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その日、僕らの日常は崩れ去った  作者: 九頭竜 大河
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第四章 生きるか死ぬか。④

「ねえ、これからどうするの?」

 誰かが、暗がりからねねに聞いた。

 ちょっとは自分で考えたらどうだ。と、思わず言ってやりそうになるのをぐっと堪え、僕はねねを見やる。

「裕也、どうしよう」

 ねねは、柚葉が人を殺してしまったことを、本人以上に気に病んでいるようだった。

 僕は何も言わずにねねの髪の毛を撫でた。

 言葉よりも、僕の体温で彼女を暖めてあげたかった。

「大丈夫。大丈夫」

 ねねは自分に言い聞かせるように、僕に強い眼差しを向けた。

 こんな顔もできるようになったんだ。

 ねねは、僕が思っているよりもずっと大人だった。

 ねねは大丈夫。

 僕がきっと支えてみせる。

「裕也、変態」

「裕也、手つきがいやらしい」

「いやらしい」

「イヤラシい」

 例によって、そんな僕らを双子が茶化す。

 よかった。双子もいつもの調子を取り戻してきたみたいだ。

「うちらの常識は、この世界では非常識や。ようわかったわ」

 柚葉は覚悟を決めた目で、ライフルに弾を込めながらひとりごちた。

 みんな、こんな極限の状態で、急激に成長したような気がした。

 なんだか、とても心強い。

「犯人たちを襲うにしても、まず、奴らがどこにいるかがわからないと、どうしようもないよね」

 ねねが顎に手をあてて、真剣な眼差しで考え始めた。

「学校外にいたら、手出ししにくいし……」

「職員室」

 ぼそっと、南が呟いた。

 南も、だいぶ気持ちが落ち着いて来たようで、手にしたリボルバーを弄んでいる。

「え?」

 僕が聞き返すと、南は僕の顔を真っすぐ見た。

 いつも人と目を合わせないようにしている南の強い眼差しに、僕は少したじろいだ。

「職員室じゃないかな? あいつらがいるとしたら」

「職員室? なんでそう思うんや?」

 この間にも、いたるところから銃声が聞こえて来ている。音楽室から出るだけでも危険なのだ。犯人を探しに行くとしたら、尚更だ。それだけに、真剣に話し合わなければならない。

「あの人たち、校内放送したでしょ」

「せやったら、放送室から放送してたんと違うん? なら、あいつらがおるんは放送室やろ」

「ほら、職員室には、教師専用の放送室があるでしょ?」

「なんなんそれ?」

 それは、僕も初耳だ。

「私、学級委員だから、職員室に行く機会が多くて知ってるんだけど。緊急性の高い、臨時のお知らせの時とかは、放送室じゃなくて、職員室の放送室から全校放送してるの。放送室の放送よりも優先されるから」

 そんなシステムがあるのか……。

 職員室は、生徒たちの教室がある南棟の一階にある。

「確かに。テロリストが占領するのに、一番都合がいいかもしれないわね」

 ねねも同意する。

「生徒たちを見守る殺し屋は、職員室におりました。と。なんだか、奴らはこの学校の生徒を本当に殺し屋を仕立て上げてるみたいだ」

 僕は、苦々しい気持ちで言葉を吐き捨てた。なんと言う皮肉だろう。

「それなら、奴らの狙いは成功や。うちはもう、殺し屋になってもたわ」

「柚葉……」

 悲痛そうな顔で、ねねが柚葉を見る。

「ねね。そんな顔するんやめや。うちは、誰かを守れたことが、嬉しいんや」

「本当にありがとう」

「照れるやん。やめって」

 僕はねねに、あらためて意思を確認した。

「これからどうする?」

「職員室を、襲う」

「襲って? どうするの?」

「あのリーダー格の男に、この殺し合いをやめさせる」

「日本語が通じるような相手には思えんかったけどな」

「じゃあ、それじゃあ……」

「殺す?」

 僕は、普段なら決して口にしないその言葉を口にした。

 柚葉が南を守ることで、現実味を増した、その言葉を。

「当初の目的通り、死刑にするんだね?」

 ねねは、静かに、頷いた。

「わかったよ」

「殺す!」

「ころす!」

「うん。そうするしかない。きっと。私たちは、正しい」

「ねねは正しいよ」

 僕は心からそう思っていた。

「私も行こう」

 南も立ち上がり、リボルバーを握りしめた。

 死が支配するこの世界で、悲惨な惨状を目の当たりにしても尚、みんなを守ろうとするねねの覚悟を、僕は心から尊敬した。

 僕たちは、意を決して音楽室を出た。

 手に手に武器を持ち、それでも、使ったことの無いその鉄の塊が、僕にはとても頼りなく感じた。

 ねねについて音楽室を出たのは、僕と双子と柚葉と南の六人だけだった。

 南がついてきたことが、僕には以外だった。

 その目に宿った光は、さっきまで震えていた女の子のそれには思えない。

 もしかすると南は、実はとても強い子なのかもしれない。

 音楽室から出ることの出来なかった他のクラスメイトを攻めようなんて気持ちは、僕たちにはこれっぽっちもなかった。

 僕らも彼らも、自分の信じる、自分の人生を選んだだけだ。

 ただ、無事でいてくれたらと思った。

 僕らは、覚悟を決めて、職員室へ向かうために階段を下った。

 



