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少女、世界の真実を知る

作者: 海外空史

 1.2.3.4.。私は数を数えた。1.2.3.4。もう一度、数えてみた。私にとって、とても重要なことだからだ。

 次に、教科書のある文章を指でなぞった。その文章を穴が開くほど見つめた。何度読んでも同じ意味の文章だ。

 その瞬間、私の世界は彩りに染まった。授業中でなければ、席を立ち、天に向かって拳を挙げ、教室を飛び出で、校庭で歓喜の叫び声を上げただろう。

 その日、私は世界の真実を知った。


 私の名前は河内里帆かわち りほ。中学1年生だ。私は齢13にして世界に絶望していた。全てが色褪せて見えた。

 私が残酷な真実を知ったのは小学4年生の頃である。


「私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するんだ―」

 当時、私はそんなことを友達に言いまわっていた。後に無残なことになるとはつゆ知らず、この頃の私は無邪気だった。

「何?里帆って、お兄さんと結婚するの?」

 そんな私に話しかけてきたのが同じクラスの他迎花蓮たむかえ かれんだった。花蓮は派手目な女子で、私が世界で2番目に嫌いな人物だ。

 花蓮は私を小馬鹿するような目で見ていた。私は何故そんな目で見られているのか不思議に思っていた。

「そうだよ。お兄ちゃんとそう約束してるの」

「はっ。そんなのできるわけないじゃん」

 彼女は鼻で笑った。

「どういうこと?」

 花蓮の言葉に私は首を傾げた。幼稚園の頃、確かにお兄ちゃんと約束した。それははっきりと脳裏に刻んでいる。

「だって兄妹は結婚できないんだよ」

 花蓮は意地悪な顔つきをしていた。私は頭を横殴りされたような衝撃だった。

「嘘だよ!お兄ちゃんは結婚してくれるって言ったもん!」

「ならそのお兄さんが嘘ついているんでしょ」

「お兄ちゃんは嘘つきじゃないもん!」

 そして、私と花蓮は言い争いになった。詳しい内容は覚えていないが、最終的に取っ組み合いになり、クラスの誰かが呼んでくれた担任の先生が止めに入ったことは覚えている。

「貴女たち、どうして喧嘩なんてしたの!」

 先生からそう言われ、私と花蓮は喧嘩の原因を話した。事の顛末を聞いた先生は納得した顔をした。

「確かに他迎さんの言う通りね。兄妹は結婚できません」

 その瞬間、私はお腹に強烈な一撃を入れられた気がした。それほどまでの衝撃だったのだ。

 その後も先生は何やら言っていたが、私は衝撃から立ち直れず耳に入ってこなかった。


 先生から残酷な事実を聞かされた私は一縷の望みをかけた。先生だって間違うことはあるに違いない。当時の私はそう思い込んでいた。今思えば先生から言われたことを認めたくなかっただけかもしれない。

 その日の放課後、家に帰った私は先生の言うことは正しいかお母さんに確かめようとした。

 お母さんは私が家に帰るなり説教をした。どうやら学校での喧嘩のことを先生から聞いたらしい。説教の途中、喧嘩の原因を聞かれたことで私は意を決して問いかけた。

「お母さん、兄妹は結婚できないって本当?」

「突然、どうしたの?」

 不思議そうにするお母さんに喧嘩の原因となったことを話した。話すのは今日で2度目だから面倒くさかった。喧嘩の原因を聞かされたお母さんは頭を抱え、そんなことでと呟いていた。

「そんなことじゃないよ!私にとっては大事なことなの!それで先生の言うことは合っているの?」

「そうよ、兄妹は結婚できないわ。でもね」

 兄妹は結婚できない。お母さんの口からその言葉を聞いた瞬間、私は本日2度目の衝撃に襲われた。恐らくボクシングだったらKOの判定が下されたはずだ。

 その後、お母さんは私に何やら言っていたが、ノックでアウトされた私の耳には届かなかった。


 その日の夜、残酷な真実を告げられた私は布団に入っても中々寝付けなかった。

「お兄ちゃん…」

 私は布団の中である人のことを考えていた。河内和真かわち かずま。私より3つ年上で、私が世界一愛してるお兄ちゃんのことだ。

「どうして私に嘘をついたの?」

 お兄ちゃんは私よりもずっと頭が良い。だから兄妹が結婚できないことを知っている筈だ。それなのに、私には一切教えてくれなかったのだ。

 私の頭の中にお兄ちゃんとの思い出が浮かんだ。お父さんやお母さんが仕事で帰るのが遅い時に、私とずっと一緒にいてくれたこと。私が友達と喧嘩した時、私の味方をしてくれたこと。中々眠れない時に漫画を読み聞かせてくれたこと。私があげたプロポーズの手紙を読んで嬉しそうに笑ったこと。

