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第一部「制服と引き金」

東京都・私立桜丘学園。午前8時15分。

通学路を歩く葉山ユズリハは、制服姿に黒髪のポニーテールという目立たぬ風貌で、どこにでもいそうな女子高生を演じていた。


「ユズリハちゃん、今日も朝から静かね~」


そう声をかけてきたのは、隣のクラスの西園寺メイ。明るく活発な性格で、誰にでも分け隔てなく話しかける、いわばクラスの太陽だった。


「おはよう、西園寺さん。今日は……英語の小テスト、あるらしいよ」


「え、マジで!?やば、ノー勉!ユズリハちゃんは完璧でしょ?ノート貸して~!」


ユズリハは微笑んで頷いた。その笑みは自然だったが、心の奥では別の計算が働いていた。

――平穏を装うのは訓練の一部。表情筋を緩めすぎず、不自然にしない。警戒は解かず、でも悟らせない。


「ねえ、放課後さ、クレープ食べに行かない?新しい店オープンしたんだって!」


「……ごめん、今日は用事があって」


「そっかぁ~……また誘うね!」


無邪気な笑顔を背に、ユズリハは思った。

――この子のように、本当に“普通の女子高生”でいられたら、どれだけ楽だったろう。


だが、彼女の背中には現実がある。スカートの下に装着されたSIG SAUER P320。

9mmパラベラム弾を15発装填可能な、米軍制式採用の信頼性高い拳銃。今朝も分解点検し、ゼロ距離での戦闘に備えていた。


それは彼女が背負った“裏の顔”の象徴だった。


放課後。都心の片隅、表向きは空きビルの一室。そこが、秘密組織シデンの拠点だった。


「コード“狐雨こさめ”発動。ユズリハ、出動準備を」


室内に響くのは、オペレーター《シラカバ》の声。


「対象は?犯罪組織か、無登録強化兵?」


「どちらでもない。……今回は、元シデン所属の裏切り者だ」


ユズリハはわずかに眉をひそめた。仲間を手にかけるのは、どんな標的よりも厄介だ。情報戦も、心理戦も。


「名前は?」


「《ヒワ》。元・狙撃手。2週間前に失踪。武器はおそらく、M1911A1。アナログだが命中精度は高い。近づかれるな」


──M1911。古典的だが殺傷力の高い.45ACP弾を使用する。反動は大きいが、撃ち手によっては恐るべき精度を発揮する銃だ。


「場所は?」


「新宿南口。商業ビル“リヴェール”屋上。狙撃台を構築中。時間は……10分後。民間人の避難間に合わず。即応が必要」


ユズリハは即座に着替え、黒の戦闘スーツに身を包む。セラミック製の軽量防弾ベスト。通信機器。ナイフ。そしてP320。


マガジンは3本。全てホローポイント弾。人体に対して最大のストッピングパワーを発揮する。


「了解。現地へ急行します」


ビルの屋上に風が吹いていた。


夕焼けに染まる街並みの中、かつての同僚ヒワはスコープを覗いていた。歳は二十代半ば、短く刈った髪と鋭い視線。銃は──艶のある銀のコルトM1911A1。


「……来たか、小娘」


気配に気づいた瞬間、彼は振り向きもせず発砲した。


バンッ!


乾いた銃声が屋上に響く。跳弾。壁が砕け、ユズリハはとっさに横跳びでかわす。


「相変わらず反応がいい。……お前は生き残るだろうな、俺を殺せば」


「あなたはなぜ、組織を裏切ったの?」


「“秩序の維持”だと?笑わせる。子供に人殺しをさせるような場所に、未来なんてあるかよ」


「私たちは守っている。誰にも知られない形で、世界の平和を」


「それが正義か?それとも自己満足か?」


ふたりの距離が縮む。ユズリハは遮蔽物を取りながら接近、ヒワは後退しながら射撃。


バン、バンッ!


跳弾が壁をえぐり、煙が上がる。その間にユズリハは屋上の送風機を越え、死角へと滑り込む。


「近いな……」


ヒワが焦りを見せた瞬間、ユズリハはP320を両手で構え、射線に飛び出す。


「ここまでです、《ヒワ》!」


パン、パン、パン!


一発が肩、二発目が腿をかすめる。ヒワはよろけ、膝をついた。


「……早いな、やっぱり。お前は“化け物”だよ、ユズリハ」


「撃ちたくはなかった。でも、あなたが人を殺していたら、私は――」


「言い訳するな。……その銃口は、もう汚れてる」


ヒワは苦笑しながら、M1911を自ら頭に向けた。


「やめて!」


「もう、手遅れさ。俺は“正しさ”を見失った。だが――お前はまだ選べる」


バンッ


乾いた音が、夜に溶けた。


その夜。帰宅したユズリハは制服に着替え、自室で静かにP320を手入れしていた。


「また、一人……」


銃口を見つめる彼女の瞳は、決して無感情ではなかった。ただ、覚悟と孤独だけがそこにあった。


クローゼットには、明日着る制服と、戦場で着るスーツが並んでいる。

その間にあるのは――一線でも、共存でもなく、境界線のない現実。


彼女は静かにベッドに腰を下ろし、つぶやいた。


「私が正しいかなんて、誰にもわからない。けど――生きるために、撃つ」


少女の背中には、明日もまた、引き金の音がついてくる。

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