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鳥籠の中に優しさを

作者: P4rn0s

この子は繊細だから。

この子はちょっと人見知りで。

この子は、ちゃんと分かってるのよ。


そんな言葉たちに囲まれて、私は育った。

悪いことをしても、誰かが先にかばってくれた。

気まずい空気になっても、場の誰かが笑って流してくれた。

私が謝る前に、「大丈夫、大丈夫」って優しさが飛んできた。

叱られる前に、何もかもが終わってしまっていた。

だから私は、叱られ方を知らない。

どう謝ればいいのか、知らないまま大きくなってしまった。

悪いことをした、という実感も、本当はよくわかっていない。


高校に入って、周りは私を「ちょっと変わってる子」と呼んだ。

面と向かって言われることはないけど、雰囲気でわかる。

誰かが私のことを避けている気配。

言いづらい空気。

遠巻きに見られる感じ。

でもそれを私が話すと、親も先生も、みんなこう言うのだ。

「そんなことないよ」

「気にしすぎだよ」

「あなたは悪くない」って。

私は、それを信じた。

信じるしかなかった。

だって、私が悪いと思いたくなかった。

誰も怒らないんだから、きっと私は間違っていない。

むしろ、周りの人間が過敏すぎるのだと。


けれど、そう思い込もうとするほど、世界との距離が広がっていった。


私は言葉を選ぶのが苦手だった。

たぶん、どこかで人を見下していたんだと思う。

「私は本当のことを言ってるだけ」と思っていた。

でも、本当のことって、言っていいことと悪いことがあるのだと、誰も教えてくれなかった。

「なんか、それって馬鹿みたいだね」

そう言ったとき、相手が目を伏せた理由が分からなかった。

「それ、やる意味ある?」と尋ねたとき、空気が固まった理由を、理解しようともしなかった。

私は自分の感覚を信じきっていた。

それしか持っていなかったから。


やがて、グループの輪から、誰にも言われずに外されるようになった。

声をかけられなくなった。

でも、私に非があると認めたくなくて、

「別にこっちから願い下げ」

と心の中で唱えた。


でも、本当は寂しかった。

誰にも言えないくらい、ひどく、みっともなく。


大学では、もう少しうまくやろうと思った。

相手の目を見て話すこと。

相槌を打つこと。

共感っぽい言葉を口にすること。

マニュアルみたいに覚えたけれど、それでも私はどこかでボロを出した。

距離の取り方がわからないまま、相手の領域に踏み込みすぎたり、逆に全く興味がなさそうに見えたり。


「君って、たまに怖いよね」


初めて、正面からそう言われたとき、私は笑った。

何が怖いのか、心当たりがなかった。

でもそれから、私を避ける人が増えた。

私の内側にある何かが、他人を不安にさせていると気づき始めた。


それでも、誰も怒らなかった。

誰も指摘してくれなかった。

ただ、静かに去っていく。


私は、誰かに強く怒られたことがなかった。

「それはダメだよ」

「言いすぎだよ」

「ちゃんと謝りなさい」

そうやって、真正面から、私の間違いを指摘してくれる人が、誰ひとりいなかった。

だから私は、いつも自分のままでいた。

優しさに守られて、優しさに包まれて、優しさの中で壊れていった。

気づけば、「これが私だから」と言い訳するのが癖になっていた。

変わろうとするのが怖かった。

変われなかったとき、失望するのは自分だから。

だったら最初から、「私はこういう人間です」と開き直ったほうが、まだ傷が浅く済む。

でもそのたびに、誰かを傷つける。

誰かの中に、「あの子、ちょっと無理」という印象だけが残る。

私は、化け物のように扱われる。


夜、自分の部屋で布団をかぶりながら、時々ふと思う。

もし、小さい頃に、誰かがちゃんと怒ってくれていたら、私はもう少し、まともな人間になれたんだろうか。

誰かの痛みに鈍感じゃない自分に、なれたんだろうか。


でもそのたび、心の奥がささやく。

──そんなの言い訳だよ、って。


わかってる。

私はもう、十分に大人だ。

自分の性格を、誰かのせいにして逃げられる歳じゃない。

でもそれでも、直せないものがある。

わかってるのに、変われない。

変わらなきゃと思ってるのに、何もできない。


私は、自分を嫌いなまま、他人に嫌われて、また自分をもっと嫌いになって、それでも変われないまま、今日も生きている。

化け物と呼ばれても仕方ないと、自分で思う瞬間がある。

でも、その声を飲み込んで、また笑って、今日も誰かを少しだけ傷つけて、ひとりに戻る。


私は、ずっとそうやって生きてきた。

優しさの中で、育ってはいけなかったのかもしれない。

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