 私にとってどんな思い出よりも彩りをもった大事な思い出だ。けど、今は思い返してみても色褪せて見える。

「お兄ちゃんの嘘つき」

 私は愛する人に騙されていたのだ。その事実がとても辛かった。夜空では星が見えるほど晴れていたが、私の心は線状降水帯よりも雨が降っていた。そして、悲しみが通り過ぎると、別の感情が生まれた。

 その夜から、私にとってお兄ちゃんは世界一愛している人から世界一嫌いな人に変わった。私に嘘をついた彼のことを信じられなかった。

 私の世界は色を失ってしまった。好きな人と結婚できないというのは辛いことだ。私が読んでいた物語だと最後は好きな人と結ばれていつまでも幸せに暮らしましたとそう締められていた。

 でも、私はそうならないのだ。なぜなら私とお兄ちゃんが結ばれることはないことを知ってしまったからだ。自分が幸せになることはないのだと知って、私は全てに絶望した。


 しかし、今は違う。私は新たな世界の真実を手に入れたのだ。

「先生!」

 授業が終わると、私は教室を出て、廊下を歩いている先生を呼び止めた。かつての時のように、間違いがないように先生に確認を取ろうとした。

「はい、何ですか?」

 先生はこちらを振り向いた。

「さっきの授業で聞きたいことがあるんですけど」

「えっと、私の授業でですか?」

「はい、この教科書の部分は本当ですか?」 

 私は教科書のある文章を指さして先生に尋ねた。先生は私が指差した箇所を読み、そして顔を上げた。

「ええ、本当ですよ。間違いありません」

 その先生の言葉を聞いて、私は天井に届きそうなほど飛びあがろうとした。それほど体が軽くなった。私の勘違いではないことが証明されたのだ。

「先生、ありがとうございます!」

「え、ええ。解決できたなら良かったわ」

 私は先生にお礼を言うと、振り返り、教室に戻っていった。


「それにしても家庭科の授業で生徒から質問されたのは初めてね」

 先生のそんな呟きは私には聞こえなかった。


 放課後になり、私は一目散に教室から出た。本当は早退して一刻も早くあの人の元に向かいたかったが、鋼の精神で耐え抜いた。

 私は学校を飛び出して、走った。こんなに全力で走ったのは久しぶりだ。友達との鬼ごっこで隣の県まで行ってしまった時以来だ。

 走っている途中、今日の朝に見た風景が今は随分と違って見えた。万物が輝いて見えた。

 退屈そうにしている交番の警察官も、私の匍匐前進で追い越せそうな速度で歩いているおじいちゃんも、私を乗せて走れそうなほど大きな犬と散歩しているおばあちゃんも、みんな輝いて見えた。

