【浅はかな浅学菲才】
駅を出ると、人でごった返している。にもかかわらず、駅前はさほど広いわけでもない。にもかかわらず、その狭い駅前を待ち合わせ場所にする人が多いせいで、ガードレールや駅の外壁に寄りかかる人が連なっていて隙間がない。まるで待ち合わせをしている人たちが、駅から街へ出て行く人たちを出迎えているようだった。
人の流れに乗って細い道を進む。視線の右奥にある巨大なディスプレイからは、誹謗中傷に耐え切れず失踪した芸能人、電車の脱線事故の報道が流れている。詳細を追っています、というアナウンサーの声に呼応するように、その失踪した芸能人はその脱線事故の乗客だったんだよ、と半ば強引に結びつけ、吐き捨てた。
というのも、そんなこと気にしていられるほどの余裕がなかった。街へ出るための通路はすし詰め状態で、満員電車内の状態のまま全員が行進しているかのようだった。小林は幼い頃に同じような体験をしたときのことを思い出していた。それは毎年行われる古くからの地元の祭りで、二十四節気の小満に行われる祭りでのことだ。商店街にある中央通りを歩行者天国にし、二車線の道路の両側に数百の屋台が立ち並ぶことで有名な祭りだった。屋台の連なりは百、二百メートル程度続いているため、小学校の頃はいろんな屋台を見て回ったものだった。
しかし、二車線とはいえ、道の両側に屋台が立ってしまうので人が歩ける道は限られてくる。おまけに地元で有名な祭りともあれば、家族連れ、中学生たちの格好の遊び場、初々しいカップルの初デートには最適で、訪れる人が多い行事でもある。両側に屋台の立ち並んだ道を歩くのは、大名行列。まるで満員電車だった。屋台の前で立ち止まり、眺めたり、購入する人がいる分満員電車よりもたちが悪い。流れに沿って進めないのだ。それだけでなく、食べ歩きをする人も多いため、誰かのソースやシロップが知らず知らずのうちについてしまうため、白いシャツで祭りに赴く代償は大きい。
そんな不快極まりない屋台通りだが、子どもの頃は、楽しみにしていた行事のひとつで、実際に祭りに行くと楽しいという他なかった。寧ろ、その人混みの中を歩くという新鮮さが、田舎民特有の非日常感を際立てていて、好感を持って楽しんでいた。それが今では、駅から流れるように出ている人の流れ如きで不快だと思ってしまうとは、人間成長すると変わってしまうものだ。子どもの頃に楽しかったことが、大人になってみればそれほど楽しいと感じられなくなっている。
駅前から十数メートル歩くと、道幅が広がったこともあり、人と人との距離も少しずつ広がる。信号待ちをしていると、反対側にもこちら側と同じくらい多くの人波があった。小林は「すいません」と人と人との間を潜り抜け、横断歩道の端に寄った。真ん中を歩いている人たちはきっと相当反射神経がいいのだろう。まっすぐ歩いていたら普通に考えてぶつかる。まともにまっすぐ歩けやしないはずだ。集団行動のようにギリギリをすり抜けられるのなら別の話だが。
信号が青になった。小林は横断歩道の一番右端を歩いた。自然と横幅が膨らむため、渡り切ったときは横断歩道からはみ出ていた。そのため、ガードレールに阻まれ、中に入ろうとしても人の波で入れず、跨ぐことになった。
そこで小林は自分の失敗に気づく。なぜ右端を歩いたのだと後悔する。小林の目的地は横断歩道を渡って正面にあるビルだった。大体の人が横断歩道を渡ったと右側に曲がるため、右端を歩いていた小林はその人の波に阻まれてビル側に渡れないのだ。
仕方がないので人の波に乗ってしばらく進んだ。数十メートルすれば皆、繁華街のある左側に曲がることを知っていたので、人の波はすぐに消える。そのうち信号も赤になって、人はまばらになった。
小林は来た道を数十メートル戻り、目的のビルの前にたどり着く。駅の東口から出て百メートル程度しかないはずなのに、こんなにも時間がかかるとは困ったものだ。走れば二十秒もあればつくはずなのに、五、六分は経っている。
小林はビルの外壁に寄りかかった。インスタグラムのトーク画面を開くと「ごめん、ちょっと遅れそう。ほんとにごめん」というメッセージが届いていた。
約束の時間を十分過ぎて彼女は現れた。来てすぐに「ごめんね」と彼女は言った。「余裕持って準備してたはずなんだけど、行く直前になって戸惑っちゃって」
「まるで先輩に恋する、少女漫画の女子高生だな」
特に意味もなく口にしただけだったのだが、比奈は思った以上にその言葉を真に受けていた。「いや、そんなこと……」と言った切り俯いて、肩にかかる髪を何度か撫でていた。
花柄の緩いワイドパンツに、ノースリーブの白いブラウス。肩を露出させ付近がシースルーになっているトップスを着ているのは、比奈の顔立ちにしては珍しいと思った。パンツが黒主体なため、モノトーンで全体的に大人っぽく見える。何年か前、大学に入ってすぐに一度会ったときはもう少し華やかな大学生、といった雰囲気を感じたはずだが、今日は何処か大人びて見える。よく見ると、足元はヒールの高い黒のレザーサンダル。そうか、大人びて見えたのは背伸びしてるからか、と柄にもなく気づけば、相手の心情を見透かそうとしていた。
