17*どうして私だけ?
お題先なし。 『貴女は遠い日の記憶、そのままで。』続編。彼女視点。
「ねぇ、ロザス?」
「……何だ」
ロザスが私を護る王宮騎士となって早数か月。
私と二人っきりの時だけは、出会った時の口調で話してくれている。
それが自分だけの特権みたいで何だか嬉しかった。
「ロザスって、みんなには『ロザルハ』って呼ばれてるよね?」
「あーそうだな」
「じゃあ何で、私には『ロザス』って名乗ったの?昔から貴方の愛称は『ロザルハ』だったんでしょう?なら、あの時だってそっちで名乗れば良かったのに」
ずっと気になっていたのだ。
「『ロザルハ』は昔の自分。その名前は俺の黒歴史の象徴…だから」
「じゃあ、何で皆には『ロザス』って名乗らなかったの?その名前が過去を思い出す憎いモノなら、捨ててしまえば良かったのに」
そう言うと、ロザスは困ったように笑う。
そして、『新しい名前を呼ぶのはお前だけで良い』と遠回しに私の提案を蹴っていた。
どうして、と私が首を傾げると、『俺の過去を知っているのはお前だけだろう?だからだ』と理解出来るのか出来ないのかよく分からない持論を展開された。
そういえば、一度私仕えの侍女から話を聞いたことがあった。
《ロザルハーレス様を一度『ロザス』様とうっかり呼んでしまったことがあるのです。姫様がいつもそう呼んでいますので…移ってしまったんだと思います》
それで?と促すと、その侍女は些か固くなったような笑顔で言った。
《……私が『ロザス』様と呼んだ後、どうなったと思いますか?》
《……どうなったの?》
《その場が凍り付きました》
《……へ?》
《殺気を含んだ眼差しでこちらを見られたので、皆一様に怯えてしまいました。それはもう…この世が滅ぼされてしまうという馬鹿な考えが頭を掠めてしまう程でしたので》
その侍女が言うには、その場にいた何人かの王宮騎士でさえも、その迫力に圧倒され、何も出来なかったらしい。
彼女は怯えながらも、何とか伝えるべきことだけは、伝えなければいけないと姫…つまり私が呼んでいたことを告げた。
すると、ロザスの瞳から一瞬にして殺気が消え、表情も柔らかくなったという。
そして『その名は彼女だけのものです。貴女が軽々しく呼んで良い名でありません』とだけ言葉にし、その場から立ち去った…。
そんな、お話。
《あんな風になるロザルハーレス様は初めて見ました》
過去をちょっとだけだけど知っている私としては別に驚くことでもない。
それよりも…
《……私、だけ…?》
《姫様は本当にロザルハーレス様に好かれておいでなのですね。ロザルハーレス様はその名を姫様以外には呼ばせたくはないのでしょう。逆を言えば、ロザルハーレス様は姫様だけにはその名で呼んでほしいと思っていらっしゃるのですよ》
そう言って微笑む侍女に私は何故だか顔が赤く染まっていくのを止めることは出来なかった。
「……私以外の人は『ロザス』って呼んじゃいけないの?」
「……あぁ」
「どうして?別に貴方の過去を知らなくてもいいじゃない。今、貴方はここにいるのに」
「……その名はお前だけのものだからだ」
「……意味分からないよ」
「分からないなら良い。……それより、天気が良いし、城の中にいてもどうせ退屈なんだろう?どこかに出掛けるか?」
「え?いいのっ!?」
「俺が護衛として付いていけば、問題ない」
「街!街に行きたいっ!」
私がそう言ってはしゃぐと、私の大好きな笑顔で彼が笑ってた。
今日も王宮は優しい雰囲気に包まれて穏やかに時間が過ぎていく――
それは変わらないことであり、変わってほしくないことでもあるのだ。
どうして私だけ?
(このネックレス綺麗っ!)
(勝手あげますよ)
(えっ!ホントっ!?)
(ええ。貴方にならいくらでも)