師匠ならその上に平気で足を乗せかねないからだ。そう思っていると師匠が続ける。
「とはいえ、あまり以前のように距離を詰められても困る。だから一人になったボクの世話を焼こうとするのを断りあえて家事手伝いを雇ったり、一線を超えるような関わりは持たないようにちょうど良い距離感を保って付き合っていると言う訳さ。仕事に関しては本当に優秀だからね。特定の分野に限ってはボクより優れているかもしれない」
滅多に人を褒めない師匠がそう言うという事は余程優秀なのだろう。なおも師匠の話は続く。
「今回の依頼に関して君の同行もボクがお願いしたら二つ返事で引き受けてくれたよ。無論、君に対して無礼な振る舞いをしたらどうなるかは身に染みているだろうし、しっかり言い聞かせているから心配しなくて良い。もしも君が不快に感じたりするような態度や発言があれば逐一報告してくれたまえ。その発言の一つ一つを発したことを後で後悔する事になるからね」
そこまで話を聞いて、やはり自分に対して好意的な印象を持っていないであろう人と行動を共にすることに関しては不安を抱かざるを得ない。だが、師匠が認めたという程の人物がどのような人なのかという興味が湧いてきた。
(……そもそも、ここまで師匠が雄弁に話した以上、自分に断る権限はない。というか、断ったら間違いなく引き受けるよりも面倒な事になる事を俺は身を持って知っているからな)
心の中で葛藤し腹を括る。同時に師匠に声をかける。
「……分かりました。師匠の『お願い』引き受ける事にします。ただ、自分が抜けている間のシフトの穴埋めやフォローはよろしくお願いします。同僚に迷惑は極力かけたくないので」
自分の言葉に師匠が満面の笑みを浮かべて言う。
「あぁ!さすがボクの愛しの愛弟子だ!それに関しては心配無用だ。金銭面をはじめ、その辺りで不満が起こることの無いよう可能な限りフォローしておくとも。じゃ、早速だが具体的な内容を説明させて貰うとしようか」
そう言って、師匠が今回のお願いについて話し始めた。




