15*貴女は遠い日の記憶、そのままで。
お題先なし。 『この心がこんなにも騒ぐのは、』続編。彼視点。
ぴしっと頭を下げて礼をするカイン隊長の隣で片膝を着き頭をたれ、忠誠を誓った俺に向けられたのは、驚愕に彩られた一点の曇りもない大きな黒い瞳。
「……ロザ、ス…?」
あぁ、貴女は俺のことをまだ覚えていてくれたのか。
俺と貴女が出会ったのはもう随分も前のことであるのに。
――嬉しい。その感情が沸き上がるのと同時に俺の固く結んだはずの口元が弛んでいた。
「――ロザスっ、!」
俺の名前を紡ぎながら俺へと飛び込んでくる彼女。
愛しくて愛しくてしょうがない。
俺はつい、隣にいるカイン隊長のことも忘れて飛び込んでくる彼女を受けとめていた。
彼女だけが紡ぐ『ロザス』という愛称。
普段の『ロザルハ』とは違う、彼女だけの俺の名前。
「ロザス…貴方…どうして……」
「本日付けで貴女様をお護りする王宮騎士となりました」
貴女がこの国の王女だと知った時、王宮騎士という道を迷いもなく選んでいた。
貴女をこの手で護りたかったから。貴女だけはこの手で護りたいから。
一人の主に対して王宮騎士も基本は一人。
貴女を護る奴が未だいないと聞いてどれだけ嬉しかった事か。
でも同時に怒りで身体が震えた。この儚くも美しい彼女を誰も護ろうとしていなかったことに。
今まではそれでも何とか安全に暮らせていたかもしれない。だが、これからもそうだとは限らないのに。
俺は、彼女を護る枠を誰にも渡さぬように、彼女を早く危険から遠ざけたいがために、必死になって王宮騎士を目指した。
それでも随分と時間が掛かってしまったが。季節が一周もしてしまう程大変だとは知らなかった。
それでも、諦める気はさらさらなかったが。
「……っ、ロザルハ!無礼だぞっ!!今すぐ離れるんだっ!」
カイン隊長が叫んで、俺ははっとして彼女を優しく引き離した。
「……申し訳ありませんでした、アリーシア様」
「っ、いぇ。取り乱してしまった私が悪かったのですから…」
「挨拶はそれくらいにしとこう、ロザルハ。まだやらなきゃいけないことが沢山あるんだ」
「はい」
「……では姫様。失礼させて頂きます」
「え、ええ」
「では、後程、アリーシア様」
俺はそれだけ言うと既に歩き出していたカイン隊長の背に向かって颯爽と歩き出した。
ちらと振り返ると、彼女は目に涙を溜めてこちらを見つめていた。
……あぁ、泣かせてしまったのは俺ですね。
大丈夫です、直ぐに貴女の元に戻りますよ――…
貴女は遠い日の記憶、
そのままで。
(……変わってないですね)
(貴方は変わった)
(貴女の傍にいるためです)