第ニ話 『安倍の黒狐』
徐々に『ざまぁ』していきますよー
翌日。
朝早くから工務店の人間が来た。
かなりの数の人間がどんどんと仕事を進めていく。
「稽古場が使えないとあっては、さぞご不便でしょう」と、大至急でやってくれるという。
やはり我が家は特別なのだ。
気分がいい。
我が家が依頼している弁護士が来た。
息子が連絡したらしい。
この弁護士は昔から役に立ってくれている。
女共に手をつけたときも。
子供を取り上げたときも。
うまくとりはからってくれた。
昨日あの気に入らない男が言ったのだ。
「今回のこれは、ナツくんによる器物損壊と暴行ともいえます。
僕としてはナツくんの代理人として、示談させていただくことを提案します。
よかったらそちらも弁護士をお呼びになって、一度お話をさせていただければと思います」
その言葉を受けた息子が、勝手に弁護士に相談し、早い方がいいだろうとすぐに来てくれた。
あの安倍の役立たずの息子に連絡したところ、すぐにこちらに来るという。
弁護士に「ついでに余計な口を出さないように言ってくれ」と愚痴を言うと、笑って引き受けてくれた。
それなのに。
弁護士は、若造とも言える年齢の男を見た途端、震えだした。
「あ、安倍弁護士…」
「お久しぶりです」
ヘラヘラ笑う男に、何を震えているのか。
情けない。
「先生がこちらの顧問弁護士だったのですね。
今回はよろしくおねがいします」
「う、いえ、あ、あの、その」
「――今回の件。
どこまでご存知かわかりませんが。
――僕は、容赦しません」
初めてゾクリとした。
弁護士は真っ青になっている。
この男、役立たずではないのか?
弁護士立会のもと壁の状況を確認し、殴られた子供達に面会し、今回のあの子供の『器物損壊と暴行』については、治療費や修繕費を全てこの男が支払うこと、慰謝料として三人にそれなりの金額を、稽古のできない社中にもまとまった金額を支払うことで示談が成立した。
こちらの懐は痛まないどころか、潤う話なので、文句もなく了承した。
正式な書類は後ほど届くという。
書類書類と、面倒なことだ。
「さてここからは別のお話です」
男が笑うと、弁護士が「ひいっ」と小さく悲鳴をあげた。
何だ?
「ナツくんの親権に関するお話をさせていただきましょう。
ちょうど弁護士の先生もいらっしゃいますし。ね」
そこからは毎度の話だ。
こちらは手放す気はないこと、鑑定で父子と証明されていること、あの子供に他に身内がいないことを話す。
向こうはこちらがあの子供を虐待していると言う。
代理人として訴えると言う。
言うに事欠いて、男の子供達が食事を食べさせていると言うのだ。
「子供の浅知恵だな」
あの子供の友達だと言い、今までに何度も押しかけては文句を言っていた子供達を思い出す。
「そう言えば役所なりが動くと思ったか。
身勝手で自己中心的だ。
妄想癖もあるんじゃないのか」
「父さん!!」
息子があわてたように「スミマセンスミマセン」と頭を下げる。
「本当のことを言って何が悪い」
「父さん!!」
「――――そう、ですか」
弁護士と息子がガタガタ震えている。
何だ?
「僕の息子を、そこまで侮辱なさいますか」
男はにっこりと笑った。
「では、以降は刑事事件とさせていただきます。
後日法廷でお会いしましょう」
「もう駄目だ!!」
男が帰ったあと、弁護士が頭を抱えた。
「何が駄目なんだ。あんな若造。
確かに『安倍』の人間かもしれないが、一族でも『役立たず』だと聞いたぞ」
「何十年前の情報ですか!!」
弁護士が叫ぶ。
どういうことだ?
「まさか彼を知らないんですか?」
「安倍家の当主の息子だろう。後継になれない」
「そっちじゃないです!」
弁護士は半泣きだ。
「あの人は、安倍家の法務と財務を取り仕切ってるんですよ!
