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 数日の間家に(こも)りっきりだった松村京谷が、再び大学に行ったのは十日後のことだった。再三、橋部琢巳から届いていたラインのメッセージを大学へ行くまでの列車内で、松村京谷は見返していた。気が散るから、とスマートフォンの電源を落としたままでいたためか、彼からのメッセージは何通も溜まっていた。「昔口説いた人から連絡あったんだ」「受けようと思ってる、結構真面目に」「今度紹介してやるよ」そういった類の話は今に始まったことではない。彼は日ごろからナンパを趣味にしていたため、以前からそういった関係の話を良くした。


「史書室に行くわ」と二日前のメッセージの下に返信をし、松村京谷は電車を降りた。


 地下鉄の階段を上って、地上に出た後、大学までの道のりを歩いた。たかだか十日とはいえ、久しぶりに歩いたような気がして積極的に脚が回った。気分が乗った。大学の校門を通り、キャンパス内に入る。一番奥にある六号館に入り、エレベーターに乗って六階の史書室へと向かった。


 エレベーターのドアが開き、六階に着く。右に出て数歩も歩けば史書室のドアだ。透明なガラスの向こうにソファと、室内の壁に沿うようにある本棚は幾分見慣れたものだ。いつもこの時間なら琢巳がいるはずなのだが……ソファの上に橋部琢巳の姿はなかった。そのうち来るだろうと思い、史書室の扉を開けてソファに座った。スマートフォンで屋上遊園地について調べ始める。


 ほどなくして、史書室のドアが開かれる。その音に反応したが、目はスマートフォンに落としたままだった。「どうだ、今度の女の人はいい人そうか?」と屋上遊園地の写真を眺めながら呟く。返事がないため、顔を上げるとそこにいたのは中村夢莉だった。


「なんだ、中村かい。琢巳かと思った」

「それはこっちのセリフよ」と中村夢莉が溜息を吐く。

「こっちのセリフ? どういう意味だ?」

「ここ二、三日、橋部くん見かけないのよ。同じゼミの子に聞いたら、ゼミも休んでるようだし、学校自体来てないんじゃないかって」

「そんなの今に始まったことじゃないだろう」と再び屋上遊園地の写真に目を落とした。「どうせまたナンパか、それか不倫旅行に熱海にでも行ったんじゃねーの。あいつ金持ちだしな。そもそも大学に来なくたって次期社長の席が空いてんだ。友達作るんなら、金で買えるしな」というか十日空けた俺のことは心配しないのな、と内心思う。


「そうだといいんだけど……でもなんか気になるのよね。ナンパでも不倫でも、行く前に私たちに話してくじゃん。いつもなら」

「俺んとこには、昔口説いた女と付き合うみたいなメッセージ来たけど」

「そう、それならいいんだけど……」

「何、心配なの? 柄にもなく」そう問いかけると、「いや、うーん……」と中村夢莉は考え込んでしまった。珍しく思い悩んでいるようだ。


 最初、それは中村夢莉が橋部琢巳のことを好いているからだろうと思ったが、彼女の顔を見れば、それは違う気がした。好きで心配するのと、今の彼女の表情は雰囲気が違った。何かわからないけど嫌な予感がする、不吉、そんな状況を想像している、そういった類の表情のように思えた。


「まあそのうちひょっこり現れるよ。よお、久しぶり、なんて言いながらな」




 その日から十日が過ぎたが、橋部琢巳が「よお、久しぶり」と言いながらひょっこり大学に姿を現すことはなかった。


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