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その日、僕らの日常は崩れ去った  作者: 九頭竜 大河
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第三章 それぞれの選択

「ああ、あいつ、また殺りよったで」

 柚木が、うつぶせになってライフルを構えながら、スコープで隣の棟を覗き込んで報告する。

「あの、二年の男子生徒。えぐいわあ。えげつない殺し方しよってからに」

 柚葉の報告によると、教室のある棟は戦場と化しているようだ。

 いち早く逃げて来てよかったと、僕は心から思った。

「無抵抗の生徒を、次から次へと殺して回っとる。なんて奴なんや。お、他の階で他の生徒も殺りあってるで。一階では、生徒同士で銃撃戦や」

「ねね」

 僕は、隅っこで膝をかかえるねねに声をかけた。

「ねね、大丈夫?」

 ねねはきっと落ち込んでいるだろう。そう思って、ねねの肩を叩こうとした僕だったが、ねねががばっと勢い良く顔をあげたので、僕は逆に後ろに倒れ込んでしまった。

「ねえ! やっぱりこんなの、おかしいよ」

「ねね。もっと声を小さくして」

 興奮気味のねねを、慌てて僕は制した。

 この音楽室にも、いつ誰が攻め入ってくるとは限らないのだ。

 一応、音楽室にあった机を廊下側に倒し、それを何段にも重ねて簡易的なバリケードは作ってあるが、どこまで効果があるかはわからない。机の引き出しは鉄でできているので、拳銃の弾くらいならば弾き返してくれると、微かに期待はしているが。

「あ、うん。ごめんなさい。ねえ、考えたんだけど、あいつらの鼻、へし折ってやらない?」

「あいつらって?」

「バルト国よ」

 ねねはまだ、諦めてないようだ。

 そんなところが、どこまでもねねらしい。

「うん。まあ、僕もそうしたいけど、でも、どうやって?」

 ねねの力にはなってあげたい。あげたいが、諸手を上げて賛成する訳には、やはりいかなかった。

「教室でも言ったけど、他のクラスと協力して、みんなで奴らを倒すの。数の力で」

「そうしたいけど、ねね、僕らで、訓練されたあいつらを倒したりできるかな?」

「それもそうやし、第一、他のクラスの連中、信用できるんか?」

 柚木もライフルを覗き込みながら話に参加して来た。

「私が見る限りでは、誰が敵で誰が味方かわからんって感じやで。混乱したこの状況で、ましてや敵のクラスを信用したりできるなんて、私には思えんけどな」

「でも、さっきは、二人とも私を応援してくれるって言ったじゃない」

 少し勢いを失ったねねが唸る。

「あんたの言うことは、大筋は指示する。そうやけど、問題は手段や。他のクラスの連中を信用するって点が、うちはどうもな。納得いかんねん。特に、この目で惨状を目撃してしまっている今となってはな」

「ゆ、裕也は、どう思うの?」

 音楽室の床にぺたんと座り、不安そうに僕に顔を向けた。

「僕も、他の生徒を殺したくなんか無い。でも、いまこの状況で他のクラスに使者を出すのは危険すぎる」

 ねねはぐっと押し黙った。

「ねね戦う? あいつらと戦うの?」

「ねね、かっこいい!」

「らら手伝う」

「ももも」

「ふたりとも、ありがとう」

 ねねは、そばに寄って来た双子を抱きしめた。

「とにかく、何か手を考えなきゃ」

「そうだね。とにかく、今僕らが持っている武器を確認しよう。手玉がわからなきゃ、作戦の立てようが無い」

 僕は音楽室内をぐるっと見渡して、武器を確認した。

 音楽室には、僕らの他に数名の女子生徒がいるだけだ。

 ライフル、ショットガン、マシンガン、それに、拳銃が数丁。

 あっ……。

 そういえば、南がいない。

 教室を出たときは、確かについてきてたのに。

 死んだ……?

