【入り組み交わる路面電車】 file,02
あの後も3度ほどサービスエリアに寄り、スイーツやら軽食やらを口にし、現在はインターチェンジを降り、一般道を走っている。
窓の外を見るといわゆる郊外の街並みではなく、田舎でよく見られるような、所々に空き家がある街道が見えるが、そこを歩く人々の顔や姿を正確に認識することはできない。
原因としては概念上の位置が違う事や、集団で見ているものの認識が違うこと、異怪領域の影響を受けているなどの理由が考えられるが、今のところまだ解明されていない。
「ん? あれは……やっべぇ、全員なんか掴め! 急停止するぞ!」
先生の声と焦るような声と、甲高いタイヤと道路の摩擦音が響く。そして体が前に吹っ飛ばされるような感覚を覚えるがなんとか耐える。バスの前方を見れば明確に存在しているその黒い影の群れを認識できた。認識できると言う事はこちらに干渉して来ると言う事だ。
「全員護身具を構えろ! 一匹も通す気は無いが、この数だとさすがに厳しい!」
先生がバスから飛び出し、生徒たちは自身の護身具に手をかけ、窓から、扉から訓練通りの動きでそれぞれの間合いを確保する。
異怪領域の見学学習では、妖怪や霊など、文字通り怪異と呼ぶべき存在と遭遇する事が多発する為、護身用の武具の携帯が推奨されている。
「チッ、数が多すぎるだろ! お前ら、出来る限り身を守れ! 危なくなったら声出して周りのやつに助けを求めろ!」
先生が先頭に立ち、タクティカルバトンで着々と数を減らして行ってはいるが、敵を最初に観測できた数とは比べ物にならないほどの、敵の数に処理が追いついておらず、ちらほらとこちらに向かって来る影がいる。
いや、ちらほらじゃねえな、そこそここっち来てるぞ、なんとかしろ先生と思いながら隣で構えているアタルに声をかける。
「アタル、そっち側の警戒頼めるか? 乱戦になるなら背中を預けたい」
「おっけー、暴れてやりますかね! 俺の運の力で!」
そういうとアタルはポケットから10面ダイスを2,3個取り出し構えると、こちらに来る敵に狙いを定め始める。俺は俺で短刀を構え、敵を見据える。所持できる護身具の指定は60cm以下の刃物、または火器で無いものとされているため一応法律の範囲内である。
先に動いたのはアタルだった、ダイスを構えそのまま敵に向かって全力で投げる。
「おらぁっ! 小運は大知に勝るってな! つまり敵が強かろうと賢かろうと、運の良い俺が勝つんだよ!」
ダイスが黒い影に命中した瞬間、炸裂してそのまま近くにいた影まで吹っ飛ばした気がするが、気のせいだろうか。自分の方に来ていた影の触腕を余裕を持って躱しながら返す刀で処理して行く、奇襲されなければ正しく認識できない奴ら程度なら雑魚ではあるのだ、量が多いだけで。
「……あ、こっち来た、どうしよう」
ふと乱戦の中でそんな声が聞こえた。瞬時にそちらに目を向けると、小型バスの窓に尻を詰まらせている女の子がいた。身長は低そうだが、バスト110はありそうな同人誌みたいな肉体、おっとりとした垂れ目と濡れ羽のような長い黒髪、ぬぼおっとした表情、そして整っている顔は目を奪うには十分だった。
そんな事を考えてしまってる場合じゃない、今まさに襲われそうになっている、当たりどころが悪ければどうなるか分からないんだぞ。
「アタル、ごめんちょっと離れるが大丈夫か!?」
その声に反応したアタルが、輝く拳で敵を薙ぎ倒しながら返答をよこした。
「問題ないぜユイ、今、ジャックポット中だ!! はぁっ!! あぁ、この感覚は快感だぜっ!! もう一丁!!」
一瞬、アタルの頭上に『77』と見えた気がした。どうなってるのか分からないが、あの様子なら問題ないだろうと確信し、自身の無駄によく見える目を最大限に使い、すれ違いざまに敵の首を撫で斬り裂きながら彼女の方に近づいてゆく。
「おい、大丈夫か!?」
「問題ない……けど、そっちから押してもらえると助かる……」
そう彼女に聞くと、彼女は息苦しそうな声で返してきたが、こっちからじゃ押せなくないか!?
いや、肩を押せばいいなと思い返して、取り敢えず周りにいた影達を処理した、視界の奥ではアタルが光を炸裂させながら1人で無双している、それでも数が減る様子がないのだから違和感を感じる。
「よし、押すぞ」
「やさしく、してね?」
「言ってる場合か!? お前さては愉快な奴だな!?」
無理矢理バスの中の方へと押し込むと、ポンっと音が出そうな勢いで体が外れた。そのまま彼女はバスの中をするすると泳ぐように移動していきこちらまで来た。
「ありがとう、助かった」
「問題ない、それより自衛くらいはできるよな? 海原凪」
「おわ、覚えられてるとは、ナギサでいいよ、唯斗くん」
そう言う君も覚えてるんじゃないか、と思ったがそれは口に出さず、襲ってこようとしてた影を袈裟に切り裂いて殺す。彼女はその剛力で敵を薙ぎ払うように吹っ飛ばしていた、あの窓に詰まっていた理由はおそらく力加減を間違えて壊さないように、だろうか?
「ねえ、唯斗くん、終わる気配がないよ?」
「そうだな、明らかに量がおかしい、不明瞭な影が群れるなんて通常ありえない」
「おい、ユイ、そっちはどうなったんだ? お、その子誰?」
「凪ちゃんだよ、よろしく〜」
このまま、影が無数に発生するなら怪我をする生徒も出てくるだろう、ならば、余裕のあるうちに叩くしかない。先生がえげつない速度で敵を処理していてこれなのだ、その奥に何かあると考えるのが普通だろう。
「アタル、ナギサ、先生の前に何かあるだろうってのは分かるな? コンビネーションは即席だが、3人で連携できるならいけるかもしれない、乗るか?」
「お、ボス戦か? いいねぇ、俺はRPGでも消耗を無視してボスに挑む派だ、勿論乗るぜ!!」
「おっけー、私も適度に頑張るから、さっさとこれ終わらせちゃおー」
「よし、なら3カウントで突っ切るぞ、ナギサが正面を、俺とアタルが横からのを全部ぶっ飛ばす」
そう言って即席で陣形を作り3カウントを始める。そして、掛け声とともに一気に走り出した。
「3……2……1、GO!!」
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