第5話 ダンスメイド①(ダンスメイド視点)
「もっと速く!速く走らせなさい!」
「は、はい!」
ガタガタと酷い揺れの馬車の中で私は必死に座席にしがみついていました。この馬車には4人の人間が乗っています。
一人は今向かっている領都シャイターンの領主の娘であるエキドナお嬢様。
護衛の女騎士であり、貴族でもあらせられるラビス様。
それから今必死に馬に鞭を打ち、馬車を走らせている御者のアルーさん。
そして領主さまの館でメイドを努めている私、ミカでございます。
「ミカ!後ろを確認しなさい!」
ラビス様から叱責を受けてしまいました。それもそうです、私はお嬢様付きのメイド。自分の命よりお嬢様の命を大切にしなければならない立場なのですから。
「よ、3人……いえ、4人います!」
走っている馬車の扉を開けるのはとても怖かったのですが、しがみつきながら後ろを見たところ憎悪に染まった目をした4人の男たちが馬に乗って追って来ていました。
「くっ……。こんなことなら……」
護衛をしていらっしゃるラビス様の飲み込んだ言葉の先は分かります。こんなことになったのは本来ならもう一組いた護衛達を置いてきてしまったからですから……。
ことの発端はお嬢様が貴族のお茶会へ参加されたことでした。
お茶会が開催される他領までの道のりは長く、治安の悪い森の中も通るということで多めに護衛を用意しておりました。
馬車はお嬢様の乗る馬車と護衛用の馬車2台に別れて向かい、無事お茶会を終えて帰路についたまではよろしかったのですが、護衛用の馬車の車輪が途中で故障してしまったのです。
そのため、狭くはなりますが護衛の皆様もお嬢様の馬車に乗せて移動しようとご意見させていただきましたが『私の馬車にむさ苦しい男を乗せるなんて絶対に嫌!』とのおっしゃりようで、残念ながら説得できず、女騎士であるラビス様とお世話係の私のみを乗せて出発してしまったのです。
「じゃあ、こいつを囮に落とせばいいじゃない!」
「相手が魔物であればそれもよろしいですが……野盗では囮にならないかもしれません」
お嬢様とラビス様が恐ろしいことをおっしゃっております。
ですが、それも仕方がないでしょう。お二人と違い、私の身分は平民。一応お嬢様の乳母姉妹にはなるのですが、私の母は乳母になるためにお金をもらって私を産み、お嬢様に乳母が必要なくなると私を置いてどこかへ行ってしまったそうです。
父が誰なのかというのも分かりません。父の顔も母の顔ももう覚えていない私ですが、食べるものに困るようなことはなかったですし、平民の中では幸せな部類と言えるでしょう。ですが、死ぬのはちょっと勘弁していただきたいところです。
「ぶっ殺してやる!糞貴族が!」
外から恐ろしい怒号が聞こえます。
けれど言っていることは平民の多くが思っていることではないでしょうか。
私はお給料はなく、食事と身の回りのものを支給されるだけですが、それでも最低限の生活は出来ております。しかし、お屋敷の外では高額な人頭税や、通行税などを収めているため毎日の食事にも困窮している人々が多くいると聞いております。
きっとこの馬車を襲っているのはそのような方々なのではないでしょうか。
「きゃああああ!」
馬車の揺れがさらに酷いものになりました。ガクンガクン揺れており、何を引きずるような音とともにスピードが落ちていきます。
やがてその負荷に耐えられなくなったのか馬が嘶くと馬車は止まってしまいました。
「お嬢様、奥へ下がってください!ミカ!降りて外の様子を報告しなさい!」
馬車が止まったということはもう逃げることはできません。
ラビス様からの命令に私は震える体を何とか支えながら立ち上がります。覚悟を決めましょう。
きっとこの後私は死んでしまうのでしょう。ですが、お嬢様をお守りするためにお役に立ってから死んでみせます。
恐る恐る扉を開けて降りようとしますが、後ろから衝撃を感じるともに地面へと落ちてしまいました。振り返るともう馬車の扉は閉まっていました。蹴り落されたのでしょうか?やっぱりお嬢様のお役に立つのはやめてしまいましょうか。
「ミカ!報告を!」
中からラビス様の声が聞こえました。
その言葉に周りを見渡しました。私の目はまず馬車の車輪に行きます。車輪に棒のようなものが刺さっておりました。これで車輪が回らなくなってしまったのでしょう。
その次に目に入るのは刃物や斧を持った男の人たちです。皆血走った目をしていて髭も伸び放題、そして驚くほど痩せています。これなら私でも……いえ、4対1では分が悪いので報告を先にしてしまいましょう。
「あの……車輪に棒が刺さって回らないみたいです!すぐそこに4人います……刃物を持っています!」
「くっ……」
相手が武器を持っていると知りラビス様も困惑しているようです。それもそうでしょう。いくら訓練を積んだ騎士でも4体2では厳しいでしょう。2の内の1である私は喧嘩もしたこともなく、せいぜい石ころを投げるくらいしか出来そうにありませんから。
「お前ら……お前らのせいで!お前らのせいでーーーー!!」
馬から降りた男たちが私に向けて刃物を振り上げていました。どうやら私の人生はここまでのようです。せめて最期くらいは潔くしましょう。
私は目をつむると両手を組んで神様へとお祈りを捧げます。
15年という短い人生でしたが、神様ありがとうございました。顔も名前も知りませんが、お父さん、お母さん、私を産んでくれてありがとうございました。お屋敷で一緒に働いていた皆さん、お嬢様、お館様……お元気で……。
「……」
「……」
「……」
おかしいですね。いつまでたっても痛みを感じません。もしかして痛みも感じる間もなく死んでしまったのでしょうか。それともいつか読んだ物語の中の勇者のようにこのピンチの中で私の内に眠るドラゴンの力が目覚めたとかでしょうか……?
お読みいただきありがとうございます。
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