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第31話 ヒゲナシ②(ヒゲナシ視点)

 なんだろう。ジョキジョキという何かを切る音がする。次に聞こえたショリショリというのは何かを剃る音だろうか。そして叫び声?


「はぁっ!?ここは!?」


 俺は目を覚ました。大森林の中で気絶してしまったのか。不味い!近くに魔物でもいたら食べられてしまう!

 いや……痛みはない。怪我もしていないように思う。体が無事だということは奇跡でも起きたのだろうか。周りを見渡すとここは森の中にある家の庭……だろうか。


 目に入るのはエルフ族の女……いや男か?獣人族と思われる少女……獣人族なんて初めて見た、只人族の少女、そして……天使……天使様!?どう見ても天使様としか思えない翼の生えた少女がそこにいた。


「※※※※」


 天使様が水を差しだしている。

 水!3日ぶりの水!俺は慌ててコップを受け取ると一気に飲み干す。うまい……。甘露とはこういうものを言うのだろうか。少しツンとした香りがする。

 天使様が何か言っている。『スイドウスイダヨ』?どういう意味だろう。もしやこれは幻のエリクサーという飲み物なのではないだろうか。

 こんなに魔力に満ちた飲み物は飲んだことが無い。まるですべてが魔力で出来上がっているような濃厚さだ。


「おっと……」


 勢いよくコップを煽ったせいでエリクサーがこぼれて髭に……んん?なんだ。この水が直接肌に触れたような感覚は……。普通髭を濡れた感触があるものなのだが……。

 俺は髭から水を拭うために手を顔に持って行ったが……。


 ペタリ。


 んん?


 ペタ、ペタ。


 おかしい。手触りがおかしい。なんだこのすべすべした感触は……。髭がこんな感触であるはずがない。


「鏡見る?」


 獣人族の少女が見たこともないほど磨き上げられた鏡を持ってきて思わず鏡を調べてみたくなるが、今はそれよりも鏡に映っているものに俺は目を疑った。


「!?」


 な……んだ……と。

 いや、見間違いかもしれない。よく見てみよう。嘘だ。これは俺のはずがない。もしかして幻覚か?俺は鏡を触りながら顔を触ってみるも鏡の中と俺の動きに何の違和感もない。

 ……とすると……まさか……。


「俺の……俺の髭があああああああああああああああああああああ!!」


 鏡を見ながら顔中を触るがどこにも髭がない。つるっつるだ。しかも髪の毛まで短く刈り込まれてしまっている。


「俺の!俺の髭がどうしてこんなことに!?」

「天使様がやったんだよ。たぶん悪気はない。許せドワーフ」

「天使様がやりました。たぶん何か深い理由があると思います。許してあげてくださいね、ドワーフさん」

「天使様がやった。モフミミもやられるところだった。ありがとうドワーフ」


 エルフ族、只人族、獣人族。全く種族の異なる3人が答えてくれたが……天使様が俺をこんな風にしたのか!?そして獣人族の少女はなぜ俺にお礼を言っているんだ。理解が追い付かない。


「そもそもここはどこなんだ?」

「ここは大森林の中だよ」


 エルフが答えてくれる。俺の倍は身長があるだろう偉大夫だが、エルフ族の中では若い方ではないだろうか。見目麗しくまるで女のようにも見える。髭の無い種族は性別が分かりにくくて仕方がない。


「大森林だと?どうしてそんな危険な場所に家があるんだ」

「危険?ここは天使様が結界を張っているから魔物は来ないよ。そこへ君が来て倒れてしまったんだ」


 俺の脳裏に大森林で魔物から逃げ回る日々が思い出される。あそこから助かったのか、俺は。ならば髭のことはともかく礼を言わねばなるまい。


「あー、助けてくれたことには礼を言う。それであんたたちはいったい何者なんだ?」

「私はギターマン、獣人族の彼女はモフミミ、只人族の彼女はダンスメイド。3人とも天使様から洗礼名を頂いた使徒です」

「使徒?」


 使徒と言うとあのおとぎ話に出てくる天使様に仕える者のことだろうか。まるで神話の中に紛れ込んでしまったような気分になる。もしそうなら気になることがある。


「それで天使様の名前はなんて言うんだ?」


 俺の知っている神話に出てきている天使様なのだろうか。それとも違うのだろうか。聖書でも持ってくればよかったかもしれない。


「分からないんだ。天使様は言葉が通じない。でも伝承のとおり素晴らしい力をお持ちだし、きっとすべての行動はこの世界を救うためにあるに違いない……と思う」

「じゃあさっき言った結界って言うのは……」


 大森林に突如現れた結界。それを調べるために来た俺の目的は達成されたということになる。それはとても喜ばしい事なのだが、いまいち喜びが溢れないのは……。


「で、なんで俺の髭がないんだ?」


 そう。ドワーフの誇りたる髭が綺麗さっぱり無くなってしまっていることだ。今の俺にはそれが理解できないし、理解したくもないんだが……聞かずにはいられない。


「あー、実は今日はモフミミの髪が伸びたってことで散髪をしてね。天使様が髪を切ろうとしたところに君が現れたんだ。それで君の髪や髭があまりにも汚れていたので綺麗にしようとでも天使様は思ったんじゃないかな、きっと」

