第27話 天使の散髪屋さん
しばらくいなかったギターマンが顔をパンパンにして我が家に戻ってきた。
日常が戻ってきたそんなある日。私は庭で鋏を持って立っていた。
私の目の前には椅子に座って首にシーツを巻いたモフミミ。
背後に控えるのはダンスメイドとギターマン。二人ともなんだか心配そうな顔をしているけど……大丈夫だって!
何をしているかというとモフミミの散髪だよ。
髪がもふもふしてるからあまり気にしてなかったけど、ちょっとモフミミのもふもふが過剰気味でモフモフというかモサモサになってきたのだ。
このまま『モフミミ』が『モサミミ』になってしまっては大変だ!はやく散髪をしなくては!……ということで天使の散髪屋さんが開店したというわけなのだ。
「私に任せて。昔1回だけ妹の髪を切ったことがあるんだから」
そのあとなぜか髪を切らせてくれなくなっちゃったけど妹はお年頃だったからね。たぶん姉離れをしたかったのだろう。私の腕は確かなはず。さーてどこから刈ろうかなー。
なんて思っていたらドサリという音が我が家の入り口の方向から聞こえた。見ると家の前に誰かが倒れている。
「またなの!?」
我が家には行き倒れの呪いでもかけられているのかな。これで3回目だよ。仕方がない。天使の散髪屋さんを一時閉店して駆け付けると……。
「うーん……もじゃもじゃしてるね」
「※※※※」「※※※※」「※※※※」
他の3人がしゃべっている中で私だけが分かっていないのはいつものこと。もう慣れた。大体言ってることはフィーリングで分かるようになったと思ってるからもういいよ。
とりあえず倒れていた人はさっきまでモフミミが座っていた長椅子に行き倒れを寝そべらせてじっくりと観察してみよう。
うん……毛むくじゃらだね。髭と髪の毛が伸びっぱなしでモリ〇―とかキ〇コロみたいなっているよ。
息は……してるね。よし、水をかけてみようか。ちゃぷちゃぷと顔に水をかけてみるけど……起きない。
「モフミミ!もういいよ!べちゃべちゃになっちゃうよ」
私を真似てモジャモジャの人に水をかけていたモフミミを止める。
うーん、どうしようか……というかこの人汚ったないなぁ。泥だらけだし、毛にも泥なのか油なのか分からないものがくっついて固まっている場所があるし、毛だらけで怪我をしているのかどうかも分からない。
「……」
私は手にある鋏を見つめる。よし、切っちゃおう。大丈夫大丈夫。私は散髪の経験者だし。いわゆるセミプロってやつだよね?
「よし!いってみよう!」
まずはこのカチコチに固まった髭の部分からだ。とりあえず毛の先のこの硬いところを取っちゃわないとね。髭を握ってつまんで……鋏でチョキンっと……。
「※※※※!?」
どしたの!?ギターマン。すごい声を上げて。私何か失敗した?
毛むくじゃらを再度見ると……髭の部分に地肌が見えているね……1か所だけ。うん、私が切ったところだね。
「だ、大丈夫!まだ……まだ修正きくから!」
左右のバランスさえ整えれば髭もいい感じになるよ。うんうん、今度は反対を掴んでチョキンっと……。
「※※※※!?」
ダンスメイドが両手を挙げて叫んでいる。踊るの!?いや、踊らないの!?どうしたの?前見ろ?うん……現実逃避するべきじゃないね。全然左右対称じゃない場所切っちゃったね。
でもこのあたりを切ればまだ修正は聞くはず……チョキン。
あ、やっぱこっちだったね……チョキン。
そんな感じで10分ばかり経過……駄目だこりゃ、もはや修正不可能。天使様はお手上げです。
「……ということでお髭は剃ることにします」
私の髭剃り選手宣誓のもと、家からお父さんのシェービングクリームと安全剃刀を持って来てソリソリソリソリ……うん、いい感じ。さすがにこれは失敗しないよ、安全剃刀だからね。
「できた!」
後は髪も切っておこうかな。もうさっきみたいな失敗はしないぞ。大丈夫!なぜなら……今度はちゃんとバリカンを持ってきたから!家にあったんだよ、バリカン。
「初めて使うけど大丈夫、大丈夫。当てて滑られるだけでしょ」
ブイーンっと……。おお、私天才じゃないかしら。均一だよ!髪の均一になっているよ、さすが私。今度はうまくいったね、綺麗な五分刈りになりました。
さて、散髪をして髭を剃った後に出てきたその顔は……って子供じゃん!10歳くらいの子供にしか見えないよ。なんで子供に髭が?異世界だからそういうこともあるのかな?怪我は……していないみたいだね。よかったよかった。
「じゃあとりあえず目が覚めるまで寝かしておこう。じゃあ次はモフミミの髪を……」
モフミミの散髪を再開することにしよう……と思ってモフミミを見たらモフミミの体が震えていた。どうしたの?尻尾もピーンと硬直してて口が×になっているのだけれど……。
「※※※※」
あ、鋏をギターマンに取り上げられた。なにをするだー!え?あなたがモフミミの髪を切るの?
「※※※※」
お、おお……お上手だね……。モフミミよ、そのほっとしたような顔は何なの。お姉ちゃん悲しくて涙が出てくるよ、出ないけど。
♦
そんな感じで本日開店の天使の散髪屋さんは即日にギターマンに乗っ取られ、ついでに他のみんなの散髪も終わったころ……。
「……※※※」
髭もじゃ……改めヒゲナシ君(10歳?)が目を覚ました。
「起きたの?大丈夫?水飲む?水道水だけど」
「※※※※」
コップに水を出して差し出すとごくごくと美味しそうに飲み切る。うん、喉が渇いていたのね。カルキ入りの水道水を美味しそうに飲むねー。
さて、なんで倒れていたか話を聞きたいけれど……事情聴取は私には無理なのよね。なぜなら言葉が分からないから。
「※※※※!?」
ヒゲナシ君が水を飲んだ後の口の周りを手で触っている。水をこぼしたのかな?タオルいる?いらない?そう。
「※※※※」
水を飲み終わったヒゲナシ君にモフミミが鏡を持ってきた。それ今必要?
「※※※※!!??」
ヒゲナシ君がこの世の終わりのような顔をして鏡を見つめたまま固まってしまった。おーい、どうしたー?
待て待て落ち着こう。
私は『フィーリングで相手の言っていることが分かるような気がする』という能力を取得したんだ。彼らの言っていることを訳してみよう。
「※※※※(なんて素敵な髪形なんだ。この髪を切ったのは誰ですか)」
「※※※※(こちらにいる散髪屋の天使さんですよ)」
「※※※※(ありがとうございます。何かお礼をさせてください)」
こんな感じかな?いや、違うよね。分かってるよ。分かっているって。丸刈りにしちゃったものね。どんぐり頭だよ。
ほらほら、触るとジョリジョリして最高の手触りだよ。
「※※※※(なにをするだー!)」
ヒゲナシ君はそんなことを言っていると思う、たぶん。
「ごめんね、わざとじゃないのよ……。でもよく考えてみて、ヒゲナシ君。髭と髪が無くなったくらいなんだっていうの?私なんて全部無くなっちゃって別人になっちゃったんだからね!」
「※※※※」
まだ原型が残っているんだから髪の毛くらい良いじゃない。別人に改造されちゃうのに比べれば。
うんうん、何だか納得してくれたみたいだ。たぶん。もう夜になるからうちに泊まっていきなさい。歓迎するよ。
こうして我が家にもう一人のバンドメンバーが加わることになるのだった。
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