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第二話

「驚いたぜ。まさかお前さんがあの……」


 騒動を終え、お礼にと食事と酒を用意してくれた店主は自分の頭を叩く。


「すまない」

「気にしないでくれ。それこそ良い大人だぜ? 世界が広い事ぐらい知っているさ」


 おちゃらけて見せると店主はやっとこさ表情を柔らかくする。


「それなら良いんだが……」


 店主が殊更申し訳なさそうなのは、何もランヴィだけが理由ではない。

 ラグナ・アーヴァンの名前はこの街では少しだけ有名なのだ。

 レッドウルフ創設メンバーの一人、ラグロス・アーヴァンの俺のご先祖さまであり、うちの一族は常に優秀な魔法師を輩出してきた。

 そんな輝かしい一族に生まれた出来損ないが俺だ。

 昼間っから酒場に通う類の連中からすれば良い酒の種だろう。

 噂が広まるのも時間の問題だろう。


「考えてみろよ。気にしているなら戻ってこないっての」

「……それもそうだな。よし、なら素直に感謝させてもらうぜ。今日は奢りだ! 好きに食って飲んでくれ!」

「はっはっは、十分堪能したよ。それより、聞きたい事があるんだけど」


 表向きは出向だが、実際は追放された身だ。

 いつ追い出されるかわからない以上、早急に目的を達成する必要がある。


「なんだ? 何でも聞いてくれ」

「こんなブツを背負った奴を知らないか?」


 紙に書かれた瓢箪を見せる。サイズ比として人も横に並べている。

 ここらでは珍しい形状かつ大きい代物なため、来店したのなら覚えているはずだ。

 しかし、店主の反応は芳しくなかった。

 顎に手を当て、目を細めながら唸っている。

 思い出そうとしているのか、思い当たる節がないからなのかはわからない。


「……すまねえ。覚えはないな」

「そうか」


 当てが外れたなと頬杖をつき、ため息をつく。

 まあ、そう簡単に見つかるとは思っていなかったが、酒場にすら顔を出していないとしたら相当面倒だ。


「これがどうしたんだ?」

「師匠の蔵が荒らされてさ。色々盗まれた内の一つ」

「へえ、値打ちものなのか?」

「……人によっては価値があったりなかったりって感じだな」

「思い出の品ってところか」

「師匠の口ぶりからしてそんな感じだろうな」


 半分本当で半分嘘だが。

 使い方によってはとんでもない事を起こせる危ない代物だ。

 悪意のある人物の手に渡るのは避けたい。

 盗人は荒らし方からして依頼されたプロ。つまり、依頼主がいる。

 受け渡し日まで日があるため、潜んでいるとかであれば良いが。


「はあ、思い出の品とはいえ、それで旅をさせられるとか大変だな」

「いやいや、旅に出たかったから口実にさせてもらったんだよ」


 俺の説明に店主はくっくっくと悪い笑みを浮かべる。


「何の師匠か知らんが逃げ出したんだな?」

「人聞きの悪い。大方の事は収めたっての。ただ、それ以上はやる気がなかっただけで」

「そういう事にしておいてやるよ」


 その後は、他国の話や好きな女性のタイプの話やらで盛り上がり、最終的には肩を組んで熱唱して一日を終えた。

 ……とはいかなかった。


 店を後にし、宿への道すがら後をつけてくる気配に小さく息を吐く。

 店から出てくるのを待っていたのは理性があるからか、それともーー


「よお、奇遇だな」


 道を塞ぐようにランヴィが現れる。

 それに合わせて後ろからやってきた人物は……。


「これはこれは」


 どの顔にも見覚えがあった。

 昼間の取り巻きとは違い、彼らとランヴィには共通点がある。


「久しぶりだね、ラグナ。八年ぶりかな?」

「久しぶり」


 軽く挨拶を返す。

 すると、にこやかな笑顔を浮かべたまま男は炎を放ってきた。

 そう来るのはわかっていたため、余裕を持ってかわす。


「……随分と冷静だね」

「大人になったって事だろ? ……お互いにな」


 後方にいる五人の内の一人、中央に立つ男がこの集団のリーダーであり、首謀者だった。


「くっくっく、あのラグナが大人? 笑わせてくれる」

「……相変わらず下品な笑みだな、エルドール」


 エルドール・ランベルトは表向きは品行方正な優等生だが、その本質は弱者を踏み躙る事を生きがいとしている厄介者だ。

 そんな彼にとってラグナ・アーヴァンは最高の標的だった。


「…………」

「てめえ、随分とまあ偉そうに喋るようになったな!」


 俺の態度を探るように観察してくるエルドールとは違い、ランヴィはわかりやすくイラついてくれる。

 そんなランヴィをエルドールは片手で制す。


「……どうやら、虚勢ではないようだね」

「俺は何も誇示したつもりはないが? ……ただ、引かないと決めただけだ」


 エルドールの目を真っ直ぐ見返し、はっきりと告げる。

 すると、エルドールは心底がっかりしたと言わんばかりに肩を落とす。


「やれやれ、あの時の君が好きだったんだけどなあ」

「はっ」


 本心からの言葉とわかるからこそ気持ち悪さが込み上げてくる。


「とんだサディスト野郎だな」

「ふふっ、褒め言葉として受け取っておくよ」

「……あっそ」


 爽やかな笑顔で返され、すっかり毒気が抜かれてしまった。

 どうにも、やり辛い。心の在り方がわかるようになったからこそ、エルドールの事は理解できなかった。


「じゃあ、僕はこれで」

「エ、エルドール!?」


 踵を返し、帰路に着こうとするエルドールをランヴィが慌てて引き止める。


「こ、こいつを皆んなでボコるんだろ? ほら! あの時みたいにさ!」

「…………そうだそうだ」


 エルドールが笑顔で振り返ったのでランヴィはホッと息を吐く。

 しかし、エルドールはランヴィの事など意にも介さずに俺に尋ねる。


「それって魔法? それとも別の何か?」

「ッ!」


 問い自体は予期していた。

 魔法の使えない俺が酔っていたとはいえランヴィを取り押さえられた理由、魔法師達に囲まれても落ち着いている理由。

 しかし、エルドールの聞き方は何かを感じ取っているようだった。

 ブラフかとも考えたが、そうでない事は俺が一番わかっている。

 どうしたものかと一瞬悩むが、すぐにそんな必要はないかと答えを出す。


「別の何かだ。とはいえ側から見れば魔法と大差ないだろうよ」


 大まかに見ればの話だが、流石に何でもかんでも教えてやる義理はない。

 エルドールは俺の答えに満足したのか、ヒラヒラと手を振って去っていった。

 残されたのは手下達のみ。

 皆、エルドールの急変ぶりに戸惑っている。……いや、一人だけ違うやつがいるか。


「ラグナ……! 調子に乗ってんじゃねえぞ……!」

「…………」


 いきり立つランヴィに構う事なく、歩みを再開する。

 そして、ランヴィの横を抜けようとした時だった。


「ラグ……」


 殴りかかろうとしたランヴィの手をそっと抑える。

 一瞬呆けたランヴィは苦々しげな表情で魔法を使おうとするが、それもソッと腕に手を当てるだけでキャンセルする。


「ッ!?」

「悪いな、ランヴィ」


 両腕の自由がきかなくなったランヴィに短く告げる。


「お前とはもう遊んでやれないんだ」

「!?!?」


 最後に指を鳴らすとランヴィは口を開く事すら出来なくなるのだった。


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