軽くウェーブのかかった毛先を撫でるようにしきりに触る――その仕草はまるで自分をよしよし、と慰めているようにも見えたが、実際そうではないだろうことは容易に想像できた。
じろじろ見ていたわけではなかったが、全身をたしなめるように眺めていた小林に比奈が気づく。目が合い、目を逸らすのではなく露骨に目を丸くして「ん?」と呟いてしまう比奈は、どうやら純情というよりは愚直な性格らしい。我に返ったような素朴なまなざしに、小林は好感を抱いた。
比奈が「ん?」という顔をしたので、小林も「ん?」という顔をした。比奈が首を傾げるので小林も首を傾げると、自然と比奈の頬が綻んでいった。小林は「なになに? どうした?」と問いかけると、首を振りながら「なんでもない。早く行こ」と笑いが零れた。
歩き出してすぐに小林は思った。すぐ隣を歩く比奈の顔が近いような気がした。その理由は、やはりヒールだろう。たかだか数十センチのヒールで印象が変わるとは面白いものだ。小柄な比奈には、態々(わざわざ)ヒールを履いて背伸びをしなくても、背が低いという体格が、華奢な女性をイメージさせるため不要だと思っていた。しかし、今日の容貌はまるで違った。華奢、という言葉が似合う美人、というよりは可愛いという言葉の方が嵌まる女性だった比奈が、大人の女性に見える。傍から見ても大学生とは思えなかった。それは、今日の服装を見てもそうだ。モノトーンで静かでクールな印象を与えているせいか、服や靴の違いだけでこれだけ印象を変えることができるのかと感心する。
甘えたいときは、底の薄い靴にベージュ系やワンピースで可愛らしさを印象付ける。じゃあ、ヒールの高い靴を履くときは、男性と対等な立場になり、格好いい大人な女性を印象付ける――ここぞってときに着る勝負服だろうか。男の小林に真相はわからない。女の心など見抜けるほどの優しさも労わりも持ち得ていない。ただ、なんとなく比奈の言ったことが引っかかる。早めに準備をしていたのに遅れた理由は、最初は可愛い系の服を着て来ようとしたが、玄関で出かける直前になってヒールのサンダルを目にし、「履いていこうかな」と思ったが、今自分の着ている服とは合わないことに気づき、部屋に戻ってモノトーンのコディネートに着替えていたら、時間がかかってしまい遅れた。なんて想像は、きっとただの小林の妄想だ。最近恋愛ドラマを見ていたからだろうか。石原さとみと小栗旬の関係性が魅力的だなあと思ったからだろうか。それに感化されてしまっているのだろうか。
いいや、違う。小林は女性の心を見抜けるほど優しさもなければ労わりたい気持ちすらない。だからただの空想だ。真実ではないただのフィクション。
小林は、以前に一度だけ行ったことのある居酒屋はどうかと提案する。「どこでも」と微笑む彼女は優しさを作っているのか、それとも素朴な優しさからくるものなのか、やはり小林にはわからない。「予約してないけど」と用意していた言葉を投げかけるが、「いいよいいよ予約なんか。私と来るときなんて適当で、気なんて使わなくていいから」と、全然全然と顔を手を振る仕草は、パントマイムだろうかと訝ってみる。
「まあまだ五時過ぎだし、空いてるはず」
比奈の言う通り、小林の提案した居酒屋は空いていた。まあだろうな、ここの居酒屋割高だし、と思いながら、通された席に座る。居酒屋なんてどこも安さが売りだろう。いい酒を飲みたければバーでも高級店でも行けばいい。高過ぎず安すぎない店というのは誰かと話すには最適かもしれない。隠れ家のようなバーでは静かすぎて話づらい話題も、ここでなら話せる。安さを売りにしている店は大学生の騒ぎ声が響き渡っていて話づらい。だから中途半端な値段の店が、小林と比奈の会話の身の丈に合っているのかもしれない。
通された席は、掘りごたつ式になっていて座敷で胡坐をかくより楽だった。隣の席との境はロールカーテンだけのようだった。すでに右側のテーブルには客が入っていたようでロールカーテンが下ろされていた。左側のテーブルに客はまだいなかったが、店員が案内した際に下げていった。
ロールカーテンに挟まれた空間。なんとも斬新な空間だった。個室とは少し違った感覚だった。個室の様に閉塞感があるのは確かなのだが、個室以上に閉塞感を感じた。しかし、完全な密室ではなく、ロールカーテンは薄く、隙間もあり、その向こうには人がいて、声も漏れてくる。
この店が鶏肉を売りにしていたこともあり、適当にオーダーする。テーブルには小さな七輪が運ばれて来る。その上に乗せて自分で焼けということのようだった。
「小林くん、日本酒好きなんだ」お猪口を口元に持っていくのを見計らっていたようだ。「そういう比奈こそ焼酎飲んでないか?」
