第一話 『神楽人』
拙作『霊力守護者顛末奇譚』に出てきたナツの事情説明話第一弾です。
『ざまぁ』な話です。
本編を読んでいないとわからない不親切仕様です。
児童虐待など、胸クソ悪い場面があります。
苦手な方はそっと閉じてください。
不意に目が覚めた。
泊まりに来ていた祖父母の家。
能の一流派の本家だ。
私はまだ三歳だった。
真夜中に近いのに、曽祖父が紋付袴を着ていた。
「どこに行くの?」
たずねると、曽祖父は同行させてくれた。
そこは、神々の世界だった。
きらびやかな舞台。
その中央で舞う曽祖父。
様々な装束の、顔を隠した神々がやんやと囃し立てる。
こんな世界があるなんて!
なんて素晴らしい!
「ひいじいちゃんは『神楽人』なんだよ」
「かぐらびと?」
「神様のために舞う、特別な舞手さ」
それから、『神楽人』になることが私の目標になった。
京都に五家ある能のシテ方。
『主座様』と呼ばれる特別な方により、京都の中心を囲むように五芒星の形に配されている。
能の舞は足拍子を踏む。
足拍子は地を踏みしめ、固める。
地から這い出ようとする悪しきモノを封じる。
それぞれの家で毎日舞うことにより、毎日足拍子を響かせることにより、京都の街を護っている。
私はそんな五家のひとつの、分家の当主になった。
父の代からの分家。
分家とはいえ、本家の近くで毎日舞い、本家の護法を支えている。
曽祖父に言われた言葉を胸に。
「我らがこの京都の街を護っている」
「いつかは、『神楽人』に」
『神楽人』になるには、神々からの招待状が必要なのだと曽祖父が教えてくれた。
それは、真面目に芸に励み、神々に認められたとき、突然渡されるのだそうだ。
だが、励んでも励んでも招待状はこない。
同年代の舞手と比べて、私の舞が劣っているとは思わない。
神々の目にとまっていないのかと精力的に奉納舞を捧げた。
茶道や華道など、品格を上げるといわれるものも習得した。
何年経っても、何十年経っても、招待状はこない。
老境に差し掛からないといけないのかと、さらに励んだ。
六十歳になったとき、はっと気付いた。
曽祖父は子供の自分を連れて行った。
もしや、子供が鍵なのではないか?
そうかもしれない。
違うかもしれない。
『神楽人』のことは誰にも言ってはいけないと曽祖父に言われたから、聞きたくても誰にも聞けない。
だが、悪い考えではないように思えた。
手始めに自分の孫を鍛えてみた。
だが、どうにも上手くない。
親が悪いのだろうか?
ならばと、舞上手で有名な女に私の子供を産ませ、鍛えた。
これも大したことはないとあきらめかけたその時。
女だと思って捨てていた子供が、男だとわかった。
試しに舞わせて、驚いた。
この子だ。
この子が、私を『神楽人』に導く子供だ。
ナツという名のあの子供を引き取ってから、あの子供の友達だという二人の子供とその父親が頻繁にやってきては文句を言う。
時には警察やらどこかの役所の人間も連れてくる。
その度に実子であることを証明し、芸事の稽古であることを説明する。
煩わしいことこの上ない。
いつ『神楽人』の招待状が届くかわからないから、常にあの子供を手元に置き、見張った。
朝も夜も。
学校からはすぐに帰らせ、舞わせた。
私が家にいないこともあるので、監視カメラをつけた。
監視の人間も配した。
それでも、『神楽人』の招待状は届かない。
これほどの舞を舞う子供なのに。
私は素晴らしい舞手なのに。
悶々としていた、ある日のことだった。
ドカン! と、すさまじい音が響いた。
何事かと稽古場に向かうと、役立たずの三人の子供が倒れていた。
壁の一面が大きく壊れている。
「何があった!?」と息子が子供達に問いただすと、とんでもない答えが返ってきた。
「突然ナツが殴ってきた」
「急に壁が壊れて、ナツが消えた」
「――――!」
ガツン! と、子供を殴っていた。
「父さん!」
そのまま子供を殴りつける私を息子が止める。
間違いない。
あの子供はここではないどこかへ行ったんだ。
神々に招待されたんだ。