 そんなことを考え走っているうちに、あっという間に目的地に着いた。よく見慣れた家の前に立った。

 私は玄関の扉を開けた。玄関に置いてある靴を確認した。いた、あの人はもう帰っている。

 私は靴を脱ぎ、綺麗に揃え、リビングに続く廊下を渡った。リビングに入ると、世界一愛しい人がいた。

「ただいま、お兄ちゃん!」

 お兄ちゃんはソファに寝転がって漫画を読んでいた。私の声が聞こえたのは私に向かって振り返った。

「お、里帆か。おかえり」

 お兄ちゃんは私に向かって優しく笑いかけた。私はスマホを取り出して、彼の笑顔を写真に収めた。

「どうした?急に写真なんて撮って」

「ううん、何でもないよ」

 私はスマホを鞄にしまった。早速良いことがあった。

「で、何かあったか?」

「うん、お兄ちゃんにどうしても伝えたいことがあったの」

 私は心臓が口から飛び出そうだった。私の気持ちを言って、目の前にいる彼はどういう反応をするだろうか。

「ははは」

 私が決心を固めていると、彼は急に笑った。しまった、今の顔も写真に撮れば良かった。

「どうしたの?」

 お兄ちゃんが急に笑った理由が私には分からなかった。

「いや、里帆とこうして話すなんて久しぶりだからさ」

 お兄ちゃんの言葉に私は固まってしまった。私が残酷な真実を知ってから彼にした仕打ちを思い出したからだ。

 お兄ちゃんに騙されたと思っていた私は彼を徹底的に無視した。何か話しかけても聞こえないふりをしたし、あまりにしつこいときは怒鳴ってしまったこともある。

 私はとんでもないことをしてしまったと今更ながら後悔した。私がお兄ちゃんにやったことを、もし、お兄ちゃんにやられたらこの世の終わりだ。仏門に入って一生仏様と一緒に過ごすしかない。

「お兄ちゃん、ごめんなさい」

私は目に涙を浮かべていた。私が泣く資格なんてないことは頭でわかっているが、それでも目から涙が溢れてしまった。

「ん?何のことだ?」

お兄ちゃんは何を言われたか分からない顔をした。

「ほら、私がずっと無視してたこと…」

 私は恐る恐る呟いた。自分のした悪行を自分の口から言わせるなんて、これはもしやお兄ちゃんからの罰なのではないだろうか。

 私が言った言葉にお兄ちゃんはああと納得した顔をした。

「大丈夫だ、俺は気にしていないよ」

 そう言って、私に向かって笑いかけた。その笑顔はどこかで見たことがあった。

 昔、私がお兄ちゃんのご飯を運ぼうとしたところ、転んでしまいご飯がひっくり返ってしまった時がある。私は自分の不甲斐なさに泣きじゃくり、彼に謝った。そんな私を慰めようとしてくれた時の笑顔にそっくりだ。つまり、お兄ちゃんは本当に気にしていないのだ。

「でも、私、本当にひどいことして」

「だから大丈夫だって。里帆ぐらいの年齢だったら誰にでもあるって」

 お兄ちゃんはソファから立ち上がって私に近づいた。そして、私の頭を撫でてくれた。

「だからもう泣くのはやめろよ。可愛い顔が台無しだぞ」

「うん」

 私は心が穏やかになっていくのを感じた。やはりお兄ちゃんの撫で撫では素晴らしい。久しぶりだからだろうか。通算2586回目の撫で撫でも心地よいものだった。

 あと、可愛いって言ってくれた。お兄ちゃんの口から可愛いって言ってくれた!

「それで言いたいことは俺に謝りたかったってことか?」

 私は撫で撫での気持ちよさに恍惚していたが、お兄ちゃんの言葉に正気を取り戻した。

 そうだった。目の前にいる愛しい人に言いたいことがあったんだった。

「ううん、違うの」

「じゃあ何を言いたいんだ?」

「うん、ちょっと待ってね」

 私は深呼吸をした。お兄ちゃんにどうしても伝えたいことがあった。私は世界の真実を知ったのだと。

「お兄ちゃん、今すぐ私と結婚して!」

 私はお兄ちゃんの顔を真っ直ぐに見つめて言った。ついに言ってしまった。

「えっと、それって」

 お兄ちゃんは何を言われたのか理解できていない顔をしていた。もしかしたら、お兄ちゃんもこの素晴らしい真実を知らないのだろうか。ならば、私が教えよう。

「だって、私たち、()()()(いとこ)だから結婚できるんでしょう!」

 私は従兄の和真お兄ちゃんに世界の真実を告げた。


 今日の家庭科の授業、結婚のことを取り扱った。結婚とはどういう仕組みなのか学んだ。

 授業を聞いている時、私は教科書のある一文を発見した。教科書にはこう書かれていた。

『日本では3親等以内の親族とは結婚できません』

 私はその一文を読んだ時、あることが頭に思い浮かんだ。私とお兄ちゃんの関係性についてだ。

 私とお兄ちゃんの父親は兄弟だ。お兄ちゃんのお父さんがお兄さんで、私のお父さんが弟である。

私たち家族とお兄ちゃんの家族は家が隣同士で、お互い一人っ子同士の私とお兄ちゃんは子供の頃から一緒にいた。

 私は両親からお兄ちゃんは本当のお兄ちゃんではなく、従兄なのだと教えられていた。その時、簡単な家系図で私とお兄ちゃんの関係を教えてもらった。


 私はノートの空いているところに昔教えてもらった家系図を書き出した。私、私の上にお父さんとお母さん、お父さんの上におじいちゃんとおばあちゃん、おじいちゃんとおばあちゃんの下にお兄ちゃんのお父さん、お兄ちゃんのお父さんの下にお兄ちゃんの名前を書いた。