「綺麗も何も綺麗さっぱり無くなっちまってるんだが!?」


 確かにすごくさっぱりして気分は良いといえるかもしれないだが、どうにも納得できないものがある。


「※※※※ヒゲナシ※※」


 天使様が何か声をかけてきた。なんだって?ヒゲナシ?なんだろう、髭はないというのに心の奥底がビリビリするような衝撃を感じる。


「ふふふっ、どうやら君にも洗礼名をもらえたようだね。よろしくヒゲナシ」


 こうして俺は天使様の使徒ヒゲナシとなったのだった。





 おかしい。ここは絶対におかしい。


 『ヒゲナシ』という洗礼名をもらってから数日。失った体力を取り戻すため俺は天使様たちの世話になっていた。


 おかしい事その1。飯がうますぎる。

 天使様に助けられたその日の夜、数日ぶりの食事にありついたのだが、天使様たちが作ったものは見たことも聞いたこともない食べ物だった。

 肉には様々な調味料で味付けされて複雑で上質な味わいになっているし、野菜も新鮮で瑞々しく、どれもこれも酒の肴になりそうな素晴らしい美味しさだった。


「酒はないのか?」


 助けられた身でそんなことを言うのは気がとがめたが、酒好きのドワーフとしてはこれほどの料理を酒なしで食べる方が料理への冒涜と思ったのだ。

 俺の言葉にギターマンたちがテーブルの後ろにある戸棚に目線を写した。そこに酒があるのだろうかと戸棚を開けるとそこには確かに酒と思われるものが入った瓶があったのだが……。


「※※※※!!」


 天使様にめちゃくちゃ怒られた。ギターマンたちに聞くと彼らもお酒を飲もうとして怒られたことがあるらしい。どうやらこの家では禁酒令が敷かれているらしい。なんということだろう。ドワーフを殺す気だろうか……いや、酒が飲めなくて死ぬことはないのだが……ぐぬぬ。


 おかしい事その2。天使様の創造能力。

 この家の皆は毎日何らかの仕事をして生活をしている。掃除をしたり畑の世話をしたりだ。俺もただで世話になるわけにはいかないので色々と手伝いをしていたら硬貨を渡された。


 見たこともない金属の硬化だ。ギターマンたちの持っているものも見せてもらったが、微妙な違いはあるが、ほとんどが完全に一致した形状で頑丈な硬化。これほど精巧なものを均一に作るのはドワーフの名工でないと不可能だろう。

 

 ギターマンたち曰く、この効果は1日働くと1枚天使様から下賜されるらしい。使い道は食べ物や作物の苗などらしいが……。


「天使様はこれをどこから出しているんだ!?」

「おにく♪おにく♪」


 モフミミが『おにくの歌:作詞作曲モフミミ』を歌いながら、今日もらったばかりの硬化を使って肉を貰っていたが、天使様が何もない空間から肉を取り出しのことに度肝を抜かれる。

 ドワーフのマジックバックどころの話ではない。何もない空間にどうやって魔力回路を組み込むんでいるんだ?魔石は使っていないのか?


「おにく♪おにく♪」


 このおにくの歌を歌っている獣人族も謎だ。毎日そんなによく肉ばかり食えるものだ……という意味ではなく、最近獣人族の話など聞くこともなかったし、見るのも初めてだからだ。はっきり言ってどういう種族なのかさっぱり分からない。肉食の種族なのだろうか。


「うーん……」


 俺は貰った硬貨をどうしようかと考える。

 帰りに必要な食料を融通してもらうか。日持ちしそうなものと交換できるのだろうか。そう考えていた俺の目はある1点に止まっていた。

 天使様の住まう不思議な家の台所。そこに置かれた1本の包丁だ。

薄い……、なんという薄さなのだろうか。これで刃物として成り立っているのだろうかと思うが、普段天使様たちが使っているところを見るとかなり頑丈に思える。調べたい……調べて使って技術を手に入れたい。


「天使様。これと交換してくれないか?」


 言葉は分からないが天使様との何度かの交渉の末、道具類の交換レートが決まった。

 俺はさっそく包丁や金槌、その他奇妙な形のいろいろな工具と交換してみたが、これがとんでもない。食べ物もそうだが、これらもどれもがまるで何もないところから魔力だけで作られいるかのような魔力量を持っている。


