第三話
日が昇り、外から差し込む光の線を指でなぞる。
どうにも熱量が高くて落ち着かない。
朝早くだというのに眼下に映る人の往来は激しい。
もう少しゆとりを持てば良いのにと朝食を口にする。
それなりの値段がするだけあって宿の朝食といえど味は良い。
「しかし、どうしたもんかねえ」
食べ終わったところで悩みを口に出す。
ここに来た目的は盗まれた瓢箪ーー法具の回収する事だ。
依頼主がどれだけ把握しているかわからないが、師匠の法具は良くも悪くも変化をもたらす。
魔法至上主義の国にいながら東方のオモチャ(大半はそう認識している)に興味を示したのだ。
誰かに唆された馬鹿か、頭の切れる奴かの二択だろう。
前者も結局は裏に誰かいるのだから変わりないが。
「声は……うるさくて聞けたものじゃないな」
魔力を持って生まれなかった俺は、追放された土地で師匠と出会い、別の系統の力を得た。
仙術……東方版の魔法といって差し支えないだろう。
とはいえ、各々特徴はあり、仙術は人の心を読んだり干渉するのが得意だ。
「俺は苦手なんだよなあ」
他の術とは違い、これらの術は他者の在り方に依存する。
未熟な者ほど使いこなすのは難しいとは師匠の言葉だ。
暗に未熟も言われあの時はムカついたが、ここにきて認めざるを得なかった。
「しゃーない。足で稼ぐか」
泣き言を言っても仕方がない。
いつ追い出されるかわからない以上、やれる事をやるしかない。
立ち上がり、広げていた札を服の裏ポケットに忍ばせ、部屋を出ようとした瞬間だった。
「きゃー!」
「し、死体だ!?」
「誰か警備兵を呼んできてくれ!」
何やら事件が起きたらしい。
人々の反応からして只事ではなさそうだ。
興味本位半分、違和感半分で事件現場へと足を向ける。
「これは……」
「あ、こら君!」
「知り合いです」
現場を保存しようとしていた人を適当に捌き、遺体に近づく。
顔は腐食しており、見るも無惨な姿をしているが着ている服に見覚えがあった。
おそらく、ランヴィの取り巻きの一人だ。
他のレッドウルフのメンバーとは違い、ランヴィ達はエンブレムの付け方をアレンジしていた。
ランヴィではないのは髪の色でわかる。
一瞬、見捨てられた事を根に持ったランヴィがと思ったが、彼に一晩で遺体を腐らせる力などないはずだ。
……これは。
僅かに漂う陰の気配に顔をしかめる。
仙術は東方と魔法みたいなものであり、当然魔力に値する概念が存在する。
それが陽と陰の気。
魔法とは違って真逆の性質を持ったエネルギーを駆使するのが仙術だ。
難易度が上がる一方でだからこそのメリットもある。
これは、その一種だろう。
通常陰の気を大量に注ぎ込むだけで弱い人間は死んでしまう。
だが、今回はそれに加えて陽の気を抜いたのだろう。
考え方としては理解出来るが、思いつきもしなかったし、試す事などもっと考えられない。
「どいたどいた! 通しやがれ!」
野次馬を掻き分け、大男がこちらへと向かってくる。警備兵か。
魔法学園絡みの人間ではないだろうが、下手に顔を覚えられても面倒だ。
周囲の人の意識が警備兵へと向けられた事を利用し、気配を消してその場を後にする。
「こりゃまたとんでもない死体だな。で、アンタが第一発見者か。こいつが誰だかわかるか?」
「い、いえ私は……。この青年が知り合いだと」
「は? 青年って、どこにいるんだよ?」
「えっ!? あ、さ、さっきまでは確かにここにいたんです!」
遠くから男性の悲鳴に近い説明が聞こえる。
「わかったわかった。詳しい話はゆっくり聞かせてもらうからよ」
警備兵は不信感を抱いたのか、遺体を後から来た別の者に任せ、去っていった。