この京都を動かすといわれる、安倍家の!」
安倍家は京都でも有名な旧家だ。
平安時代から続いているという。
なんでも不思議な力を持っていて、政治家や大企業の社長などが相談に行くという。
それだけではなく、戦後の混乱期にかなりの土地を取得しており、貸している土地代だけでとんでもない金額になると聞く。
京都では子供でも知っている話だ。
「安倍家の顧問弁護士の一条さんは容赦ない人で有名ですが、あの人はその弟子です。
敵対した者は容赦なく潰してきます!
今までにどれだけの人や企業が潰されてきたか…」
あんなヘラヘラした男が?
「あの人の異名、知らないんですか?
『安倍の黒狐』ですよ!
穏やかで人当たりよく見せて、陰で牙を研いでるんですよ!」
確かに狐のような見た目の男だ。
だが、大したことはあるまい。
「おまけに、あの人の地雷踏んで…」
何のことはわからず顔をしかめる。
「あの人が息子を大事にしていることは有名ですよ。
息子を馬鹿にされたんです。
もうこの家はおしまいです」
頭を抱える弁護士。
が、すぐに起き上がり「社中解体に備えて準備をしましょう!」と言い出した。
何を言い出すんだ?
意味がわからない。
「先生、実は…」
そして息子が、あの男から社中への支援金を打ち切ると宣言された話をした。
弁護士は真っ青になると、天を仰いだ。
「す、すぐに銀行に連絡を!
資産を押さえられないように話をしなければ!」
「さっきから何を言っている?」
「アナタこそ何をしてくれたんですか!!」
弁護士がかみついてくる。
こんなことは初めてだ。
「あの人は、投資の天才ですよ!
安倍家とは無関係の個人投資で、とんでもない利益をあげる人です!
『あの人が投資する先なら間違いない』と有名です!
逆に、あの人が手を引いたということは……」
「いうことは?」
「『もう、そこは終わり』と、京都中に宣言されたようなものです」
息子が真っ青になっている。
私には理解できない。
たかが若造一人がぬけたとて、それがどうした?
我が家には歴史がある。実績がある。実力がある。
若造一人が癇癪をおこして手を引いたとて、問題になるとはおもえない。
ましてや『役立たず』と有名な男が。
そうして話していると、事務所から声がかかった。
「先生、若先生。
今、次の公演の件で連絡がありまして――」
「来客中だ。後にしろ」
「キャンセルしたいそうです」
「は?」
別の事務員からも声がかかる。
「先生。明日のお稽古、お休みしたいと連絡が…」
「先生。対談のお話、なかったことにしてほしいと…」
次から次へと仕事の断りの連絡が来る。
何だ? 何が起こっている?
弁護士がスマホを持ったまま、膝から崩れ落ちた。
「……今、確認しました」
まるで葬式のような顔をしている。
「安倍弁護士が、ここに来る前に銀行に行っています」
それがどうした?
「名を名乗った上で、ここの支援から手を引くと、支店長と話をしたいと、ロビーで話したそうです」
息子が息を飲んだ。
だから、どうだというのだ?
「今確認できたのはニ行です。
ですが、おそらくもう全部の銀行に話が行っていると思われます」
息子も膝から崩れ落ちた。
私一人がわけがわからない。
頭を抱えた息子が説明する。
その銀行の行員や銀行に来ていた客から、もうすでにこの話は広まっているであろうこと。
『投資の天才』が手を引いた社中からは、他の支援者も水が引くように去るだろうこと。
あからさまなやり口から『安倍と敵対した』と判断されているであろうこと。
そのために、どこも関わることを避けるだろうこと。
「次々と仕事のキャンセルがきているのが、その証拠です」
そこまで言われても理解できない。
あんな若造が?
息子と弁護士は、破産管財人について話を始めた。
何が起きているのかわからない。
事務所ではひっきりなしに電話が鳴っていた。
そのころのナツ
まだ自分の異界の中におこもり中
この日の夕方にヒロと晃によって異界から出てきます
このお話にも出てくる晴臣達の若い頃のお話を投稿しています。
《『霊力なし』『役立たず』と一族でうとまれていた僕が親友と奥さんを得て幸せになるまでの話》
ヘタレ男子が親友と女性達のおかげで強くなっていくお話です。
よかったらこちらもよろしくおねがいします。
『安倍の黒狐』になる前の姿を読んでいただけるとうれしいです。