 ぞわっと、寒気が僕の背中をさすった。




 どうしよう。

 裕也君たちとはぐれてしまった。

 裕也とはぐれた南はひとり、四階の女子トイレに隠れていた。

 裕也たちと教室を出た後、廊下を歩いていると、真後ろにいた生徒が撃たれ、その生徒が前のめりに南に倒れ掛かってきて、南はそのままうつぶせに死体の下敷きになった。

 這い出そうと思えば簡単にできたが、気が動転していたし、走って逃げていく裕也を追う背後からの足音に恐れ戦き、その場から動くことが出来なかった。

 結果的にそれは功を奏したようだった。

 南と同じように逃げ後れた生徒たちは、次々に撃ち殺されていっていた。

 四方八方から鳴り響く銃声。

 叫び声。

 まんじりともせず、南は騒ぎが収まるのを待った。

 周囲の銃声が遠ざかってから、南はようやく死体を体からどかして立ち上がった。

 制服には血がべっとりとついていて生臭い。

 大丈夫。これは私の血じゃない。

 気を失いそうになる南は自分にそう言い聞かし、周囲の状況を確認しようとして廊下を見て、吐き気を催し、慌てて口に手をあてた。

 廊下は血と、死体で埋め尽くされていたからだ。

 血の川が流れている。

 異臭がする。

 南は腕で鼻を隠した。

 死体にはおびただしい銃弾の跡。

 見知った顔が、目の前で亡くなっていた。

 どうしよう……。

 思考停止に陥りそうになった南は、近づいてくる足音に、咄嗟に体を低くして女子トイレへと走り込んだ。

 途中で、落ちていた拳銃を拾った。

 トイレの個室へ逃げ込むと、南は武器を確認した。

 リボルバータイプの拳銃だ。

 装弾数は六発。

 六発か。

 南は震える手で拳銃を構え、トイレの外を窺うために個室から出て入り口まで忍び寄った。

 トイレは廊下の一番隅っこにあるため、誰かが目の前を通り過ぎるなんてことはない。

 少しだけ顔を出して、周囲の様子を窺う。

 こそこそと、何人かの生徒が廊下を忍び足で歩いているのが見えた。

 慌てて頭を引っ込める。

 この後どうしよう。

 裕也くんたちに合流しようか。

 きっと、音楽室にいるはず。

 音楽室は、渡り廊下を渡ってから二つ教室を通り越したところにある。

 行ける。かな。

 姿勢を整えて、走ってトイレから出ようとしたそのとき、隣の男子トイレに誰かが駆け込む音が聞こえて、南はまたトイレの中へ引っ込んだ。

「はあっ、はあっ、はあっ」

 怪我でもしているのだろうか。

 聞こえてくる息使いが荒い。

「おい、大丈夫か」

「うん……。大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ! いいから、喋るな」

 声を聞く限りでは、どうやら二人組の男女のようだ。

 女子生徒の方は怪我をしているらしい。

 布を裂く音が聞こえた。

「ほら、これで止血する。いいか?」

「がはっ……」

 女子生徒が苦しげな声をあげた。

 南は、いてもたってもいられず男子トイレを覗き込んだ。

「だ、大丈夫、ですか?」

「誰だっ!」

 突然の南の登場に驚き、男子生徒が拳銃を南に向けた。

「わっ。ごめんなさい」

 南は両手をあげて降参のポーズをした後、すぐに女子トイレへ逃げ帰った。

「ごめんなさい。苦しそうな声が聞こえたので、その、なにか手伝えないかと思って……」

 声だけで弁解する。

 襲われてはたまらない。

「ごめんなさい。私たち、とても怯えていて、思わず銃を向けてしまったの」

 女子生徒が優しげに語りかけてきてくれたので、ねねはほっとした。

「こら。あまり喋るなよ」

「だって、いまの下級生の子、怯えていたんですもの」

 南は、もう一度男子トイレを覗き込んだ。

 女子生徒はそんな南に笑顔で会釈する。

「二年生、ですか?」

 腕につけたブレスレットから、南は女子生徒たちの学年を推測した。

「そうだよ」

 男子生徒は、今度は落ち着いた様子で、南には見向きもせずに女子生徒の止血を行っている。

 女子生徒の腹部は血で覆われており、とても痛々しい。

 とてもじゃないが、動かせる状態ではなさそうだ。

「大丈夫。ですか?」

 南はそれしか言葉が浮かばなかった。

「大丈夫なわけあるかよ」

 男子生徒は荒々しく、悲しげに応えた。

「二年生のフロアには行かない方が良い。命が惜しければな」

「どうしてですか?」

「二年生の荒木君って、知ってる?」

 女子生徒が優しく尋ねる。

「……知りません」

 自分のクラスの生徒ですら全員の名前を覚えていない南だ。

 他の学年の生徒を知る由もなかった。

「荒木。あいつは暴君だ」

 男子生徒が苦々しく呟いた。

「同じサッカー部で、同じクラスだったから、仲良くしてたのに、それなのに、畜生。もともと、怒ったときには手が付けられなくなる奴だった。でも、これほど恐ろしい奴だったなんて、思いもしなかった」

