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第19話 ダンスメイド⑦(ダンスメイド視点)

「なんてことしてくれたのだ!!」


 天使様たちに逃げていただいた翌日、旦那様が帰宅なされました。普段は王都で仕事をしていらっしゃるのですが、天使様来訪の知らせを受けて急いで戻ってこられたのです。


「っ……」


 旦那様がお嬢様に向けて投げられたカップを私が前に出て代わりに受けます。目の上に当たってしまいました。痛みに思わず手を当ててしまいそうになりますが何とか堪えます。これは私の責任なのですから。


「天使様が我が屋敷に来たことは分かった。これほどの不思議な品を残していったのだからな。他にも話を聞く限り素晴らしい天上の品を持っていて、奇跡の御業を使えることも分かった。だが、なぜ逃がした!!」


 それは私が天使様を逃がしたからです。ですが後悔はしておりません。私はもしやり直せるとしても同じことをするでしょう。例えこの身が平民でも心まで卑しくなるつもりはございません。


「いいか、すぐに探せ!いいや、探すまで帰ってくるな!いいな!!」


 領主である旦那様の命令は絶対です。私たちは天使様を探しに行くことになるのでしょう。仕方なく私は部屋に戻って支度をすることにします。


「痛っ……」


 旦那様にカップを投げられた右目の上が痛みます。触ってみると手に血が付きました。鏡を見ると瞼が切れて血が固まっています。カップで切ったのでしょう。これでも一応女の子ですから顔に傷がつくのは少し悲しくなりますね。


「あれ?これは……?」


 傷をよく見るために鏡に近づくと机に白い箱が置いてあるのに気が付きました。私の置いたものではありませんが……その箱に描かれた形を見て私は誰が置いたのか確信しました。


「天使様……モフミミさん……」


 なんとその箱には天使と猫のマークが入っていたのです。いつの間にここに置いたのでしょうか。私が寝ている時に?その中を見てみると……。


「これは……?」


 なんでしょう。パンでしょうか。

 つついてみましょう……柔らかいですね。中に何かが入っているようです。見たところ食べ物のようですね。箱のマークの下に文字のようなものが書いてありますが……読めません。ですが、きっと私にくれたものだということは分かります。


「食べて……いいのですよね?」


 きょろきょろと周りを見てしまいます。

 この家の使用人としてはこれはお館様に献上すべきものなのでしょう。お館様は天使様やその作り出されたものを欲しておられます。

 ですが、私は天使様にダンスメイドなる洗礼名をいただいた者。そんなことをするわけにはまいりませんよね。ではありがたく……。


「いただきます、天使様」


 手の平を組んで天使様に祈りを捧げた後、それを手に取って一口。


「~~~~~~~~っ!?」


 はっ!いけません。意識を失いかけました。

 何なのでしょうこれは。薄いパン生地の中にクリームが入っています。とても甘くふわふわでしっとりとしていて……その味はまるで天にも昇る気持ちでした。一口かじった断面を見るとこれは乳でつくったクリームでしょうか。それをふかふかの生地で包んでいるようです。


「はむっ……」


 もう一口。

 ああ……美味しいです。ありがとうございます、天使様。こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてです。天使様をお助けしてよかった……いけませんいせません。私はお礼のために助けたわけではないのですから。

 ですが、この甘味は本当にいけません。

 パクパクと夢中で食べているといつの間にか箱の中は空になってしまっていました。何ということでしょう、残念です。少しは取っておいて分けて食べた方がよろしかったでしょうか。


「あれ……?」


 気が付くと目の上の傷の痛みが無くなっていました。どういうことでしょうか。




 



「もう!なんでこうなるのよ!」


 天使様捜索隊として私もお嬢様たちと共に領都から出発したのですが、早速お嬢様が癇癪を起されております。


「お嬢様、落ち着いてください。住民たちからの情報によると夜、北の方へ光が向かったという話を聞きました。まずはそちらに向かって見ましょう」


 ラピス様は女性でありながら騎士になっただけあって、その情報網も広いようです。もう天使様の情報をつかんでいるようでした。しかし、それでも簡単に天使様が見つかるわけもなく……。







 それから捜索すること7日。私たちは馬車を襲撃された場所の近くに来ていました。光の向かった方向と天使様に最初にあった方向が同じだったからです。

 今回は護衛の人数も多いためか賊に襲われるようなことはありませんでした。


 ですが、なかなか進展しない捜索に皆イライラしはじめています。当然その矛先は私に向かうのですが……私が天使様をお逃がした張本人でございますからぐうのでも出ませんね。


