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ギルド受付で働いてますが、攻略して欲しいのは自分ではなくクエストです  作者: 柚鼓ユズ


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習った技術を振る舞います

「え〜?嫌だよ。何で愛しの愛弟子がようやく帰ってきたというのにわざわざ見ず知らずの他人をまた雇わないといけないんだい?」


 そう言ってクルス師匠がベッドからのそのそと立ち上がる。立ち上がった姿に視線を向ければ全裸の上にただシャツを一枚羽織っただけである。慌てて首を折れんばかりに回転させて叫ぶ。


「師匠!とりあえずきちんと服を着てください!あと、下着をちゃんと着けてくださいっ!」


 必死に言う自分に対し、全く焦る様子のない感じで師匠が言う。


「え〜?だって窮屈だし……それにどこにやったかなぁ。ここ最近は君も来てくれなかったし……あ、多分洗濯物を取り込んだやつが君の近くにあるかも。その辺り探してみてよ。汚れてないから大丈夫だよ」


 言われて視線を足元に落とせば、乱雑に積まれた衣服の山の上に下着がちらほらと見える。赤や黒、紫……色とりどりの下着から慌てて視線を逸らす。


「自分で!取って!くださいっ!」


 油断していたせいでまともに見てしまった。時おり強制的に頼まれる洗濯時ですら下着は拒否したり見ないように気を付けていたのに。こちらの動揺をよそに平然と師匠が言う。


「なんだい今更。女性の下着程度で恥ずかしがる歳でもあるまいに。そもそも下着どころか、もっとボクの直接的な姿だって何度も君は見ているだろう?」


 第三者が聞いたら誤解を招きかねない発言である。実際は稽古後の水浴びの際に『いちいち別の所で水浴びとか面倒くさい!一緒に入るぞ!』と自分の近くで水浴びを始めたりとか、寝ぼけた師匠が自分のベッドに全裸で潜り込んできたりなどと自分にとっては完全に事故である。


「勘弁してくださいよ……昔から思っていましたけど師匠のその振る舞い、相手が俺じゃなければ問題になってますよ?」


 これ以上師匠の方を見ないように手で顔を覆いながらつぶやく。本当に勘弁して欲しい。


 クルス=エンシス。人間とエルフの良い所取りの見た目と才能を併せ持つ、文字通り『天才』の名を欲しいままにしていた才女である。その才覚から今のようにハンター制度やギルドの設備が整う前のエルフや混血の素性に偏見を持つ者達をその実力と美貌で黙らせ、己の地位を不動のものとした。


 そんな彼女が後継者として身寄りのない孤児の中から自分を選んだ時は何が起きたのかと思ったことを昨日の事のように思い出す。


(……師匠いわく『ただの気まぐれ。後腐れのないように施設の中から探そうとしたらたまたまその中に君がいた』って言われたんだよな。俺よりも他に適性がある奴はごまんといただろうに)


 そんな事を思っていると、ようやく最低限の服を着てくれた師匠がこちらに声をかけてくる。


「ねぇアーク。それより何かご飯を作っておくれよ。キミがいない間は保存食や外食ばかりだったから君の手料理に飢えているんだ。その荷物から察するに、それを見越して用意してくれているんだろう?」


 師匠の言葉にため息を吐きながら答える。


「……鶏肉の油揚げ、卵とハムを挟んだ黒麦のパン。それに野菜がたっぷり入ったスープですよね?ちゃんと材料は用意してありますよ。鶏肉はここに来る前にタレに漬け込んであるから今すぐ揚げますんでテーブルで大人しく待っててください」


 自分の言葉に満面の笑みを浮かべ、うんうんと頷きながら師匠が口を開く。


「あぁ。流石だよ我が愛弟子!愛してるよ。お礼はボクの体で良いかな?」


 そう言って戦いの際にはさぞかし不便であったであろう大きな胸を両手で持ち上げながら言う。


「……謹んでご辞退します。掃除の前にとりあえず支度しますね」


 そう言ってひとまず仕込みを済ませた料理を作るべくキッチンへと向かった。


「うーん!……やっぱり君のご飯は最高だよ!さっくりとした衣を噛み締めれば溢れ出る鶏の肉汁!それをどっしりと受け止める黒麦のパン!それらをまとめて咀嚼して香草が入った野菜スープがあと口を爽やかにしてくれる!どんな腕利きの調理人よりもボクには君の料理が最高だよ!」


 早口で喋りながらも自分の料理を脅威の速度で平らげていく師匠。食べる速度は早いのに、決して汚く食べ散らかす事なく次々と消えていく料理に毎度の事ながら焦ってしまう。


(……明日の分もと思って多めに仕込んでおいた鶏肉だが、この様子だとまだ追加で揚げる必要がありそうだな)