「そうね」

「それって、どういうことですか?」

 今後のためにも、他の学年がどういう状況なのか聞いておかねばならないと南は思った。

「こんな状況になってから、クラス委員長として荒木はクラスの生徒を脅したんだ。他クラスの生徒は徹底的に殺せ。俺の命令に逆らう奴は殺すってな」

 同じ学び舎でこれまで授業を受けていた生徒のなかに、そんな生徒がいるなんて……。

 南は衝撃を受けた。

「実際、あいつは徹底的に殺した。他クラスの生徒はもちろん、自分の意にそぐわない同じクラスの奴も皆殺しだった」

 たった一発。

 たった一発の銃弾で、人の一生を終わられることが出来る。

 何年、何十年、その人が築き上げてきたことが、たった一瞬で失われる。

 なんて恐ろしいんだろう。

 南は想像し、戦慄した。

「最初は俺も手伝った。何人か殺したよ。自分を守るためだった」

 男子生徒は、血で染まった自分の手を見つめた。

「一時間経って、セーフゾーンが解除されたら、他のクラスを襲撃に行くって言い出したんだ。それで、俺は荒木のグループから抜けることを決心した」

 男子生徒は、血だらけの女子生徒を優しいまなざしで見つめた。

「隣のクラスにいる優香を守るためだ。でも、できなかった。俺の裏切りに気づいた荒木が、優香を撃ったんだ……」

 男子生徒は口を固く結び、その歯の隙間から、小さく嗚咽を漏らした。

「くっ……。くっ……」

 優香が、そんな男子生徒を優しく撫でる。

 南はそれ以上、二人を見ていられなかった。

 目頭が熱くなるのを感じた。

「私は、自分のクラスの子を探しに行きます」

「気をつけてね。荒木君からは絶対に逃げるのよ」

 自分の最後を悟ったように、優香は、優しく微笑みかけた。その傷は深く、動かせそうにはなかった。もし誰かがトイレに来たら、きっと逃げ切れない。

 南は、想像するのをやめた。

「わかりました。ありがとうございます」

 南は深々と頭を下げて、男子トイレを後にした。

 その手にはリボルバーを握りしめて。




 セーフゾーンが解除されてからまだ三十分と経っていないのに、二年生の階は、既に血の海と化していた。

 生者よりも死者の多いその階で生き残った人間はわずかだ。

 一時間が経過するその前に、荒木はクラスメイトの選別を行った。

 体の弱いもの、荒木に逆らうものはすぐに殺され、四十人近くいたクラスメイトは、最後には八人にまで減っていた。

 一時間が経過すると、荒木は、隣の三組と五組を同時に襲った。

 タイムリミットが終了するその前、荒木はクラスメイトを半分にわけ、手にマシンガンを持たせ、三組と五組の廊下側の窓際にしゃがませて配置した。

 しゃがむと、荒木たちはちょうど窓枠に隠れて、見えない。

 襲撃に気づかせないためだ。

 荒木自身は四組の教室の前に立ち、腕時計で襲撃のカウントダウンをしていた。

「五、四、三、二、一」

 ジャスト一時間。

 ブッっと、校内放送の電源が入った。

 刹那。

「突撃!」

 荒木は叫び、手に持ったショットガンを中庭に向けてぶっ放した。

 それを合図に、四組の生徒が立ち上がり、三組と五組にむけてマシンガンを連射した。

 ダダダダダダダダダダダダダダダ。

 ダダダダダダダダダダダダダダダ。

 ダダダダダダダダダダダダダダダ。

 銃撃は、全ての音をかき消した。

 ガラスが粉々に割れ、撃たれた生徒の鮮血が飛び散った。

 無抵抗に、無慈悲に、次々に撃たれる生徒。

「はははははははは、くっくっくっくっ」

 荒木は狂気じみたように笑い、応戦して教室から出て来た三組の生徒に向けてショットガンをぶっ放す。

「くっくっくっくっ。ひゃっひゃっひゃ」

 五組の生徒も何人かが応戦して来たが、次々に四組の生徒によって蜂の巣にされる。

 銃声が続いたのは三分程だった。

 三分で、三組と五組の生徒は、荒木たちによって全滅した。

「はあ。こんなもんか」

 あっけない勝利だった。