「いや、私は……」ごにょごにょと何か呟いていたが内容は聞き取れなかった。次第に酔いが回り始めたのか、二人の環境に馴染んだのか、比奈は饒舌になっていった。高校時代の同級生だった頃のことを懐かしむといった定番の話題だったが、嬉しそうに話す彼女を見て小林にまで伝染したかのように笑みが零れる。
かといって、その笑みが心からの笑みではないことを小林自身はわかっていた。単に比奈が笑ったから自分も笑っただけ。コミュニケーションとはそういうものだ。心では思ってもないことを口にしてみたり、心は冷めたままであるのに平気で人は明るい表情を作る。それは、表情が人に与える印象の大半を占めていることを理解しているからだ。
しかし、それも酔いが完全に回るまでの話だった。ちょうど獺祭の五合目に入る頃には、額の体温の熱さを感じていた。酔いが回ると思ったことしか話せなくなる部類の人間だとは小林もわかっていた。血液型が大きく分けて四つに分類されるように、人間個人の酔い方も四種類ぐらいに別れると前に聞いたことがある。酔うと饒舌になる、酔うと眠くなる、酔っているのに普段と変わらない、酔うと気性が荒くなる、実際にどんな四種類の人間に分類されていたかは忘れたが、そんなところだろう。
比奈は、酔ってもそれほど普段と変わらなかった。変わると言っても、少しいつもより口を開くなあといった程度。
羨ましい、とは思わなかったが、酔っても普段と変わらない態度でいられるのはどういう感覚なのだろうと気になった。身体の熱さは感じているのか。頭のふらふらとした重さは感じているのか。そして何よりも気になったのは、「理性が働くのか」といったところだった。
小林は今、素でいるのだろう。普段頭でいろいろ考えてから行動する小林も、酒に酔ってしまえば行き当たりばったりの何の考えもなしに言葉を発する。今口にした言葉が、相手にとってどんな影響を及ぼすか、そのことで場の雰囲気が良くなるか悪くなるか、どういったメリットがあるかデメリットがあるかなど、普段考えていることを考えもしない。だからだった。
「酔ったときしか人を好きになれない」のだ。そして、その言葉は普段だったら真っ先に誰かに言うことを躊躇う言葉のはずなのに、酔ってしまっていたがために理性を失い、何の考えもなしに比奈に口走ってしまった。
最初は「え?」と戸惑っていた比奈の態度は正常だ。やはり酔いが回ってもほとんど普段と変わりないが、そのうち呆れてくるだろう。こういうネガティブな発言は場の熱量を下げる。特に大人数のときは効果覿面だ。強いて言うなら、今日二人だったことが幸いだったのかもしれない。「そういうときもあるよね」と比奈は何度も頷いた。
「そもそも、好き、っていうのがどういうものなのかあやふやだからいけないんだよね。こうなったら好き、っていう定義でもあったらいいのにそれがないから恋愛って奥が深くなっちゃうんだろうね。好きかもしれない人に近づいて見たり、逆に遠ざかってみたりして自分の心と対話してみても、ドキドキもするし、時間が経っちゃえば毎日考えていたその人のことをふと忘れていたりもする。かと思えば突然思い出したりもするし……」
テーブルの上に両肘をついて、両掌の上に顎を乗せていた比奈の表情は、どこか切なげだった。小林はピンときた。ネット通販で画面をスクロールしながら洋服を吟味しているとき、動画サイトで突如流れ出した広告の音楽、現代芸術を目の当たりにしたような感覚を覚えたピアスは、高値でも迷わず購入した。生活をしている中で、ビビッと来ることは何度かあった。それは洋服であったり、音楽であったり、絵画やアートの美術、創作品であったりと様々だった。
今の比奈の表情や雰囲気、放つオーラは、それと同じ類のものだと確信した。
「すげーいい顔してるよ、今」酔えば言葉を選ばなくなる小林は、当然思ったときにはそれを口にしていた。「なんかすげー楽しそう。今はいないけど、どっかで頑張ってる誰かのことを想像して無意識に微笑んじゃったみたいな感じ」
モノトーンの服装に似合わず、照れるように可愛らしく笑う比奈は、「違う違う、いつもこんな感じだよ」と否定していた。また手を小刻みに左右に振り、顔も左右にふるふると振る。そのたびに緩いウェーブのかかった毛先が彼女の肩に何度も膨らんでは着地した。
「化粧変えた?」
「え、わかるの?」比奈は驚いた様子だった。
「いや」小林は首を振った。高校時代のように毎日顔を合わせていれば化粧の変化にも気づけたかもしれないが、比奈とは久々に会ったのだ。化粧を変えようが変えていなかろうがそこに来たのが今の比奈なのだから、現実的に小林にわかるはずもなかった。
だからそういう意味で言ったのではない。
「久々に人の顔をじっと見た気がするんだよ」
それはまるで、今までずっと隣にいた惰性で付き合う彼女の良さに、やっと気づいたようにも、自分が今成功を手にしているのは両親が生んでくれなかったらなかった、両親のおかげだったんだ、と悟ったことにも値する小さな感動だった。




