プロローグ的ななにか(仮)
「死ね! お前なんか死んでしまえ!」
泣きながらの罵倒。自分に向けられる憎しみ、
そして彼女を支えながらこちらを見る他の人達の軽蔑と不審の目。思い出した。ようやく思い出した。
最近少しこの世界で上手く生きていけてる気がして、脳の奥深くに仕舞い込んでいた自分という人間の現実。
「この、人殺し!」
この日、俺は思い出した。
(あぁ、そうだ。ここは――)
どうしようもなく自分は咎人で、全部は罰で。自分は選ばれたのではなく、この世界に零れ落ちた落ち零れであることを。
(ここは、地獄なんだった)
―――
ダンテの神曲に地獄前域という空間がある。
生前に大した善い行いも悪い行いも成さなかった人間が死後向かう場所として
位置づけられた場所だ。恐らくその基準からして今の世のほとんどの人間が向かう場所。
9割、いや9割9分9厘の人間が向かうであろう地獄。
『なにも悪いことしてないのに地獄に行くなんて』などと宣う人間もまぁいるだろうが
この世で命を授かって、それを無為に使い怠惰に生きて消費して死に行く人間等
その存在自体が罪ということなのだろう。少なくとも神様にとっては。
当然自分はそこに行くことになる圧倒的大多数の人間の一人だ、と話を聞いたとき思った。
幼いころの夢は叶わなかった。愛する人も愛してくれる人も見つからなかった。
熱意を持ち夢中になれる何かに出会えなかったし、徒に時間を浪費してきた。
思い返すに漠然と空虚な人生を送ってきた。
「……あれ? 誰かいますか?」
人生50年と謡われた時代においても尚早逝とされる年齢でありながら未練など一つもなく、
執着するようななにかなど終ぞ持てなかった。命というものが尊いものであるのなら、
なるほど自分は罪深い生き物であることに疑いはなく、
故に地獄に落ちることもさもありなんといったところである。
「っ! 漂流者の方です! 誰か翻訳魔法を使える方をお願いしますっ!」
ただなんの善行も悪行も成さずに生きたことは否定しないけれど、
それでも一つだけ個人的に言わせていただくならば蜂や虻は苦手ということくらいか。
もっと深層の地獄に落ちたいわけでは決してないが蜂や虻……かぁ、
地獄でもアナフィラキシーは起こるんだろうか――ん?
いま、魔法と言ったか? 獄卒も魔法を使うのか?
もちろん神曲も所詮はダンテ・アリギエーリという一人の人間が想像で書いた創作でしかなく、
その性質上実際に見て戻ってきた人間が居ないため確認なんてとれるはずもなく
真偽はおろか存在の有無ですら確定できないものである以上可能性はあるのだろうけれど。
「……魔法は、イメージと違うなぁ」
冷たい地面に寝転がりながら思わず口を呟く。
無論、真実地獄があり獄卒が存在したとしてこちらのイメージに合わせる理由もないのだけれど、
それでも『魔法』は、なぁ。なんて思っていながら身じろぎすると『ごりっ』と嫌な音を立てて
後頭部が平らな硬い地面にぶつかり鋭い痛みが走る。
(あれ、これ地面というよりどちらかというと床じゃないか?)
なんて思うが早いか。
「しゃ、しゃべったー!!」
古いファストフードのCMみたいな女性の声でぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
多分、多分だけど。ここはどうやら地獄ではないらしい。瞼を開いて目に入った
恐らく神官であろう女性の姿を見つめながら、そう思った。