 手にはまだショットガンを撃った衝撃が残っていてじんじんする。

 目を閉じると、鮮血を飛び散らせながら死んでいった生徒たちの顔が脳裏に蘇る。

 荒木は深呼吸すると、にっとクラスメイトに笑いかけた。

 荒木とは対照的に、クラスメイトの大半は、勝利を喜ぶどころか、がたがたと手を震わせてその場に立ち尽くしていた。

 自らが犯してしまった罪の深さに苛まれるように。

 反撃により負傷してうずくまる生徒もいる。

 荒木は無表情に、腰から拳銃を引き抜いて、負傷した生徒に銃口を向けた。

 パン。

 無慈悲な弾丸によって、その生徒は絶命した。

「なっ」

 他のクラスメイトが思わず異論を出そうとするが、荒木の気迫に負けて押し黙る。

「足手まといはいらない」

 がばっと、荒木は天井に向けて手をかざした。

「お前らももっと喜べ。最初の勝利だ。これで俺たちはまた勝利者へ近づいた。俺たちが、俺が、勝者だ!」

 パン。

 荒木が叫んだ途端、荒木の右耳が裂けて血が飛び散った。

「っ……」

 荒木は耳をおさえ、銃弾の来た方を睨んだ。

 六組の男子生徒が、廊下に立ち、硝煙の立ち上る拳銃を震える両手で握りしめている。

「っ、てめえ」

 荒木は痛みに顔を歪めながら、ショットガンを男子生徒に向けようとしたが、それは、加勢に六組の教室から出て来た多くの生徒によって阻まれた。

 集団で荒木たちに向かって容赦なく銃弾を浴びせかける。

 荒木は素早く四組の教室に逃げ込んだ。

 他の四組の生徒もそれに続く。

「の野郎」

 荒木は、応戦するために銃だけ教室の外に出して滅茶苦茶に引き金を引いた。

「お前らも応戦しろ!」

 クラスメイトに声をかけると、クラスメイトも荒木と同じように六組の方向に向かって銃だけを出して引き金を引いた。

 しばらく弾の応酬が続き、しだいにとまった。

 お互いに持ち弾が少なくなったからだ。

「っくっそ! 痛てぇ」

 荒木は壁を力一杯殴り、怒りをあらわにした。

「弾はあとどれくらいある!?」

「っと、もう、あんまりないよ」

 怯えながらクラスメイトが応える。

「ああ、ああ、くそ。くそ、くそ、糞」

 どうする?

 どうするよおい。

 荒木は自問自答する。

 ああ、ああ、ああ。

「考えるのも面倒くせえ」

 こうなりゃ、全員で出てって六組に総攻撃でもしかけるか? おい。

「おい、お前ら、今から六組に……」

 総攻撃をしかけると言いかけた荒木の顔に、クラスメイトの頭から飛び散った血がかかった。

 目の前が真っ赤に染まる。

「なんだなんだなんだぁ」

 死体となったクラスメイトを払いのけると、血のせいで視界が悪いのも気にせずに、荒木は銃弾の飛んで来た方向に引き金を引いた。

「おらあ!」

 手で目の周りの血を拭うと、クラスメイトに現状を確認する。

「なんだ? 六組の奴ら、俺たちのクラスまでやってきたのか?」

 クラスメイトは青ざめて、荒木の言葉を否定した。

「いや、違う」

「じゃあ、なんだってんだよ!」

 荒木は声を荒げて問いつめた。

「い、いまのは、今の生徒は、二組の奴だ。ブレスレットに二とあるのが見えた。卓也を撃って、そのまま二組の方向へ走って逃げていった」

「は、二組」

 荒木はぺろりと、口の周りの血を舐めた。

「ああ、そうか。俺たちは挟み撃ちにされたってわけか。おい」

 クラスメイトは追い詰められたようにみな一様に恐怖におののき、震えている。

 荒木は机の上に立ち、クラスメイトを見下ろした。

「おいおい、いきなりピンチだなおい」

 ダンっ、と、机を足で踏みならす。

「さぁ、ここからが本番だぜ。おい。お前ら、地獄の果てまでついてこいよ」

 荒木は懐から、手榴弾を取り出した。

「爆弾ってのはよお。人が死ぬその瞬間が粉塵でよく見えなくなるからよお、あんまり使いたくなかったんだけど、な、そんなこと言ってられねぇわな」

 にいっと、血だらけの姿で笑う荒木は、どこまでも邪悪だった。




 ドッカァァァァァァン!

