16*この気持ちに名前をつけるとするならば…
お題先なし。 『貴女は遠い日の記憶、そのままで。』続編。隊長視点。 暫くこのシリーズ続きます。
俺は今最高にイライラしている。
「……カイン隊長、私がやるべきこととは?」
原因はコイツ。
俺の半歩後ろを歩きながら俺に話し掛けるこの男。
ロザルハーレス=メルシア。本日付けで王宮騎士に就任した男。
ロザルハという男はそれはそれはおかしい男だった。
今まで騎士であったというわけでもなく、名を馳せていたわけでもないのに、俺と互角以上にやり合うことが出来、また今までどこで何をしていた人物かすら分かっていない。
……ロザルハという男の情報が全くないのだ。
そんな怪しい男を剣の腕だけで、王宮騎士にすることなど俺は反対だった。事実、俺は最後まで反対していた。
王にしつこく『“深窓の姫君”付けにして欲しい』と頼み込んだのも理由の一つ。
自分の護る主人を自分で決めることなど許されてはいないというのに。
だから、この男はきっと姫様に取り入ろうとする愚か者か、姫様を亡き者にしようとする暗殺者。
この男を信用してはいけない。
……そう思っていたのに、現実は上手く行かなくて。
この男は王から王宮騎士として姫様を護るように、と言い渡された。
姫様を護りたい。姫様でなければ王宮騎士などならない。という熱い想いに王の心が動かされたらしい。
“深窓の姫君”アリーシア=ステレス様は、公の場に殆ど出ることはなさらない美しくも儚い少女だ。
王宮騎士など華々しい生活を送るために目指す職種。
そんな王宮騎士は誰であってもあの少女に近づくことなど許されない。
欲に塗れた人間なんて、彼女の目に入れてはならない。
初めて逢った時、眩しい笑顔を見せてくださったあの方を前に、俺は自分の心が汚れ切っていたことに気付いてしまった。
それでも、笑顔を見せてくださった彼女にはこの世に溢れかえる負の感情など見せてはならないと一人心に誓った。
その誓いを違えまいと思い続け、影ながら彼女を見守り続けてきたというのに。
《……ロザ、ス?》
まだ新しい記憶から凛とした彼女の声が聞こえた。
《――ロザスっ、!》
まるで愛しい人の名を紡ぐように噛み締めて声を出す彼女。
『ロザス』とは誰だ、という疑問が頭を過る前に、衝撃的な映像が視界を狭めた。
……どうして…。
彼女はあろうことか、あの危険な男、ロザルハに抱きついていた。
……そして、抱きつかれたあの男は口元を緩めるのを隠そうともせず、彼女を抱き締め返す。
それはどう見ても、久しぶりに逢った恋人達の姿で。
その光景に茫然としている俺は無意識に自分の唇を噛んでいた。
唇から血が滲み、鉄の味が口に淡く広がったことで、やっと正気を取り戻す俺。
胸の痛みと共に沸き上がった黒い感情。
それに気付きたくなくて、気付かれたくなくて、叫んで二人を離れさせていた。
「……カイン隊長?」
声がかけられてはっとする。
意識が記憶に取り込まれていたらしい。
「……お前は姫様とどういう関係なのだ?」
「関係という程のものでもないですよ?一度逢ったことがあるだけですから」
余裕綽々とした感じで話すこの男が憎いと思った。心底苛ついた。
……やはり、俺には光は似合わない。
俺の心はやはり簡単に黒に染まってしまう。
気付きたくなかったこの黒く醜い感情の名前は――…
この気持ちに
名前をつけると
するならば…
(嫉妬。)
(俺ってこんなに醜かったんだな…)
(……カイン隊長?)
(今は話し掛けるな)