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第二部「朱に染まる正義」

午後五時十二分。

渋谷のスクランブル交差点を、制服姿の葉山ユズリハは静かに歩いていた。

駅前ビジョンでは、あるニュースが繰り返されている。


「昨夜未明、世田谷区のアパートで発砲事件が発生。複数の死者が確認され、犯行に使用されたのは米軍制式拳銃SIG SAUER P320と推定され……」


それは彼女の愛用する銃と同型、同口径。

そして──犯人は、ユズリハ自身の名前を騙っていた。


「犯行現場には“葉山ユズリハ”の名を記したメッセージカードが遺されており……」


「……誰が」


ユズリハの口から、感情のない声が漏れる。

一歩間違えば、彼女の“表の顔”は完全に崩壊する。

この街で平穏を生きる、普通の女子高生としての仮面が──


**


《シデン》第七支部。

喫茶《ソライロ珈琲》の地下室で、オペレーター《シラカバ》が資料を叩きつけるように机に投げた。


「模倣犯。しかも、お前の銃と同じ型。弾痕の角度まで“完璧に模倣”されてる。……これは、偶然じゃない」


「監視カメラは?」


「データごと改ざんされてる。プロの手口だよ。素人じゃない」


ユズリハは少し考えた後、静かに口を開いた。


「私を貶めようとしている? それとも……これは“招待状”?」


「いずれにせよ、放っておけない。……このままじゃ、君は組織内で“危険人物”と認識されかねない」


「……敵が組織内部に?」


「可能性はある」


沈黙が流れる。やがて、ドアが開いた。


「よう。噂の“模倣者”の話、聞いたぜ」


そう言って現れたのは、第三支部から派遣されたエージェント、《犬童シン》。20代前半、長身で皮肉屋。だがその実力は確かだ。


「模倣犯狩りの専門は、俺の得意分野でな。お前が“本物”かどうか、この目で見極めさせてもらう」


「……協力してくれるの?」


「条件付きでな。“模倣者”を先に見つけた方が勝ち。負けた方は、組織から身を引け」


ユズリハは無言で立ち上がると、P320のホルスターを装着した。

言葉はなかったが、それが“受けて立つ”という意思表示であることは明白だった。


**


夜。港区、再開発エリア“金剛ベイ”。


ユズリハは事前に割り出した座標に向かっていた。

事件現場に残された靴跡、薬莢の材質、火薬の型番から導き出した答え。

その全てが指し示すのは、この廃棄された倉庫街だった。


「いる──」


カツン、とブーツの音が鳴った。


倉庫の陰から現れたのは、ユズリハと同じ制服を着た“彼女自身”。


「ようこそ、わたし」


その声は本人そっくりだった。表情も、仕草も、声色さえも。


「誰……?」


「わたしの名は《ユズリハ》。本物のね」


銃口がこちらを向く。

──SIG SAUER P320、型番、装飾、グリップに刻まれた手彫り模様まで、完全に同じ。


「あなたは……わたしを知ってる。でも、わたしはあなたを知らない」


「だから、教えてあげる。わたしは、あなたの“写し”。《シデン》の極秘プロジェクト《ゼロナンバー》で作られた“対エージェント用模造体”」


「模造……体?」


「うん。“本物を殺すためだけに作られた、偽物”だよ」


──まるで感情のない口調だった。そこには哀しさも、怒りも、使命感すらなかった。ただ、存在するために殺すという純粋な機械のような。


「撃ってくる?」


「……撃てるならね」


先に動いたのは“偽物”だった。


パン、パン!


ユズリハは側転でかわしながら、即座に射撃。


パン、パン、パン!


跳弾が鉄骨を削り、火花が飛ぶ。だが、相手も完全に同じ訓練を積んでいる。回避も、射撃精度も、すべて“本物の自分”と同等。


「……同じじゃない。少しだけ、呼吸が浅い。足運びが重い」


戦闘中、ユズリハはわずかな“人間性の差”を感じ取っていた。


──模造体は完璧にはなり得ない。


なぜなら、ユズリハがいま撃っているのは「自分の意志」であって、「プログラム」ではないから。


数秒の読み合いののち、ユズリハは体を滑らせて距離を詰める。


「距離2メートル……ここなら、撃ち負けない!」


パン!


至近距離、左手で放った一発が、模造体の右肩を貫いた。


「な……ぜ?」


「私は命令で動いてるんじゃない。“守りたい”から撃ってるの」


「感情……無意味なノイズ……!」


模造体は最後の弾を放とうとする。

だがその時、遠方の屋上から一発の狙撃が走った。


ドン!


模造体の頭部が砕け、シリコンが飛び散る。

──犬童シンの狙撃だった。


「ちっ、間に合ったか。ったく、こんなもんに負けてたら、“本物”の名が泣くぞ」


「……感謝します」


「礼はいらん。お前、こんな奴が組織内にいたこと、どう思う?」


ユズリハはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「……いまの私は、“自分が誰か”を問うために生きてる。過去も、正義も、命令も関係ない。だから、答えを見つけるまでは……死ねない」


その瞳には、鋼のような意思が宿っていた。


**


模造体の残骸の中には、一枚のメモリーチップが残されていた。

そこにはある座標と、ひとつのコードが記されていた。


G.I.S.D.02――次なる“模倣者”の居場所。


──ユズリハの戦いは、まだ始まったばかりだった。

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