 頭上で何かが爆発した音がした。

 手榴弾か何かだろう。

「きゃあ!」

「何か、爆発したぞ!」

「爆弾もあるのか。なんてこった……」

 恐れおののき、恐怖するクラスメイトを、凛は手を軽くあげて制した。

「大丈夫。騒がない」

 騒ぐとこのクラスが格好の的になる。

 凛は香奈と目で合図し合った。

「はいはい、大丈夫だから。ね」

 香奈も、泣き崩れる女子生徒の手を取り慰める。

「でも、凛。これからどうするの?」

「どうする? そうね。どうしましょうか」

 凛もクラスメイトと同じように恐怖していた。

 誰かに襲われることに対してではない。

 クラスメイトが殺されるかもしれない。

 そのことが、凛の体を震えさせていた。

 守らなきゃ。私が。

 でも、どうやって。

 凛はしばらく思案した後、にっこりいつもの笑顔で笑った。

「皆殺しにしましょうか」

「えっ」

 凛の言葉に、香奈を除くクラス全員が凍り付いた。

「皆殺しにするって……」

「他のクラスを、襲いに行くってこと?」

「だってそれしかないでしょ。このクラスを守るには。ねえ、香奈」

 凛に名前を呼ばれた香奈は、静かに頷いた。

「凛の言うことなら、それはきっと正しい。私はそれに従う」

「ありがとう。香奈。少し出かけてくるわ」

「わかった。私も行こう」

 香奈は凛に向かって頷いた。

「二人とも待って。二人がいなくちゃ、このクラスはすぐにみんなやられちゃうよ」

 女子生徒が、怯えた声で凛に抗議した。

「大丈夫」

 凛はその女子生徒に歩み寄り、その手に拳銃を持たせた。

「自衛するの」

 凛は振り返り、クラスメイトに、体育館で拾った武器を出すように指示した。

 クラスメイトはそれぞれ、様々な種類の武器を机の上に出した。

 ショットガンにハンドガン、サブマシンガン、ボウガン……。

「ふむ。さすが私のクラスメイト。あれだけの短時間に、よくこれだけ集めたわね」

 凛は満足そうに微笑んだ。

「これだけの武器があれば、大丈夫。攻撃は基本、廊下側から歩いてきて仕掛けるしかない。ここは一組だから、階段が近いせいで他の階の生徒に攻撃される恐れもある。だから、クラスメイト全員で、廊下側に向かって銃口を向けたまま構えるんだ。廊下と反対側の窓に背をむけてね。廊下と反対側の窓から攻撃される恐れは少ないから」

 言いながら、凛は廊下側の窓のカーテンを閉めていった。

 香奈は廊下と反対側のカーテンを閉める。

 あっという間に、教室は薄暗くなった。

「こうやってカーテンを閉めて、内側から鍵をかける。もし無理に窓やドアを開けようとする者がいた場合は、容赦なく撃ちなさい」

 凛は片手で銃の形を作ると、バーンと、撃つ仕草をした。

「カーテンを閉めて、ドアに鍵をかけた教室は、他のクラスの生徒からしたら、不気味で、襲いづらいもの。それに、私が外にいる生徒を倒すから、教われる心配もないわ。安心して」

 凛にはそれだけのことをする自信はなかった。

 今も、絶え間なくどこかから銃声や悲鳴が聞こえて来ている。

 そう遠くはないどこかで、誰かが、死んでいる。

 しかし、クラスメイトを安心させるために、なるたけ自信たっぷりに凛はそう言った。

「わかった。私たちだって、自分で自分の身を守るくらいはしなくちゃね」

「凛のこと、信じて待つよ」

 怯えながらも、クラスメイトは頷き、手に手に武器をとった。

「机でバリケードを作りましょう」

 そう言って、凛は手近にあった机を倒して、窓側に向けた。

「これを積み重ねる。少しは、銃弾を防いでくれることでしょう」

 クラスメイト全員で、机のバリケード作りが始まった。

 音をたてないように、慎重に。

 他の学年の階ではどのような惨状が繰り広げられているのか想像も出来ないが、幸い三年生の階は大きな混乱はないように思えた。

 上級生だから、他の階の生徒が襲いづらいのか。それとも、まず下級生を襲いにいっているのか。

 どちらにせよ、この階が戦場になるのも近い。

 体育館で見たあの惨況を思い出しながら、凛は身を固くした。

 もうあんなこと、させない。

 バリケードができあがると、凛と香奈は教室を後にした。

「行ってくるから。みんな、死なないでね」

「凛。香奈。いつも、ありがとう。ありがとう」

「なっさけね。一緒に行ってやるって、俺、怖くて言えねえわ」

 クラスメイトは、不安いっぱいのまなざしで二人を見送った。

 