 私は深呼吸をした。私の考えが正しければ、素晴らしいことになるからだ。

 私はゆっくりと家系図を指でなぞった。私を起点として、私のお父さん、おじいちゃんとおばあちゃん、お兄ちゃんのお父さん、お兄ちゃん。私は今指でなぞった箇所を数えた。1.2.3.4。

 私はもう一度数を数えた。これで数え間違いをしたらとんでもないことになる。1.2.3.4。何回数えても同じ4だった。1にも3にも無量大数にもならなかった。

 私とお兄ちゃんは4親等になる。つまり、教科書の文章によると、私とお兄ちゃんは結婚できるということになる。

 その瞬間、私は幸せが体中から弾けそうになった。私はこの日、従兄妹が結婚できることを知ったのだ。


「なるほど、くくく、そういうことか」

 私は今日の家庭科の授業をお兄ちゃんに説明した。お兄ちゃんは私の説明を聞くと、腹を抱えて笑った。

「もう、どうして笑うの!?」

 私は真剣な話をしているのに、笑うお兄ちゃんが不思議だった。

「だって真剣な顔をして何を言うかと思えば。それに事情を聞いたらこんな反応にもなるよ」

「それで返事は?」

 お兄ちゃんはひとしきり笑った後、何故か言いにくそうな顔をした。

「え?どうしたの?」

「いや、里帆は知らないのかと思って」

 お兄ちゃんは真剣な顔をして私を見つめた。やばい、今の顔も写真に撮りたい。

「俺と里帆は結婚できないんだよ」

 お兄ちゃんが言った言葉に私は目の前が真っ暗になった。某ゲームだったらそのまま所持金を失ってしまう程の衝撃だった。

「そんな…。だって、教科書に書いてあるし…」

 私はお兄ちゃんの言ったことを否定したくて、言葉を絞り出した。私は間違いがないように何度も教科書を読み返したはずだ。ダメ押しで先生にもきちんと確認した。私に何か見落としがあるのだろうか。

「ああ、確かに里帆が言っていることは正しいよ」

「え?どういうこと?」

 私は訳がわからなかった。訳が分からないままお兄ちゃんに抱きつきたかった。

 お兄ちゃんは矛盾している。私と結婚できないと言いながら、私の言っていることは間違っていないと言うのだ。もしかして、お兄ちゃんは魔性の男なのだろうか。

「本当に分からないか?」

 お兄ちゃんは私に問いかけた。私は首を横に振った。

「そうか。里帆はこれと決まったら一直進なところがあるからな」

 お兄ちゃんはどこか納得したような顔をしていた。

「家庭科の教科書を持っているか?」

「え、うん。あるよ」

 私は鞄から教科書を取り出して、彼に渡した。受け取ったお兄ちゃんは懐かしいなと呟きながらパラパラと教科書をめくった。

 やがて目当てのページを見つけたのか、私に向けて教科書を差し出した。

「ほらこの文章を読んでみろよ」

 お兄ちゃんは教科書のある一文を指差していた。私は彼が指し示した箇所を読んでみた。そこにはこう書かれていた。

『結婚は男女ともに18歳以上でないとできません』

 私はあまりの衝撃に固まってしまった。まるでセメントで塗り固められたみたいだ。

 固まった私にお兄ちゃんはほらなと呼びかけた。

「俺も里帆もまだ18歳じゃない。だから、関係性だと結婚できるけど、年齢的に結婚はまだできないんだ」

 私は衝撃の事実に愕然とした。結婚は両思いならば即座にできるものだと思っていた。

 しかしながら、この事実に即すると、お兄ちゃんと結婚できるのは私が18歳になってから、即ち、あと5年も待たないといけない。5年もあったら小学校に通う面々がほとんど入れ替わるぐらいの年だ。とてつもなく長く感じる。

「ち」

「ち?」

「ちくしょーーーーー!」

 私はお兄ちゃんと今すぐに結婚できないことを知り、悔しさをぶちまけた。

 こうして、私はまた世界の真実を知ったのである。


 数年後、特に紆余曲折もなく、北海道の道路ぐらい真っ直ぐな道のりで私とお兄ちゃんは結婚した。そして、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

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