「ふふふふふっ……これがあれば……あれも出来るし……これも出来るかも……」


 これらを使って何かを作ってみたい。創造の一族たるドワーフ魂が燃えてくる。木材や釘なども交換できたので衰えた体のリハビリ代わりに早速木工製品を作ってみた。

 庭に椅子と机を置いてみる。うむ、我ながら良い出来だ。


 後は魔石があれば魔道具を作れるのだが……。


「おにく、おにく」


 モフミミが角うさぎを両手に持ちながら森から戻ってきた。そして素早く捌いて肉だけ切り分けると残ったものを森に捨てようとしている。


「お、おい。ちょっと待て。その手に持っているものは……」

「これ?これ硬い。美味しくない」


 モフミミはそう言って魔石をポイっと森へと捨ててしまった。こ、こいつ肉にしか興味ないぞ……。まぁ要らないなら貰ってしまおう。魔石を使った魔道具も作ってみたい。


「~~~♪」

 

 あらゆることがおかしいこの結界内であるが、不快ということはない。飯はうまいし、興味深い工具もある。そして何より愉快な音に溢れている。


 天使様の体からたまに音が溢れてくることに始まり、毎日毎日天使様を含めた4人で様々な楽器を演奏したり、踊ったりして楽し気に過ごしているのは見ていてとても幸せそうに見える光景だった。


 そんな楽器の一つ。『どらむ』と呼ばれる楽器に俺は興味を覚えた。

 ドワーフの国にも楽器はある。特に打楽器はドワーフの心の楽器とも呼べるものだ。大地の民であるドワーフは大地の揺れを表現するのにこれを使うのだ。

 大地からの恵みである金属の加工にかけては他の種族の追随を許さず、鉄を叩く槌の音でリズムを刻み、太鼓の音とともに踊る種族なのだから。


 そんな俺の前に興味深い楽器があり、そして天使様と他の使徒たちが俺を演奏へと誘う。そんな楽しそうなこと参加しないはずがないじゃあないか!


「俺に任せておけ!」


 ……ということで俺の打楽器の演奏技術は日々上昇していくことになる。


 こうして俺は天使様たちと過ごしながら体力を回復させていき、音楽にものめりこんでいった。


「うむ、良い出来だ」


 さらにより良い音をより遠くまで届くようにと魔道具の舞台なども作ってみた。(ライト)の魔法を込めた照明の魔道具を天使様がいじっているが、天使様の光の前には光が霞んでしまってただの棒にしか見えないな……。







 そんな日々が1か月過ぎたある日、俺は決意する。


「国に戻ろうと思う。協力してもらえないだろうか」


 体力が完全に戻った今。俺には国に結界のことを報告する義務がある。俺とともにここに向かった仲間たちのことも心配だ。そこで思い切って天使様たちに頼んでみた。


「※※※※」


 天使様の言葉は相変わらず分からない。こちらの言っていることを理解しているようにも思えるのだが、いまいち確証を持てない。モフミミ曰く天使様は『ちょっとアホの子』らしいがどうなのだろうか。


「ドワーフの国が危ないのだろう。もちろん天使様は協力してくれるさ」

「そうですね。天使様はきっと助けてくれると思います」

「んっ」


 使徒の仲間たちは賛成してくれる。モフミミは頷いているけどよく分からない。そもそもこいつは肉のこと以外にも興味はあるのだろうか。

 天使様はというと俺の作った舞台をじーっと見ていた。ドワーフの国に行きたいという俺の想いを分かってくれたのか、分かってくれていないのか……。俺は身振り手振りを交えて必死に伝えようとしたところ……。


「※※※※!」


 なんだ!?すごく笑顔になったぞ……ってうお、眩しい!笑顔が眩しいのもそうだが物理的にも眩しい!機嫌が良くなるとたまに光っているけど今日は別格だ。どうしたんだろう。


「※※※※」


 んん!?なんだか荷造りを始めてくれたぞ……ということは同行していただけるのだろうか。え……舞台が消えた!?それ持っていくの!?


「※※※※」


 おっ……おおっ!?と、飛んでる!?


「うわあああああああああああああああああああ!!」


 俺が……いや俺たち全員が空へと舞い上がった。天使様は毎日空を飛んでラッパを吹いているので飛べるのは知っていたけど俺たちも一緒に……。


 高い高い高い!!落ちたら絶対に死ぬ!怖いって!天使様!


「ああああああああああああああああや、やめてええええええええええ」


 天使様が笑いながら俺たちを飛ばしているのだけど、急降下したりぐるぐる回したりするのはやめてくれえええええええええええええ!うぷっ……吐きそうだ。


 何だか分からないけれど俺はドワーフの国へと戻ることが出来そうだ。このまま落ちずに生きていられたらの話だが……。

お読みいただきありがとうございます。

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