「あの子供を探せ!」
私の叫びに、家中の者があの子供を探す。
が、見つからない。
神々の世界に行っているなら当然だ。
憎らしい。憎らしい。
私のいないときに。
私に無断で。
イライラと報告を待っていると、来客を知らされた。
こんな時に、と腹立たしく思いながら出ると、憎らしい男だった。
安倍 晴臣。
京都の名家として知られた『安倍』の当主の長男らしいが、一族では『役立たず』として有名だと聞く。
当然後継からも外されているという、取るに足らない人間だ。
そのくせ二人の息子があの子供の友達だとか、自分は代理人だとか言って、何度も「返せ」「開放しろ」としつこい。
あの子供のいないときに、面倒な。
「こんにちは」
軟弱にヘラヘラと笑い、男が挨拶してくる。
「ナツくんに会いにきたのですが、どこですか?」
「まさか、いないとか言いませんよね?」
勝手に稽古場に向かった男は、壁を見て、痣を作った役立たずの子供達を見て、しばらく黙った。
「――なっちゃんは、どこですか?」
男に問われ、役立たずの三人が余計なことをペラペラと喋る。
黙らせようとしたが、息子に止められできなかった。
「つまり、ナツくんは突然いなくなった、と?」
きっとあの子供は『神楽人』の世界に行ったのだ。
だが、そんなことを目の前の男に言ってもわからぬだろう。
ああ、私が共に『神楽人』になれるチャンスだったのに!
無性に腹が立って、ついこぼした。
「このために生かしていたのに!
肝心なときに役に立たないとは!
使い物にならない子供だ!」
「――そうですか」
男はそう言うと、スマホを取り出した。
「写真を撮っても?」
息子が勝手に許可を出す。
男は壊れた壁や、三人の怪我などの写真を撮り、三人に怪我の状態、細かな状況を聴き取り、その場で書面を作り上げた。
「正式な書類は後ほどお持ちします。
ナツくんが壊した壁と怪我をさせた彼らへの賠償に関する書面です。
この三人は病院につれていって、診断書を出してもらってください。
本日の治療費他は後日僕が支払います。
かかった病院の事務の方に、こちらの名刺の番号に連絡するように伝えてください」
「壁に関しては、すぐに修理を手配致します。
連絡を入れさせますので、しばしお待ちください。
かかる費用は全て僕が持ちます」
能の稽古場など、特別な場所だ。
壁一面とはいえ、莫大な金がかかることは明白だ。
「な、何で貴方がそこまで…」
息子の言葉に、男は平然と答える。
「僕は元々ナツくんのお母様の代理人です。
ナツくんのお母様が亡くなった今は、彼の代理人でもあります」
この男はいつもそう言って、あの子供を「返せ」と騒ぎ立てている。憎らしい。
「それに、ナツくんは僕の息子の特別な友達です。
ナツくんのことならば、どんなことでも僕が肩代わりすると、決めていました」
いつもながら、嫌な感じだ。
「だからこちらの社中にも、支援金を出していたんですが」
この男から支援金? 聞いていないぞ。
私の態度に、男はにっこりと笑った。
「ご存知なかったようですね」
そして男は言った。
「ですが、それも今日を限りに打ち切らせていただきます。
ご承知の上ご覚悟ください」
その日の夕方には工務店から人間が来て、下見を済ませ見積もりを出して行った。
金額に驚いたが、支払いは本当にあの男が持つと話す。
翌日朝一番から壁の修理にかかるという。
普通ちょっとした修繕でも、連絡してからとりかかるまでに何週間もかかるだろうに。
やはり我が家は特別なのだと、気分がよかった。
あの子供はまだ見つからない。
当然だ。神々の世界に行ったのだから。
だが、曽祖父のことを思い出すと、一晩で戻ってくるのではないだろうか。
戻ったら今度こそ、縛りあげてでも、私も同行させなければ。
私が『神楽人』になるために。
そのころのナツ
自分の作った異界の中におこもり中
「本編も読んでやってもいいかなー」と思われた親切な方!
是非読んでやってください!
説明たっぷりの初投稿版と、説明をバッサリ切った改訂版があります。
お話の内容は同じです。