 そう思いながらも先にパンの追加を用意すべくキッチンへと向かった。


「ふぅ……久しぶりに満ち足りたよ。どんな名店の料理や珍味より、ボクの舌には君の料理が一番だ」


 用意された食事と追加のおかわりを全て綺麗に平らげてから満足げに師匠が言う。食後の紅茶のおかわりをカップに注ぎながら言葉を返す。


「お粗末さまでした。師匠も料理が出来ないわけじゃないんですし、たまには自炊したらどうですか?外食や保存食だけじゃ体に悪いですよ?」


 そもそも自分の料理スキルの基礎は師匠による手ほどきによるものである。エルフ特有の調理法や、人間が普段口にしない素材を独自の加工で食用に適したものに変える方法はハンターとして過ごした生活の中でも大いに役立った。元々料理が嫌いでなかったため、一通り自分がこなせるようになってからは一緒に過ごした期間は自分が料理を担当していたが、作ろうと思えばいくらでも出来るはずである。


「分かってないなぁ。ボクはね、君が作ってくれた料理が食べたいんだよ。そもそも、自分のためだけに作る料理になんて時間を割きたくないんだ。生きるための食事なら最低限の量と栄養素が確保できればそれで良いのさ」


 言わんとすることは理解できるが、それもどうかと思っていると師匠が続ける。


「ていうか、君が悪いんだよ?ボクの胃袋をしっかり掴んでいるんだからね。いやぁ、優秀な愛弟子を持ってボクは幸せだなぁ」


 そう言ってカップに注がれた紅茶を一息に飲み干す師匠の顔をため息を吐きながら見つめる。現役を退いた師匠はその後、現役時代の腕前と知識を存分に活かし武具や魔術の装飾品を加工する腕利きの加工屋として生計を立てていた。

 その腕は確かなものでその評判を聞きつけた多くのハンターが彼女の元を訪れ決して安くはない代金と彼女のお眼鏡にかなった者だけが依頼を受注して貰える。が、金額の高さや名声だけでは師匠は動かず、あくまで自分が気に入った者の依頼しか決して受けることはなかった。


『金額や名誉なんてどうでも良いんだよ。そもそもその二つのどちらも現役時代に充分に与えられたからね。ボクが依頼を受けたいと思うだけの価値や魅力、それに面白さがあるかないか。それが全てだよ』


 師匠の言葉通り、高価な金品や素材をこれでもかと積んだ相手を話の途中で追い返したかと思えば、手間賃どころか作業工程を考えれば赤字にしかならないような依頼を二つ返事で引き受ける事もあった。ハンターとして一人立ちしてからも、折に触れて師匠のところには顔を出していたため話は色々と聞いていた。


(……応接間に飾るためだけの宝剣の作成依頼に大金を積んできた貴族崩れのハンターの尻を蹴り飛ばして追い出したとか、村の危機を救うために村一同でどうにかかき集めた資金で村に巣食う魔獣を討伐するための武具の製作依頼は二つ返事で引き受けたどころか私物の素材を使って過剰火力と言って差し支えないほどの武具を提供していたよな。本当、自由な人だよな)


 まぁそんなところが憎めないところであり未だに自分が師匠を支持し、何かと世話を焼く理由ではあるのだが。自分がハンターを退き、これからどうしていこうかと思っていた時にギルドの受付を勧めてきたのも他ならぬ師匠であった。


『ひとまずやりたい事がないのならギルドで君の技術や知識、そして何より今までの経験をこれからハンターを志す若者へ伝えれば良いじゃないか。何もすることがないから変に贖罪や後悔やらの念が起こるんだ。今はとにかく何かしら動くのさ。その中で君が本当にやりたい事を探せば良い。時間はたっぷりあるんだからね』


 あの時言われた師匠の言葉があったからこそ今の自分がある。もしもあの時師匠にあぁ言われてなければ自分は浮浪者、良くて何の目的も持たぬまま無気力にただ生きているだけの存在になっていただろう。


「……まぁ、結果として優秀かどうかは分かりませんが、俺も師匠の弟子で良かったと思いますよ」


 そう言いながら茶葉を入れ替えた紅茶を改めて師匠のカップに注ぎながら言う。ミルクを入れて一口飲んだ後、満足げな笑みを浮かべて師匠が口を開く。


「うんうん。ボクも君が弟子で良かったと本当に思っているよ。欲を言えばもう少しボクに甘えて欲しいところだけれどね……さて、そんな君に今日はお願いがあるんだ。話を聞いてくれるかい?」


 そう言ってカップを置き、にこりと師匠が笑った。


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