その様子を部屋の窓越しに確認しながら男性に心の中で謝罪する。
「まだ二日目だってのに色々起きすぎなんだよ」
良い人ほど割りを食うよなと世の中の不条理さを嘆きつつ、状況を整理する。
本来の予定なら最初の一週間ぐらいは取引だけを注意して遊び呆けるつもりだったのに。
「まさか、仙術を使える奴がいるとはな」
世の中は広いと渇いた笑みを浮かべる。
大陸四国の中でもよりにもよって……いや、だからこそだろうか。
魔法大国ガーウィンガム、恨まれ具合なら四国一ともっぱら噂だ。
他国によるテロ活動の可能性も当然あるが、仙術が主流なのは東の大国サザンカの中でもとある地域に限られる。
法具だけなら噂が噂を呼んだ結果かとも考えられたが、今回の事件で仙術に対する知識がある事がわかった。
……一応、盗難事件と殺人事件が別個の犯人可能性もあるが、そこまで考慮していたらキリがない。
「ただの盗難事件ではないって事か」
過去の事例からして依頼主と盗人は分かれていると考えていたが、法具を欲していたのは盗人本人の可能性が高くなった。
まさか盗人如きが仙術の知識があるとは……。
よくあるのは破門にされた元弟子とかなのだが、そいつらはガーウィンガムへは来ない。
犯人の想像図が固まらず、唸り声を上げる事しかできなかった。
「くそ、こんな事になるならヒメリを連れてくるんだった」
同行を申し出てくれた妹弟子を思い出す。
探索に置いて彼女の横に出る者はそうはいない。
『ラグ兄はちょっと心配……』
彼女がいると下手したら小旅行で終わってしまう。
だからこそ、あれこれ理由をつけて断ったのだ。
これも自由のため自由のためと自己暗示をかける。
「念の為、持ってきて良かったぜ」
巻物を取り出し、開く前に念じる。
すると、巻物は一人でに開き、その中身を開示する。
書かれているのは初歩的な探知術だ。
初歩とはいったが汎用性は一番高く、状況に応じて範囲を絞ったりするのが上級者のやり方ってだけだ。
「陣の紋様は……あれ、こんなんだったっけ? やべ、全然覚えていない」
かれこれ八年、興味のない術は顧みてこなかった。
巻物もあるし、必要ならその都度調べれば良いとはおもっていたが、流石にこれはマズイとの思いが芽生える。
…………いつか復習しよう。
ほら、今はやるべき事があるからさ。
誰にいうでもなく言い訳を浮かべ、再開する。
「こんなものか。あとはっと」
ポケットから遺体から拝借してきたエンブレムの切り端を取り出し、陣の真ん中に置く。
この手の術を使う際、被験者の一部が必要になる。
しかし、遺体の損傷は激しく、気はほとんど残っていなかった。
となれば、生前その人物が特に思い入れがあった物を使う方が効果を見込める。
身の丈に合わぬ地位の象徴だ。大事にしていたに違いない。
「ふっ、流石俺」
自画自賛する。
陣は淡く輝き、エンブレムを包み込むようにして光が流れていく。
思ったより光量が少なく、動きが鈍い事からこの地の地脈が弱っている事がわかる。
自然が少なすぎるのだ。
地脈とはいわば大地のエネルギーであり、生き物が循環していく事で一定の調和が保たれている。
しかし、人の発展は凄まじく、近年では各地で地脈のバランスが崩れる現象が見られた。
飽くなき欲求は人の素晴らしい一面ではあるが、それが必ずしも正とはならない。
「ちと不安だな」
陣に浮き上がった紋章を札へと移す。
浮かび上がった文字は義ーー指し示す意味は恩のある人物を当たれ、だ。
エンブレム、恩のある人物とくれば思い浮かぶ顔は一つしかない。
はあ、とため息を吐く。
昨日、カッコつけたのにどんな顔して会いに行けというのか。
つくづく締まらないなと自嘲し、部屋を出るのだった。