 凛は三年生の教室を占領した後、職員室へ向かった。

 奴らが占拠しているとしたら、ここしかない。

 最初に校内放送が聞こえたときから、凛はそう確信していた。

 奴らが潜伏しているとしたら、どんな罠が仕掛けられているともわからない。

 職員室の前まで忍んできた凛は、職員室の扉の横にしゃがみ込み、軽くドアをノックした。

 何も反応がない。

 指を二本だけ使って、軽くドアを押すと、ドアは簡単に動いた。

 鍵がかかっているわけではないようだ。

 飛び込もうか。

 いや、それだと、蜂の巣にされる危険性がある。

 凛は、他クラスの生徒から奪い取った学生服を、ドアの隙間にむけて高々と放り上げた。

 途端、

 ダダダダダダダダダダ。

 学生服は空中で舞いながら蜂の巣にされ、小さな端切れへとその姿を変え、ひらひらと地面に舞い落ちてくる。

 やはり。

 凛はぺろりと、唇を舐めた。

 弾の飛んで来た方向からすると、敵の位置は、あそこだ。

 迷っている暇はない。

 こうしている間にも、誰かが殺されてしまうかもしれない。

 凛は正確に敵の位置を把握すると、今度は足で思い切りドアを蹴り開け、姿勢を低くしたまま滑り込むように職員室に突入した。

 ダダダダダダダダダダ。

 再びマシンガンが乱射され、机の上の書類が打ち抜かれ、紙吹雪のように宙を舞う。

 凛は弾を避けながら、迷路のように配置された教師用の大きな鉄の机の間を縫い、敵の兵士のもとへ一直線に駆け抜ける。

「はあっ!」

 気合いを乗せた刃を、敵の首筋に正確にヒットさせた。

「ぐはっ……」

 小さく悲鳴を上げ、兵士は倒れた。

 すぐに踵を返し、次の兵士に刃の矛先を向ける。

 最初の兵士がやられるのを見ていた兵士たちは、凛がただ者ではないと一瞬でわかったのだろう。容赦ない弾丸の雨が凛に襲いかかった。

 四方八方から弾丸が飛んでくる。

 これは、避けきれそうにないな。

 凛は走りながら、刃を抜き、弾丸を切り裂いた。

 キンッ。

 小気味よい音をたてて、弾が砕かれ、軌道をかえて遥か彼方に飛んでいく。

 いける。

 キンッ。キンッ。キンッ。

 凛は弾を切り裂きながら、職員室のいたるとこにいる兵士を次々になぎ倒していった。

 机の上を飛び、次々に兵士に襲いかかる。

 長い黒髪を振りかざし、日本刀を華麗に振りかざすその姿は、とても壮観だ。

 さすがにこれは真似できないと、香奈は職員室の入り口から少し顔を出して中の様子を見て思った。申し訳ないけど、凛にまかせるしかない。


 なんという娘だ。

 要は、職員室に備え付けてある放送室のドアに付いている小さな窓から、凛の戦闘を眺めていた。

 自分の兵士が倒されていく悔しさよりも、要は凛の姿に魅入っていた。

 美しい。

 生を全うしようとする者の美しさだ。

 この国もまだ、捨てたものではないかもしれない。

 要は唇の端で冷笑を浮かべた。


 凛は最後の戦闘員を背後から羽交い締めにして、首に白刃を突き付けていた。

「要はどこだ」

「うぅがっ」

 凛の気迫に、兵士は恐怖のあまり声にならない声をあげ、目で放送室のドアを示した。

「そうか」

 凛は放送室の扉を睨みながら、兵士の首に止めを射した。兵士が机の間に崩れ落ちる。

「凛。お疲れさま」

 香奈が職員室の入り口に立ち、凛に賞賛の言葉を贈った。

「香奈。あそこだ」

 凛は刀を鞘に納めつつ、香奈に放送室の扉を示した。

 香奈は頷き、二人は放送室へ歩んでいった。

「要。ここにいるんだろう? 出てこい」

 扉の直前まで来ると、凛は、透き通った良く通る声をかけた。

「ご名答」

 冷たい声とともに、放送室のドアが内側から開かれた。

 そこには、手にマグナム銃を持った要が立っていた。

「どんな御用かな。お嬢さん」

 放送室にいたのは要一人だった。どうやら、放送室は司令室の役割をしていたようだ。

 要と凛は、しばらく無言で睨み合った。

「この戦闘を終わらせたい」

 沈黙を破ったのは凛だった。

 要は口もとに薄く笑みを浮かべた。

「終わらせる? それは私も望むところだ。私のルール通りに、最後の一クラスに残れば、この戦闘は終わる」

「それでは遅い。私はいますぐ終わらせたい。もう誰も死なせたくない。殺し合わせたくない。」

 みんなを、守りたい。