 しかし、その日は少し違う出来事がありました。


「いたっ!なにこれ!」

「痛い!」


 何やら痛みを訴える声が多発したのです。

 声を発した人たちを見るとまるでそこに壁でもあるように捜索隊の人たちが一列に並んでいるではないですか。どういうことでしょう。


「どうしたの、いったい!」

「お嬢様、ここから先にある『何か』が進むのを妨害しているようで……」

「何かって何よ。何もないじゃない。きゃあ!」


 捜索隊が指さした先にお嬢様が手を伸ばすと慌ててその手を引っ込めました。何なのでしょう。そこには何もないように見えますが……。いえ、何か違和感を感じますね。何というか……捜索隊やお嬢様からは嫌な感じがするのですが、目の前の森からはそれを感じません。


 この感覚は捜索に出てから時々感じておりました。これは天使様とお会いしたからでしょうか。私には人の悪意というか悪い感情がなんとなく分かるような気がするのです。そしてこの森の境目から先はまるで天使様から感じたような悪意のない神聖な空気を感じます。


「どういうことよ!結界でもあるの!?あなた!痛いとか言ってないで進んで見てきなさい」

「そ、そんな……」

「はやくっ!」


 お嬢様に命令された男の人が背中を押されて進もうとしますが……。


「ぎゃあああああああああああああああああ」


 まるで雷にでも撃たれたように体を痙攣させると倒れてしまいました。それでも納得できないのかお嬢様は他の者にも進ませようとします。

 一人二人と倒れていく捜索隊の皆様。そしてお嬢様の目が私に向きました。


「ミカ。あなたも行きなさい!」


 こうなることは覚悟しておりました。痛いのは嫌ですが行くしかないですね……。

 私は大きく息を吸って息を止めると前に進みます。息を止めることに意味があるかは分かりませんが空気が原因の可能性もあるかもしれません。目を瞑り、息を止めて進んでいたのですが……そんなに息が続くわけもありませんね。

 

「ぷはっ!」


 10も数えないうちに私は口を上げて空気を吸い込んでしましました。これで私も倒れてしまう……と思ったのですが……何ともありませんね?いえ、それどころか空気が美味しい?何となく爽やかな感覚が全身を包んでおります。


「え?平気なの!?どうやったの!?ミカ!教えなさい!}


 お嬢様が叫んでおりますが、それは私も知りたいことです。なぜ私は無事なのでしょうか。


「えーっと……分かりません」


 それしかいう言葉はありませんよね。

 私の言葉を聞いたお嬢様は他の捜索隊の人たちと話をし始めました。私はこのままでいいのでしょうか。一人だけ進めたとしても私には身を守るすべもありませんし、魔物でも出てきたらひとたまりもありません。だから私だけ無事でもあまり意味はないと思うのですが……。


「ミカ!よく聞きなさい!この結界のようなものを誰が作ったのかこの先を見てきてちょうだい!それから天使様がいたらあなたが連れ帰るように!分かったわね」


 いえ、分かりません。分かりませんとも。森に一人で入ったら帰ってくる前に私は死んでしまいます、とでも言うことが出来ればいいのですが、『はい』しか選択肢がないのは平民のつらいところですね。断って戻れば命はないことでしょう。


 そうと決まればモタモタしてられません。怖がっている場合でもありません。時間がたてばたつほど私が魔物に見つかる可能性は高くなるのですから。

 私はメイド服のスカートの先を持ち上げると全力で森の中へと走り出すのでした。







 どれだけ走ったことでしょう。幸いなことに魔物には遭遇していません。ですが木々や草の間を走り抜けたことで枝や草で私の体は傷だらけになっていました。


 喉も乾きましたし、走ったことで息も絶え絶えです。ですがへこたれたりするものですか。

 それはお嬢様のためではありません。私は『ダンスメイド』という洗礼名を授かったのです。こちらに天使様がおられるのであれば現状をお知らせしなければならないでしょう。お嬢様たちと和解されると言うのであれば喜ばしいことですが、お嬢様やお館様の性格を考えると難しいですね。


 そんなことを考えながら走っては休み走っては休み、意識も朦朧とし始めたころ、目の前に開けた場所が出現しました。


「なんですか……ここは?」


 森の中心にこのような広場がどうしてあるのでしょう。さらにそこには家まで建っているてはないですか。そして……。


 いた!天使様です!モフミミさんもいらっしゃいます。それから……あれは動物たちでしょうか……。魔物……ではないようです。

 兎?馬?鳥?犬?おかしいですね。このあたりの森では普通の動物は魔物化してしまうのですが、全く角も生えていませんし。邪悪な気配も感じもしません。


 天使様の御業……なのでしょう。天使様とモフミミちゃん、そして動物たちがそれはもう楽しそうに戯れているその様子はとても和やかで……そうですか、お二人ともご無事だったのですね。


「天使様……」


 その様子に安心したのか私の意識はそこで途絶えてしまいました。

お読みいただきありがとうございます。

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