第10話 ダンスメイド④(ダンスメイド視点)
「やったわ!私が!この私が伝説の天使様を捕まえたのよ!この事をお父様へお伝えして!」
「かしこまりました」
天使様は捕まってしまいました。今はお屋敷の地下の監禁用の部屋にいらっしゃいます。一方、お嬢様はと言うと大変お喜びの様子でお館様にこの事を伝えるとウキウキしていらっしゃいました。
「天使様が我が家に味方したなんて話になったら世界中の人が私を羨むわね!」
お嬢様は大胆なそんなことを言っておられますが、本当にそうなるかもしれません。
天使様は魔物が蔓延るこの世界に救いをもたらすとされているのです。もし味方になってくださればこんなに喜ばしいことはないでしょう。ですが……。
「天使様にお食事をお持ちして!それにこれを混ぜなさい」
「……これは?」
お嬢様が取り出したのは青く毒々しい粉末の入った瓶でした。
「逃げられたら困るでしょ。ちょっと眠くなったり考えるのが面倒になったりする薬よ」
それは自白剤とかに使われる劇薬ではないでしょうか。監禁したり薬を使ったり、お嬢様は天使様をどうされるつもりなのでしょう。
「そんな危険な薬を天使さまに……っ!?」
「あんたは黙って言われたことだけやりなさい!」
頬を叩かれてしまいました。ですが、まったく筋肉のついていないお嬢様に叩かれても全然痛くございませんね……。もう少し体を鍛えたほうがよろしいのではないでしょうか。
「ですが!」
心の声がそのまま出てしまいました。
再び頬を叩かれた私はそれ以上反論することが出来ません。情けない限りです。不本意ですが天使様へとお食事を乗せたワゴンを運ぶしかありませんでした。
「天使様、お食事をお持ちしました」
ノックして中に入ると天使様と獣人族の少女は大人しくされておりました。泣き出してもおかしくない状況ですのに申し訳ない気持ちで一杯です。
「前を失礼いたします」
天使様の前をワゴンを押して通り、テーブルに料理を並べて参ります。
「ごはん!」
モフミミさんが嬉しそうにテーブルに見ていますが、これに劇物が入っていると思うと罪悪感に潰されそうです。
天使様はと言うと目を凝らして食事を見つめてらっしゃいます。モフミミさんが食事に手を伸ばそうとするとその手を払いました。モフミミさんが悲しそうな目をされていますね。
そして……両手をゆっくりと広げるとすごい勢いで手を交差させて一言……。
「※※※※!」
「!?」
天上の言葉は私には分かりかねますが、これは食事を拒否されてるのでしょうか。いえ、そうに違いありません。分かりました天使様!こんな食事はさっさと下げてしまいましょう。
そして後でこっそり私分の夕食のパンでも仕入れることにしましょう。そうしましょう、そうしましょう。
「ではこちらお下げさせていただきます」
私は料理をワゴンに回収するとクルリと回れ右をしてお嬢様の元へと戻ります。
「どうだった?天使様はぐっすりお休みになったかしら?」
「いえ。お食事はなさいませんでした」
「は?どういうこと?」
私は天使様がお食事を拒否されたことを正直に話します。天使様やモフミミさんが劇薬を飲まなくて本当に良かったです。
「天使様は食事が必要ないということかしら?でもあの獣人族の子供には必要よね?それとも何か食べるものを持っていたとか?」
見たところ荷物のようなものは何も持っていなかったように見えました。もし持っているのならこの食事を取らなくてもいいので安心なのですが……。
「あなたにいは任せておけないわね。私が直接行くわ」
「お嬢様!危険です!」
ラビス様が止めようとなさいますが、それでお嬢様が止まるわけもありません。
ズンズンと天使様のいらっしゃる部屋の前まで歩いて来るとノックもせずに中に入ってしまいました。私たちもお嬢様に続き中へと入ります。すると中には……。
「なに……これ!?」
なんということでしょう。とても甘く香ばしい香りが部屋の中に漂っています。恐らくそれは天使様とモフミミさんの前に並べられているお皿からでしょうか。
「ミカ!どういうこと!」
「分かりません……」
私は確かにトレイをお下げしました。食器も一緒にです。ですが、テーブルにはお皿が並んでおります。
