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 一分近くしてコール音は切れた。耳元からスマートフォンを外し、画面を覗く。そこには自分のかけた電話の履歴が縦にずらっと並んでいた。かれこれ十回はかけていた。


 明らかにおかしい――今までにこんなに電話に出なかったことは一度もない。ますます心配になった。


 苛立(いらだ)った勢いそのまま、足をずんずんと動かす。大学の校門を抜け、地下鉄の駅へと向かう。松村京谷があんなに非情な人間だったとは、中村夢莉も正直思わなかった。頭がいいことを棚に上げて、堅苦しい理論を並べて「俺は正しい」と主張する弱者を見下し侮辱する光景が蘇った。再び苛々として、思わず顔をしかめた。あんな奴、一度でも友達だと思った自分が馬鹿だった。見損なった。そんな思いが(はら)の底から込み上げ、更に頭に血を上らせた。


 ちょうど、地下鉄の入口へと入るときだった。階段を下ろうと興奮そのままに左に曲がったとき、階段を上ってきた人とぶつかった。相手は若い男性で、「すみません」と呟いたが、明らかに自分の方が悪かった。「すみません、私がちょっとぼーっとしてて……」


「いえ、そんなこともありますよ」そう言って男性は、ぶつかった際に手放してしまったハンドバックを地面から拾い上げた。


 差し出されたハンドバックを受け取る。


「ほんと、すみません。気をつけます」


 男性はにっこりと笑うと、その場を去った。


 そのとき、ちょうど地面にスマートフォンが落ちているのに気づき、中村夢莉は男性が落としていったのだと思った。それを掴み、もと来た道を戻るように男性が進んで行った道を戻るのだが、どういうわけか男性の姿が見当たらない。そう思ったときに見えたのは、ちょうどバス停のところでバスに乗り込む男性の姿だった。思わず「待って!」と大きい声を出す。しかし、男性が気づくこともなく、バスはそのまま進んでいった。


 バス停の位置からして、バスの行く先の終点は池袋駅だと知っていたが、男性が池袋で下車するとは限らなかった。これから地下鉄と山手線を使って池袋駅に行き、先回りしてバス停で待ち構えることも可能だと思ったが、駅構内を移動してバス停に着くまでには五分はかかった。以前、バスに乗り遅れた際に電車を使って池袋に行ったことがあったが、待ち合わせ場所の家電量販店の前に着くためには、ほとんど所要時間は変わらない、若しくは地下鉄の方が遅かった気がした。


 得策ではない、とは思えども、このまま男性のスマートフォンを手にしているわけにもいかない。交番に届けようか。そんな方法もあった。しかし、中村夢莉は男性に一言「落としましたよ」と手渡したい気持ちがあった。今しがた、松村京谷に人の善意を否定されたばかりだった。人間から善意を奪ったら、AIやロボットと同じだ。そう思った彼女は(きびす)を返し、再び地下鉄構内へと歩を進めた。


 男性のスマートフォンに電話がかかってきたのはちょうど山手線に乗っているときだった。サイレントになっていなかったようで、大きな呼び出し音が列車内に響いた。突然の音にびっくりし、思わずフリックし、電話を切ってしまった。周囲の乗客の目が痛い。以前ブルートゥースにつながっていないことを知らずに音楽を流したことがあったが、そのときと同じような羞恥に駆られる。


 電話が切れた後でせめてマナーモードにしようとするが、ちょうど池袋に着くアナウンスが聴こえたので躊躇(ためら)われた。再び折り返し電話が来ることも考えられ、今か今か、出たらなんて話そう、とびくびくしていたが杞憂(きゆう)に終わった。中村夢莉は列車を降りると、足早に東口へと向かう。何度も来ていた池袋なので、行き方は心得ていた。改札を抜けて左に曲がり、フクロウの横を抜けて階段を上る。すぐ目の前の大きな横断歩道の信号は青だった。ラッキーだ、と思うまでもなく小走りに渡った。もう一つの横断歩道も走り抜け、バス停の下車口に着く。ちょうどバスから人が下りているところだった。「間に合った」


 男性は、一番最後にバスから降りてきた。その姿を見つけ、中村夢莉は駆け寄った。しかし、すんでのところで脚が止まる。男性の後ろから女性が下りてきたのだ。


 二人は中村夢莉に背中を向けてどこかへ向かうようだった。


 気づけば親しそうな二人を眺めていて、二人は池袋の街へと姿を消していた。

 仕方がない、交番に届けよう、そう思ったときにちょうど視界が暗くなるのを感じた。


「だーれだ」


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