「こいつを殺すぞ?」

 凛は近くに転がっているバルト国兵士の喉元に、日本刀の切っ先を突きつけた

「ああ、どうぞ、お好きに。弱者にかける情けは無い。ついでに私も殺すと良い」

「そうさせてもらってもいいが……?」

 右手の手のひらを天井に向けてこともなげに答える要に、凛は内心たじろいだ。

 この男、何を考えているんだ……。

「ただし、不慮の事故で私が死んだ場合は、この学校の敷地が跡形も無く爆発するような仕掛けをしてある。学校と心中する覚悟ができているなら、どうぞ。やるがいい」

 そういうことか。

 どこまでもいやらしい男だ。

 要の言葉が真実かどうか、確かめる手段も時間もない。

「どこまでも癪に障る奴だ」

「どうも。お嬢さん」

 要は恭しく頭を下げた。

「私は、この選別で、最高の殺し屋を育て上げたい。最高の殺し屋こそが、最高の愛国者だと私は信じている。貧困。災害。さまざまな負の要素が積み上がったこの時代に必要な英雄こそが、心を鬼にして戦える殺し屋。冷徹な者でなければ、この国を、凶悪な諸国から守り通すことが出来ない。この学校中に、小型の監視カメラを仕込んである。リアルタイムで送られてくる君たちの映像は、実に素晴らしいよ。この国で無意味に生きている人間の一生よりも、この学校で経過する一時間の方がずっと価値がある」

 要は、この世ならざるものを見るような目で、凛の後ろの空を見ながら演説をぶった。

 ああ、駄目だ。こいつには、日本語が通じない。

 凛は、要と議論することを諦めた。

「それでは、要求をかえよう。私は、私のクラスメイトを守りたい」

「ほう。正義感溢れる。素晴らしい」

「私のクラスメイトには、体の弱い者が多い。私が戦っている間、今このときも、他のクラスの連中に殺されるかもしれない。だから、私のクラスメイトの命を保証してもらいたい」

 要は口端で笑うと、冷ややかな目で凛を見下ろした。

「どういうことだ? 私に、見返りはあるのかね」

 凛は、小さく息を吸い、鋭い目で要を睨み上げた。

「最高の殺し屋に、私がなってやる。この学校中の生徒を、私一人で、殺す」

「ほう」

 要は微かに頷くと、腕を組んでドアにもたれかかった。

「そんなことができるのかね」

「既に三年生の教室は占拠した」

「君一人で?」

 要は目を見開き、大げさに驚くそぶりをした。

「そうだ」

「それはすごい」

 監視カメラで見ているはずなら、既に知っているはずだろう。

「私一人で、この学校中の生徒を、倒す。その見返りとして、私クラスの生徒の安全を保証しろ」

「それで、私側にはどのようなメリットがあるのかね」

「特にない。しかし。お前に、最高の映像を提供してやろう」

 凛は切っ先を要の喉元に向けた。

 要はその切っ先を興味なさげにうつろな目で一瞥すると、すぐに視線を凛に戻した。

「ああ、君にはそれができると」

「できる」

「なるほど、ならばまず、この部屋を襲おうとしている一年生を始末してもらおうか」

「一年生を?」

 一年生?

 なんのことだ。

 凛はちらりと後ろにいる香奈を見やった。香奈も事情を理解していないようで、無言で首を振る。

「そうだ。さっきから、この部屋の様子を窺っている一年生の集団だ。どうやらこの部屋を襲うらしい。君と違って、気配が隠しきれていないがね。ははは。実に稚拙な集団だよ」

 他にも私と同じことを考えた生徒がいたのか。

 凛は心の中で舌打ちをした。

「そいつらを襲えば、信じてもらえるのか?」

「ああ、もちろん。君のクラスメイトの安全は保証する」

 凛の質問に、要は確かに頷いた。

 そうか。

 私の守りたい者を守るためには、こいつの言う通りにするしかない。

「ふん。そうなら、やってやろう」

「ああ、やはり君は、面白い」

 要は冷笑を顔いっぱいに浮かべると、うんうんと頷いた。

 凛は刀を鞘に納めると、踵を返して職員室を後にした。

「どうするつもりなの?」

 早足で歩く凛に追いすがって尋ねる香奈に、凛は涼しい表情で言った。

「もちろん、殺すのよ。あいつの言うように」

「凛……」

 凛は階段まで歩くと、急に走り出して階段の裏側へと飛び込み、刀を抜いた。

「そこか!」

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