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水族館を離れ、波打ち際に来ていた。近くにいると余計潮の匂いが鼻につく。行って帰ってくるたびに一面に泡を残していく波、それをぼうっと眺めていると、人間のコミュニケーションのように思えた。泳ぎ続けないと死んでしまう鮪の様に、人間もまた誰かと話していないと病んでしまう気がした。それだけ、人間の日常には「会話」だったり「言語」の必需性が埋め込まれている。
波が言葉なら、泡は不平や祖語だ。
テレパシーでもあれば、泡も、潮の匂いも、波の音も、そもそも波なんて必要なくなるのになあ、なんて妄想した。
「なんか海に来ると叫びたくなるな」腕を組んだ井出は小林と同じように波の行方を目で追っていた。
「山のてっぺんに上ってヤッホーって言いたくなるみたいな?」
「それとは違うかな。ヤッホーは、やまびこがあるから叫びたくなるんじゃねーの? どっちにしても、山だろうが海だろうが、人気のない美しい自然を目前にして叫びたくなる衝動って何なんだろうな。動物の本能? 美しい廃墟に行ったときは叫びたいとは全く思わないのに、この違いは何だと思う? なあ、小林」目で追っていた波の行き来から視線を外した井出が、振り向いて小林を見た。そのとき、小林はドキリとする。井出と目が合ったことで、いつの間にか波の行き来ではなく井出の横顔を見ていたことに気がついたからだった。
「憐れみ、とか?」
「なんだよそれ」井出の素朴な顔が綻ぶ。
「憐れみって、なんか上から目線っていうか、誰かに使うにはちょっとそぐわない言葉じゃん。でも、廃墟にはぴったり当てはまる言葉のような気がする」
波の音が規則的に聞こえている。その規則的な音の上に、人間の声が重なった。井出が何か叫んだのだ。何を叫んだのかは小林には聞き取れなかった。あーー、とか、うおおーー、とか、ういいーー、といったような擬音を叫んだのだろう。叫ぶというのは本来、そういうものなのかもしれない。何か言葉を叫ぶのではなく、どうしようもなくなって、心の底にある器をひっくり返したい衝動――ちゃぶ台をひっくり返す勢いで腹の底に溜まった泥水を吐き出し、残った水滴まで撥水しようと絶叫する。
小林は井出の叫ぶ姿を眺めていた。眺めている自分を俯瞰していた。
心から同情した。憐れんだ。井出がだだっ広い地平線の向こうにまで届きそうな大声を張り上げている姿と景色が、どうやら廃墟の内観を眺めたときと同じような気がしたからだ。
そのとき、頭の中に一つの道筋が浮かんだ。なんだろう、この衝動のようないたたまれなさ。俺も井出のように何か叫びたいということだろうか、と思って口を開けようとするが、そこで叫びたいのではないと気づいて口をひっこめた。
「思いついてからは早かった」そんな文章が記憶から引っ張り出されたからだ。
「それを言うなら、閃いてからは早かった、だろ」井出は叫び終えたようだ。疲れた、とでもいうように砂の上に腰を下ろし、両手を後ろについて座りこんでいた。
「どういうこと?」小林は躊躇わずに聞いた。「じゃんけんで勝ったら教えてやる」井出は素早く右手に拳を作り、「最初はグー!」という早口の掛け声に反射的に小林も右手に拳を作った。「じゃんけんほい」
じゃんけんの結果を見て、「わかっててじゃんけんしただろ」と小林は溜息をついた。井出がニッと笑う。「お前の秘密を知ってる俺にじゃんけんで勝てるはずがないだろう?」
「いきなり最初はグーって始められたら、やらないわけにはいかないじゃん」
「それがじゃんけんの壺だよ。そして俺は絶対に小林にじゃんけんで負けることはないと言い切れる。あいこが永遠に続いて引き分けにならない限りはね」
負けないじゃんけんなんて運でも何でもないじゃないか、インチキだ、と小林は急に機嫌がよくなった井出のことを睨んだ。
ふと、勝てないとわかっていてじゃんけんをする人など、いるのだろうかと思った。