 

 

「このままじゃ私たち、皆殺しにされちゃうよ」

 隣の棟で繰り広げられる惨況を、カーテンの隙間から覗き見ながら女子生徒が呟いた。

「大丈夫だから! ね」

 ねねが力強くその肩を叩く。

 でも、南がいないことで、僕はさっきよりも更に弱気になっていた。

 こうやって、一人ずつ殺されていくのか。

 僕は手に持った拳銃に目をやった。

 僕はこれで、誰かを殺すのか。

 重い。

 命の重さがする。

 弾を装填する為に、レバーを引いてみた。

 ジャキッ。

 聞き慣れない金属音がした。

 僕はこれで……。

「南がおらんなったんは、あんたのせいとちゃうで。裕也」

 僕の心を見透かすように、柚葉が僕の肩を叩いた。

「こうなったんは、バルト国の奴らのせいや。それを忘れたらあかん」

 柚葉は無言で頷くと、再びライフルで窓の外を警備し始めた。

「裕也、怖い顔してるよ」

「裕也、よしよししてあげようか」

 双子がしゃがみ込んで僕の顔を心配そうに見つめてくる。

 ああ、僕は双子にまで心配をかけてるのか。

 そんなんじゃだめだな。

 そんなんじゃ、ねねを守れない。

「大丈夫だよ。ありがとう。二人とも」

 僕は双子の頭を撫でて、ねねの方を見た。

「ねね。何か考えがあるんだろ? それがどんなものでも、僕はねねを守るよ」

 守るよ。

 こんな言葉が、こんな状況になっても言えるんだなと、ちょっと、自分に感動した。でも、ねねは変な物でも見るような、素っ頓狂な顔をして僕を見た。顔を耳まで真っ赤にして、肩を震わせて僕を睨む。

 ああ、悪かったね。僕のキャラじゃないよ。でも、そんなに、笑いをかみ殺すほどじゃないと思うんだけどな。

「裕也、私。う、嬉しい。い、いや、いやいやいやいや。嬉しいわけじゃなくて、その。あの、ありがとう」

 ねねは混乱して自分でも何をいっているかわからなくなったようだ。

 僕にもよくわからなかった。でも、自然と笑みがこぼれた。

「裕也、かっこいい」

「裕也、私も守って」

 ねねとららが、手をあげてだっこのポーズで可愛らしくおねだりしてくる。

 もう、ほんとのこの子たち高校生なのか? 年齢だけじゃなく、精神的にも成長してから高校に入学させるような制度を作るべきだ。

 なんてことを考えてると、ねねが何かを決意したように黒板の前に立った。

「今から私が考えた作戦を説明するね」

 監視役の柚葉以外が、ねねに向き直る。

「今からわたしたちは、バルト国軍を逮捕しようと思います」

 へ?

 その言葉に居をつかれたのは、僕だけではないらしい。

 ももとららは、あからさまに顔をしかめてねねに質問した。

「どうゆうこと?」

「逮捕するの?」

「どうやって?」

「牢屋に入れるの?」

「えっと、逮捕って言うのは、ただの例えで」

 双子の質問で体制を崩しかけたねねだったが、再び落ち着いた様子で話し始めた。

「あのね、奴らがやってることって、日本の法律に照らし合わせると、かなりの重罪になると思うの。監禁罪、脅迫罪、それに、殺人罪。これが極めつけよね。で、日本の法律でいうところの極刑は……」

「死刑」

 ねねの言葉を、僕が引き継いだ。

「あんた、あいつらを殺す気ぃなんか?」

 監視を続けながら柚葉が質問する。

「そう」

 ねねはすっと前を見据えて頷いた。

 その手に持つショットガンに力を入れる。

「わかったよ」

 僕は一番にねねに賛成した。

「どんな選択だろうと、ねねを守るって、僕は決めたからね」

「ゆ、裕也。あ、ありがとう」

 ねねが不器用にお礼を言う。

「うちもねねに従うよ」

「ららも!」

「ももも!」

 柚葉や双子に続き、口々にみんなが賛成を表明する。

 やっぱり、ねねにはみんなをまとめる不思議な力があるみたいだ。

「あっ、あれ、南ちゃうか?」

 そのとき、柚葉がライフルを覗き込んだまま小さく叫んだ。

 その声に、音楽室にいた全員が振り返った。

 僕は憑かれたように柚葉の横に走り込んだ。

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