第七部「冷たい引き金の向こう」
深夜、東京・大田区の廃工場。
ここは、かつて航空機部品の加工を行っていた施設で、現在は廃墟と化している。
だが今夜だけは、硝煙と金属の匂いが充満していた。
「確認された敵兵器──H&K MP7A1(4.6×30mm)およびGlock 19 Gen4(9mm)。最新鋭の軽火器と標準拳銃の組み合わせ」
シラカバの報告に、ユズリハは小さく息をついた。
「連中、本気で迎撃準備してるのね」
「しかも、味方の突入班はFN Five-seveNとColt M4A1 SOPMOD Block IIを使用中。弾薬の取り違えには注意してくれ」
「了解。P320のマグは147grホローポイント、予備3。装備は変わらず」
ユズリハは腰のSIG SAUER P320を確認し、マグを再装填。
この夜、彼女は《セラフ》のサポートを外して、完全な実戦感覚で戦うことを選んだ。
自分の「意志」だけで、撃つために。
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工場の内部は迷路のように複雑だった。
コンクリ壁、鉄骨階段、ブロック塀──遮蔽物と罠が無数にある。
──チッ……!
足音。
ユズリハは物陰に身を隠し、Glock 19を持った男2人を確認。
軽装タクティカルベスト、無線なし。おそらく傭兵。
1人が角を曲がった瞬間、
パン、パン!
2発が即座に喉元と胸部を貫いた。
ホローポイント弾の威力は、遮蔽物すら突き抜けないが、人体には致命的だった。
「後ろ、振り向くのが遅い」
もう1人は反応し、MP7A1を構えるが──
ユズリハは床を滑るように移動して回避、腹部へ1発。
パンッ!
反動の小さなP320が、無慈悲に敵を黙らせた。
MP7A1──4.6mmの高速徹甲弾。だが精度重視のP320に勝てなかった。
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その奥、鉄骨階段の上に、奇妙なシルエットが見えた。
少女──いや、まだ子供と言っていい年齢の少女兵。
銃はSIG SG 553。スイス製の5.56mm短小カービンライフル。
ACOGスコープが載せられ、近接・中距離両対応。
「……あなたが、“黒鋼のユズリハ”?」
「敵の中に、子供まで……? 名前は?」
「コード:アニス。ルカ・アーク第七護衛中隊、“紅”所属」
「何歳?」
「十四。だけど、三年前から撃ってる」
──その目は、もう何人も撃ち殺した目だった。
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一瞬の静寂。
ダダダッ!
SG553が火を噴く。
ユズリハはコンテナ裏へと飛び込み、弾丸の嵐をやり過ごす。
「小口径で精度良好……でも、跳弾はしやすい」
階段の脇へ回り込み、反対側へスライディング。
P320を引き、照準を「胴体ではなく、銃」に合わせる。
パンッ!
銃口を撃ち抜かれたSG553が吹き飛ぶ。
アニスが驚いて手を離した隙に、ユズリハは階段を駆け上がる。
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「撃てないの?わたしが子供だから?」
「違う。……“銃を持っていない相手を撃たない”ってだけ」
「でも、わたしは──」
──言い終わる前に、アニスがナイフを抜いた。
ユズリハは腕を捻り、あっという間に投げ飛ばす。
「その手が“引き金から離れた”のなら、もう敵じゃない。……もう戦わなくていい」
「……こんなに静かだったっけ、世界って」
涙を見せぬまま、アニスは気を失った。
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無線が入る。
「ユズリハ、主目標《神導師オスカー》、北側廊下で交戦中。武装はBeretta 93R(3点バースト9mm)、旧型だが制圧力高し」
「了解、すぐ向かう」
走りながら、ユズリハは呼吸を整えた。
Beretta 93R──
通常のM92Fに3連射機構とフォアグリップを追加した、“制圧のための拳銃”。
装弾数は20発、連射性と命中率を両立するが、携帯性は劣る。
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北廊下。
神導師は法衣を着た中年男。
93Rを構え、五七式拳銃で武装した味方1人をすでに倒していた。
「わたしの銃は“導きの言葉”だ。命を断つことで、魂を再構成する」
「その“導き”に、人は必要としてない」
「ならば、君が代わりに“撃って証明”するがいい」
ユズリハはP320を抜く。
静寂の中、二人の拳銃が向き合う。
──先に撃ったのは、オスカーだった。
パパパッ!
93Rの3点バーストが走る。ユズリハは壁を蹴って跳び、一発だけ応射。
パンッ!
オスカーの銃が弾かれ、壁に転がる。
「君は……何者だ」
「誰でもない。“選ばなかった人たち”のために、引き金を選ぶ人間」
ユズリハの言葉と共に、工場に朝日が差し始めた。
**
任務完了後、帰還車両の中。
P320のスライドを引きながら、ユズリハは静かに呟いた。
「本当は、誰も撃ちたくない。それでも、“撃たなくちゃいけない相手”が、いる」
その引き金が、また一つ、未来を繋ぐ道になることを信じて──
彼女は、次の任務に備えた。




