第8部「機械仕掛けの楽園」
その街は地図に存在しない。
都内、地下鉄廃線の先──戦後に封鎖された“幻の13号線”の奥に、**研究廃区画**が存在していた。
かつて《G.I.S.D.》の生体兵器開発が行われていたその区画が、今も稼働しているという情報が上がったのは、つい二日前。
「敵勢力:不明数、重装。確認された武装はKRISS Vector(.45ACP)、Beretta M9A3(9mm)、及びFN Minimi Para(5.56mm)……火力重視で市街戦仕様だ」
ヘッドセットから、オペレーター・シラカバの緊張した声。
ユズリハは地下通路の影に身をひそめ、無音でP320を引き抜いた。
サプレッサーを装着、弾種は147gr JHP。
マガジンは満装17発、予備×2。
「味方突入部隊、装備は?」
「先行班はHK416D(5.56mm)、副武装にWalther PDP F-Series(9mm)。近接対応班は**Benelli M4 Super 90(12GA)**搭載済み」
「了解。敵が“バランス型”の構成なら、強襲よりも……一点突破ね」
**
セクター内は、異様な静けさだった。
機械の残骸と人工皮膚のようなゴミが散乱し、天井からはケーブルが垂れ下がる。
ユズリハは一体の“自律歩哨”に目を止める。
装備されているのはKRISS Vector Gen II(.45ACP)。
二脚展開、EOtechホロサイト、拡張マガジン。明らかに人間のための装備ではない。
その瞬間、レーザーがユズリハの額を狙った。
パン、パン、パン!
先制射撃。
3発のホローポイントが歩哨のセンサーを破壊し、転倒させた。
「もう自律兵器まで出てくるのか……」
だが、次に現れたのは明らかに人間だった。
**
「……ユズリハ・ハヤマ」
現れたのは、黒髪の青年──かつて《G.I.S.D.》で“被験体補佐”を務めていた男、《イクサ》。
装備は**FN Minimi Para(軽機関銃)**と、M1911A1。
ミニミは5.56mmの制圧用で、通常は分隊支援火器として使用される重武装。
携帯性を確保したParaモデルは、CQB戦でも威力を発揮する。
「なぜ生きてるの?」
「君のおかげで、“戦う意味”が生まれたからさ。君という存在を倒すことが、僕の自己確立なんだ」
「なら、立証してみて。……“撃つ理由”のある人間として」
ユズリハは遮蔽物へ滑り込み、応戦態勢へ。
**
機関銃の咆哮がトンネルを満たす。
ダダダダッッ!
5.56mm弾が鉄板を貫き、火花と瓦礫が飛び散る。
「重火器相手に、真正面からは分が悪い……」
ユズリハは一瞬の隙を突き、右側へフラッシュバンを投擲。
バンッ!
光と音がイクサの視界を奪う。
ユズリハはその隙に近づき、ミニミの弾倉部に一発。
パン!
破裂と同時に、機関銃が沈黙する。
**
イクサはすぐさま副武装──M1911A1を抜いた。
「……旧式だけど、“殺す”には十分だ」
「でも、わたしのP320は、“救うために撃つ”銃よ」
ユズリハは狭い通路を利用し、側面から回り込む。
壁を蹴って反転、2発の連続射撃。
パン、パン!
一発はM1911A1を弾き、もう一発はイクサの太ももを撃ち抜いた。
「っぐ……!」
「止められて、よかった」
「君は、甘いよ……だから、きっと“最期に後悔する”」
イクサはそう言い残し、昏倒した。
**
セクター内部の端末からは、旧G.I.S.D.による膨大な実験記録が発見された。
その中には、かつてユズリハが“育成されていた部屋”の映像記録も残されていた。
そこには、壁に銃を描く少女の姿があった。
「これは……わたし?」
セラフの声が通信に割り込む。
『確認:映像は15年前、プロジェクトNo.01・“Steel Flower”の初期記録。映っているのは……あなたです』
**
帰還の車中、ユズリハはP320を分解しながら独白した。
「わたしが“作られた理由”はもうどうでもいい。
でも、“いま撃つ理由”だけは、絶対に自分で選び続ける」
それが、黒鋼の名を継ぐ者の決意だった。