でしたらあれらの食器はどこから出してきたのでしょうか。しかもあの足の長いあの椅子はなんでしょう。あのようなものはここにはありませんでしたし、どこかにしまっておけるようなものでもありません。
そしてあの料理はなんなのでしょう。お肉を焼いた料理なのでしょうか?ですがそこにかけられたソースからの香りを私は嗅いだことがございません。おそらくお嬢様やラビス様も同じでしょう。
それを嬉しそうに2本の木の棒で挟んで口に運ぶモフミミさん。木の棒で食すのが獣人族のマナーなのでしょうか。知らない食べ方です。ほむほむと嬉しそうにお肉を咀嚼すると次に白い穀物のようなものを口にしています。
ほかほかと湯気を立てているあの穀物はなんなのでしょうか。ほのかに甘い香りがしていますが、モフミミさんはそれを美味しそうに口に運んでいます。それから茶色のスープの入ったお椀に口をつけて飲んでいますね、それはもう幸せそうに。
見ているだけでなんだかお腹がすいてきました。野菜は食べてないようですが……あ、天使様に指を指されて野菜を食べています。今度は余り幸せそうな顔ではありませんね。お嫌いなのでしょうか、野菜が……。
「……私も食べるわ!」
「お、お待ちをお嬢様!!」
ごくりと喉を鳴らしたお嬢様は部屋に備えつけられていた棚からフォークを取り出すと天使様に近づいていきます。
そしてラビス様が止めるのも聞かずにお肉の乗ったお皿にフォークを伸ばして……天使様の持った木の棒で防がれてしまいました。2本の棒でお嬢様のフォークの突きを止めておりますね。お見事です。
「なにするの!私にもよこしなさい!」
お嬢様が二度三度とフォークを突きだしますが、天使様は見事な棒さばきでそれを防いでおられます。
「ラビス!なんとかしなさい!」
「はっ!」
お嬢様のむちゃぶりにラビス様は困惑しておられましたが、なんと腰から剣を抜き放ってしまいました。お嬢様もお嬢様ですが、ラビス様もむちゃをなされる御方です。天使様は大丈夫でしょうか。
「その奇妙な棒を捨てなさい!」
ラビス様が警告しますが天使様は意に介していないようです。ラビス様の剣が天使様に……いえ、天使様の持っている棒に向けて振り下ろされました。さすがに以前のように天使様を斬りつけるつもりはなかったようですが……。
「なっ……」
やはり以前と同じように剣が止まってしまいました。やはり天使様はとても偉大な力を持った御方なのでしょう。不思議な料理に不思議な道具、そして傷つかない体。それにモフミミさんを救おうとする優しい心。どんどん私の心は天使様に惹かれてしまいます。
「※※※※!」
天使様が何かを叫ばれました。
それはそれほど大きな声ではなかったにも関わらずそれを聞いて私は跪いてしましました。
何というか……畏怖の心を感じたのでございます。人が禁忌を冒した際、神から受ける怒りとはこのようなものなのでしょうか。お嬢様もラビス様も顔を青くしておられます。
「ま、また来るわ!」
お嬢様は踵を返すと部屋を出ていかれます。よほど怖かったのでしょう。私も天使様に一礼してから部屋を出てお嬢様を追いかけます。
「な、なんなのよ!なんなのよあれ!」
「申し訳ございません、お嬢様……。力及ばす……」
そういうお二人の体はかすかに震えております。『モフミミガタベテルデショーガ』という神言を受けてのことでしょう。意味は分かりませんが、『逆らうと恐ろしい災いが降りかかるぞ』とかそのような意味なのかもしれません。
「お嬢様……やはり天使様にご無体な真似をされるのはやめておいた方がよろしいのではないでしょうか」
「そ、そうね。ラビス、今後は斬りかかったりしないでね」
「は、はい……」
よかった。やっとお嬢様は分かってくださいまし……。
「でも見たでしょう!あの不思議な食べ物に不思議な道具!きっと神々の国から神々の神具を取り出すことが出来るのよ!あれを手に入れましょう!隙を見ていただくのよ!」
分かってくださっておられないようです。天使様からものをかすめ取ろうというのでしょうか。あれほどの神意を受けながらまだ挫けないとは逆に感心してしまいます。
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