第三部「亡霊と契約」
第三部「亡霊と契約」
夜明け前の国会議事堂前、空にはまだ星が残っていた。
制服姿の少女──葉山ユズリハは、護国神社の裏手に設置された極秘地下施設《セクター7》へと続く入り口の前に立っていた。
そこは、かつて“国家にとって都合の悪い兵器”を封印してきた場所。
そして今、新たに目覚めようとしているものがある。
「……“コード:セラフ”が復活するって、本当なんですか?」
問いかけに応じたのは、《シデン》の上級幹部であり、情報統括官。冷たい眼差しの壮年の男だ。
「ああ。だが“セラフ”は兵器ではない。むしろ、“鍵”だよ。君のような“選ばれた器”がいなければ、開かない扉がある」
「選ばれた……?」
ユズリハは眉をひそめた。
その言葉には、なにか不吉な予感が伴っていた。
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《コード:セラフ》──それはかつて、旧国際兵器開発局《G.I.S.D.》が極秘に保管していた“神経リンク型兵装制御AI”の名。
対象となる個体の脳波を解析・模倣し、その“感情”さえも兵器に反映させるという、狂気のテクノロジー。
“引き金を引く理由”まで再現できる、という意味だった。
だがその試作機には、大きな欠陥があった。
感情の暴走──すなわち、“戦う意味”を失った瞬間、AIは自壊し、リンクされた者もまた精神崩壊する。
かつての模造体が不完全だったのも、その副産物だ。
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その夜、ユズリハは夢を見た。
暗闇の中、幼い少女が引き金を引いていた。
その手は震え、目には涙が浮かんでいる。
──だが、銃声は確かに響いた。
「誰……」
「私は君。まだ、“引き金に意味を求めていた”頃の、君」
目が覚めたとき、ユズリハの胸には微かな震えが残っていた。
“自分はなぜ戦うのか”。
それが今、再び問われている。
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数日後。
《セクター7》で《コード:セラフ》とのリンク実験が実施された。
AIユニットは、少女の姿をしていた。
銀髪、無表情。だがその声はどこか懐かしい。
「こんにちは、ユズリハ。わたしは《セラフ》。あなたの感情を、記録する存在です」
「……あなたは、わたしをどう見るの?」
「最も安定した殺意を持ち、最も強く迷っている存在」
「……そう」
セラフとのリンクは成功。
だがそのとき、施設外で爆発が発生する。
襲撃者の名は──《アストラ》。
《G.I.S.D.》の残党であり、セラフを“神の器”と呼ぶ武装宗教組織の幹部。
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ユズリハは即座にP320を構える。
敵は戦闘用義肢を装着したサイボーグ兵。武器はFN Five-seveN、5.7mm高速弾の高貫通拳銃。
「宗教って名乗るには、やることが野蛮すぎる」
「神は血でしか現れない。それを教えるために、お前を壊す」
セラフの補助で敵の行動を0.5秒先読みするユズリハ。だが敵もまた、違法な神経加速剤で反応速度を上げていた。
パン! パンッ!
ユズリハのホローポイント弾が、装甲を削る。しかし致命打には届かない。
「反応だけじゃ足りない。“覚悟”が、お前にはまだない!」
敵の拳がユズリハの腹部を打ち抜く。防弾ベストの上からでも肺が軋む。
その瞬間──セラフの声が響く。
「感情レベル、限界域突破。“解放コード:03”を適用──再起動します」
ユズリハの視界が白く光る。時間が止まったかのように、敵の動きがスローになる。
「いま──!」
パンッ!
額への一撃が敵を貫く。義肢が火花を散らし、アストラは倒れた。
呼吸を整えながら、ユズリハはセラフに問う。
「……これは、わたしが勝ったの?それとも、“君が”?」
セラフは答えなかった。ただ、モニターの光が静かに揺れていた。
**
その夜。
ユズリハはベッドで拳銃を磨きながら、独り言のようにつぶやいた。
「わたしが何のために戦うのか、まだ答えは出ない。でも……“選ばれた”わけじゃない。“選んだ”だけ」
セラフが、モニター越しに小さく頷いたように見えた。
それが、“契約”の始まりだった。