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「アイスクリーム頭痛って言うんだよ。正式名称」それを聞いてすぐに小林は「なんかダサくね」と口走った。「もっといい名前なかったのかよ。ネーミングセンスなさすぎ」

「じゃあ、小林なら何て名前つけるんだよ」意表をつかれ、少しばかりか悩む。スッと何か気の利いた名前が出てくるかと思ったが、うーと(うな)った挙句、数秒経っても出てこなかった。


 思えば、何かに名前を付ける、そういったことをこれまでしてこなかったことに気づいた。実家で犬や猫を飼ったことはなく、飼ったものと言えば、メダカか夏祭りの金魚すくいで貰った金魚ぐらいだった。水槽の中を泳ぎ回る数匹に区別はつきづらい。そもそも金魚やメダカ一匹一匹に名前を付ける人なんているのだろうか。


「名前は付けない」と小林は口にした。「はあ?」と気の抜けた返事が返ってきた。「つけないくらいだったらアイスクリーム頭痛ってネーミング馬鹿にできないだろ」まさにその通りだった。


「その、小林の馬鹿にしたアイスクリーム頭痛もな、なんかの治療に役立つみたいなことどっかで聞いたぞ」

「なんかってなんだよ」

「忘れた」

「おいおい」

「まあ、要するに自発的に頭痛を起こせるってことだ。それもアイスだから人に怪しまれずにな。ちょっと相手にいたずらしたくなったときには最適だな」

「そのちょっといたずらしたくなったときにアイスなんて手元にないだろ」

「馬鹿だなあ。持ち歩けばいいだけだろ」

「溶けるわ!」

「阿保。クーラーボックスだ」

「普段からクーラーボックス持ち歩いてる奴なんか見たことねえよ。変な奴だと思われて街中で有名人になっちまう」

「有名人になりたくない奴なんているの?」


 そう来るか、「いや、……どうだろう」と曖昧(あいまい)に答える。「へえーそうかそうか、小林は有名人になりたいんだな」と言われ、「クーラーボックス持ち歩く変な奴にまでなって、有名人になんてならなくてもいいよ」と、ああいえばこういう、といった会話に少し嫌気がさし、呆れたように溜息を()いた。


「馬鹿だなあ。流行りは作り出すもんなんだよ。自然発生する流行りなんか聞いたことがねえ。流行りは誰かが作ってるか、奇抜な自由人に感化されてんの」


 駅を出ると左折した。和かな田舎町の道路を歩いていた。少し歩いて再び左折し、ちょうど視界の奥に公衆電話ボックスが見えたところだった。井出が指を差し、「公衆電話って久々に見た気がする」と言うが、小林にはそれほど珍しいとは思えなかった。その理由が、アパートの最寄り駅の階段で、毎日目にしているからだと気づく。


「意外と東京でも駅とかで見かけたりしない?」

「しないしない」しないらしい。「最後に見たの多分中学校だわ」


 公衆電話ボックスまで行き、右折する。「わあ」と声に出したのは小林だった。「しらじらしい」と揶揄(やゆ)したのは井出。道の両側に連なっていた防風林のせいで、歩いているときはわからなかったが、途切れた防風林と防風林の間には道が続いていて、そこの奥には海が広がっていた。


 右手側に海が広がっている。その景色を眺めながらしばらく歩いた。左手側に水族館らしき建物が見えてくるが、どうやら廃館しているようだった。黄色と黒の編み込まれたロープが張ってあり、駐車場が入れないようになっている。そのロープには注意書きが貼り付けてあった。


「なんだって?」注意書きを読み入っていた小林のそばに、井出が寄ってくる。

「写真撮るなって。撮ってSNSにあげるなってことみたい」

「その熱帯魚とか?」井出が言っているのは、入り口の両脇に立っている大きなマスコットのような人形のことだろう。容貌(ようぼう)は、きんとんのような波の造形の上に乗っている地味な色をした熱帯魚のモニュメント、と言ったところだろう。偶然にもセンスがなさすぎる。まず、波と熱帯魚の組み合わせが謎だった。


「まあそれもそうだし、中に入るなって意味もあるんじゃない? 閉館して廃墟っぽく見えればみんな心霊スポットにしたがるんでしょ? 若者が無断で入ったら困ることでもあるんじゃない? 荒らされたくないとか、悪い人の隠れ家になってるとか」

「悪い人の隠れ家かどうかは知らないけど、そりゃそうだ。大抵の廃墟には管理者がいるにもかかわらず、無断で立ち入る人が多いだろうしな。言っちまえば、他人の敷地に無断で入ったり、他人の家に土足で上がるのと同じことだからね。それにSNSの普及が(うなが)してるんだよ。みんな他人に自分の近況を知らせて共感や反応を見たがるようになった。最近じゃユーチューバーとかの動画にもあがってるみたいだし、ユーチューバーは許可取ってるだろうから許せるけど、荒らして帰るやつらはエボシ様のお(しか)りを受けるべきですね。ああ、本当に(しか)るべきだ。SNSに載せるために心霊スポットに行ってるような面もあるだろ。まあ、それ自体はどうでもいいんだけど」


 つらつらと話す井出の言葉に「ああ、確かに」と相槌(あいづち)を打った。水族館とはいえ、管理者がいる。閉館したとはいえ、その水族館は管理者の持ち物だ。自分の持ち物を他人に勝手にいじくられるのはいい気がしない。考えてみれば当然の道理だった。


「あれ? ペンギンいねーか?」


 気づくと井出の姿が見当たらず、顔を振ると来た道を少し戻った先に彼は居た。ガードレールに手をつき何かを注視しているようだった。きっとペンギンだろう。


 小林は駆け寄り、「何、まだペンギンがいるって?」と井出の視線の先に顔を覗き込ませた。小学生時代の水泳を彷彿(ほうふつ)とさせる青いプールには、よちよちと歩く黒と白の動物が数匹窺える。確かにそこにはペンギンがいた。


「可哀想。放置されてるのかな」

「可哀想~~じゃなくて、可愛いの間違いだろ。さすがに放置してれば動物関連の法律に違反するわ。なんだっけ、あの、徳川綱吉の……」

「生類憐みの令! でも今はそんな法律なくない?」

「それに似たやつがあるだろうって話。ああ、だからかもな」

「何が?」

「ここを写真で撮ったり、心霊スポットにされて立ち入られたくないのがさ」


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