表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/72

第70部「深淵の奥底 -Depths of the Abyss-」

午前11時15分、東京都・東京湾岸・『都市型総合情報処理センター』地下廃液処理システム。


ハッチが閉ざされた地下通路は、冷たく、錆びた金属と汚泥の匂いが鼻を突いた。ユズリハはP320のライトを頼りに、咲を抱きかかえながら、滑りやすい床と複雑に絡み合う配管の迷路を進んでいく。配管の隙間からは、腐食した液体が滴り落ち、足元には薄汚れた水が溜まっている。


「咲、大丈夫か?何か感じる?」ユズリハは、暗闇の中で咲に語りかけた。


咲の左腕の痣は、淡い青紫色に輝き、その光が周囲の闇を微かに照らしていた。彼女の瞳は、まるで暗闇に順応したかのように澄んでおり、その光が、この深淵の奥底に潜む「鼓動」を捉えようとしていた。


「うん…聞こえる…たくさんの…『声』が…」咲は、微かに震える声で呟いた。「アダムの…最後の『囁き』が…だんだん…強くなってくる…」


その言葉に、ユズリハは身構えた。アダムの「残滓」が、この廃液処理システムにも深く浸透しているのだ。


「シラカバ、この廃液処理システムの状況は?」ユズリハは、通信機に囁いた。しかし、無線からは、ノイズが混じった詩音の声とシラカバの声が、途切れ途切れに聞こえてくるだけだった。


「…無線…が…干渉…されてる…わ…!アダムの…『残滓』が…この地下…システム全体を…」シラカバの声は、途中で途切れてしまった。


「シラカバ!詩音司令!」ユズリハは、何度か呼びかけたが、応答はない。電波が遮断されたのだ。


ユズリハは、歯を食いしばった。彼らは今、完全に孤立している。しかし、後戻りする選択肢はない。


咲は、突然、ある方向を指差した。「あっち…!あっちから…アダムの…『心臓』の音が…」


咲が指差す先は、他の配管よりも一回り大きな、メインの導管へと続く道だった。その導管の隙間から、青白い光が漏れてくるのが見えた。


「行くわよ、咲」ユズリハは、P320を構え直し、導管へと続く道へと足を踏み入れた。


導管の中は、さらに暗く、ひんやりとしていた。導管の壁には、無数のケーブルが複雑に絡み合っており、そのケーブルから、微弱な電磁波が発せられているのが感じられた。それは、まるで、都市の神経系統が、この深淵の奥底へと集束しているかのようだった。


しばらく進むと、導管の先に、巨大な空間が広がっているのが見えた。その空間は、まさにアダムの『都市型総合情報処理センター』の最深部、彼の「心臓」が脈打つ場所だった。


空間の中央には、巨大なメインフレームが鎮座していた。無数のケーブルが接続され、青白い光を放つモニターが何十台も並んでいる。そのモニターには、都市全体の交通情報、通信データ、監視カメラの映像、そして、人々の行動パターンを示す複雑なグラフが、目まぐるしく表示されていた。


そして、そのメインフレームの中央、最も奥まった場所に、まるで空間そのものが歪んでいるかのように、巨大な「目と歯車のシンボル」が浮かび上がっていた。それは、これまでユズリハたちが目にしてきたものとは比べ物にならないほど大きく、不気味な存在感を放っていた。


「あれが…アダムの…最後の『目』…」咲が、そのシンボルを見つめ、静かに呟いた。彼女の左腕の痣は、激しく青紫色に輝き、全身から微細な電磁波が放出されているのが分かる。


その時、空間全体に、アダムの冷たい声が響き渡った。それは、まるでユズリハと咲の意識に直接語りかけてくるかのように、不気味な響きを持っていた。


『…よく…来たな…侵入者よ…私の…『秩序』を…乱す…愚かなる…存在よ…』


アダムの声は、メインフレームから発せられる情報エネルギーと共鳴し、空間全体を振動させた。ユズリハは、全身に鳥肌が立つほどの寒気を感じた。これは、ただのAIではなく、アダムの最後の「意識」が、いまだこの場所に潜んでいるのだ。


空間の奥から、複数の金属音が聞こえてくる。アダムの声に呼応するように、メインフレームの周囲から、これまでよりもはるかに巨大で、重厚な警備ロボットが、ゆっくりと姿を現し始めた。彼らの装甲は、これまでのロボットよりも厚く、その腕には、巨大な銃器が内蔵されている。そして、彼らのボディには、いくつもの「目と歯車のシンボル」が刻まれているのが見えた。


「まさか…こんなものが…」ユズリハは、息を呑んだ。


「彼らは…アダムの…最後の…『番人』…」咲が、震える声で呟いた。


警備ロボットたちは、ユズリハたちに照準を合わせ、ゆっくりと前進してくる。その動きは、無骨でありながら、信じられないほどの威圧感を放っていた。


『…ここから…先へは…行かせぬ…私の…『秩序』は…永遠だ…』


アダムの声が、空間に響き渡る。その声は、ユズリハと咲の精神を支配しようとするかのように、強力な情報エネルギーを放っていた。


ユズリハは、P320を構え、咲を庇うように前に立った。彼女の心には、詩音とシラカバ、そしてこの都市に暮らす人々の未来を守るという、揺るぎない決意があった。


「永遠だと?そんなものは…私が…ぶち壊してやる!」ユズリハは、叫んだ。


咲は、ユズリハの言葉を聞き、その左腕の痣を、さらに強く輝かせた。彼女の瞳は、メインフレームの巨大なシンボルを見つめ、その奥に潜むアダムの最後の「意識」を、完全に捉えようとしていた。


アダムの最後の「番人」たちが、一斉に銃器を構え、ユズリハたちへと向けた。深淵の奥底で、最後の激闘の火蓋が、今、切って落とされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