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その日、僕らの日常は崩れ去った  作者: 九頭竜 大河
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プロローグ

その日は、いつものように平凡な毎日の一ページとして終わるはずだった。

 

どんなに世界がかわろうとも、

それでも僕らは、

今日を精一杯生きるしかいない。


 『今朝未明、自衛隊との睨み合いが続いていたバルト自由軍と名乗る元自衛隊員数十名は、ついに膠着状態から脱し、東京沖の無人島にバルト国を建築することで落ち着きました。この戦闘による死者は十六名におよび、バルト国側に渡ったとされる元自衛隊員は百人をこえます。防衛省によると……』

 テレビが、淡々とニュースを伝える。

 世界的な人口の増加、食糧難、エネルギー難。

 それによる各国の内乱、反政府デモ……。

 日本もその例外ではなく、着実に物価は上昇していっていた。

 後進国では記録的な食糧難で多くの餓死者が出るなか、日本をはじめとする先進国各国がその資金にものをいわせ、世界中の食糧を買いあさっているためだ。そのせいで後進国では、先進国による搾取が自国を衰退させる要因になっていると主張する過激派武装集団が各地で幅をきかせるようになっていた。ヨーロッパや欧米各国では連日テロが発生し、そのためどの国も自衛のために軍備を強化させている。

 世界は戦々恐々としたムードに包み込まれていた。

 にもかかわらず、我が国、日本は相も変わらず平和な訳で。

 高校生の僕らは、テロやその他のなんやかんやを、テレビ越しに、電気的に知ることしかできない。なので僕には、世界的な危機的状況だという実感はなく、いましがたニュースで放送された、ついに起こった国内での反乱も、遠い国で起こった事件のようにしか感じられなかった。

 世界のどこかで何万人死のうとも、学校が休みになることはなく、たとえ国内で事件が起ころうとも、僕の日常には何の変化も訪れることはないからだ。

 寝ぼけた頭でそんな事を考えながら一人で朝食を食べていると、いつものように玄関のチャイムが鳴った。

 ピンポーン。

 やれやれ、またあいつか。

 インターホンを押した人物を頭の中で思い浮かべながら、意図的に無視して食べ続けると、今度はけたたましくチャイムが連打された。

 ピンポンピンポンピンポンピンポン!

「はいはい、わかりましたよ!」

 僕は叫ぶと、鞄を掴んで玄関の扉を開けた。

 セーラー服の美少女が、そこに立っていた。

 僕の幼馴染みの神楽坂ねねだ。

 陸上部期待の新人というだけあって、運動神経抜群。しかし、毎日外で部活をしているわりには、肌は絹のように白い。

 それに、なかなか豊満な胸をお持ちであられる。その整った顔も相まって、男子の間ではなかなかの人気を誇っていることは、周知の事実だ。

 まあ、幼稚園の頃から知っているから、僕は特に何も感じたりはしないけどね。

 一方僕はといえば、成績も見た目も運動神経も、まさに平均値。

 僕、高橋裕也は、そういったごく普通の男子高校生だ。

 そんな僕とねねは、家が隣同士という縁から、幼稚園から小学校までを共に過ごした。小さい頃からねねはよく僕の後をついて来ていて、一緒に遊んだり、喧嘩したり……、家族のようにして過ごした。中学では違う学校になり、その時期は顔を会わせることも無く疎遠になったが、高校で再び同じ学校、同じクラスになってからは、ねねは律儀にこうやって毎日迎えに来るようになった。

「もう。遅い!」

 長く美しいブロンドの髪をなびかせながら、膨れっ面で腕を組んで僕を睨む。

「ごめんごめん」

 反射的に謝りながら玄関の鍵を閉めていると、むくむくと疑問が湧き上がってきた。

 何故僕は謝っているんだ?

 毎日ねねが勝手に迎えに来てるだけなのに。

 なんだか理不尽な気がして、僕はねねに疑問をぶつけた。

「てゆうか、ねねが勝手に毎日来てるだけだろ? 頼んだ訳じゃない」

 ねねは照れたようにかぶりをふった。

「は? 迎えに来てる訳じゃなくて、家が隣だから、たまたま通りがかりでチャイムをならしてあげてるっていうか……。てゆうか、裕也が遅刻しないように毎日来てあげてるんだからね。感謝しなさいよ!」

 ねねは腕を組んで、仁王立ちになった。

 小学校の頃たった一度だけ遅刻した話を、いつまで引っ張るんだ。もう。

「そうかい」

 僕は門扉を閉めて、学校に向かって歩き出した。

「ちょっと! 待ってよ」

 ねねは急いで僕の横に走ってくると、僕を睨んで少し頬を膨らませた。

「置いてくなんて、ひどいー」

「他に友達とかいないわけ? そいつらと学校に行けよ」

 毎日迎えに来てくれることは、とても嬉しい。嬉しいが、冴えない僕なんかと登校するより、もっと可愛い友達と登校した方が、ねねにとっては幸せなんじゃないかと思う訳で……。

 実際、学校でねねはいつも大勢の友達に囲まれていた。明るくて可愛くて天真爛漫で。昔から僕は、ねねには人を惹き付ける不思議な力があるんじゃないかって思ってる。

「友達? いるわよ! 裕也よりいっぱいね! でも裕也が心配なの。卒業できないと嫌でしょ? あ、あくまで、お隣さんのよしみってやつなんだからね!」

 どんだけ信用ないんだ僕は。

 やれやれ、とため息をついた僕を目ざとく見つけたねねは、横目で僕を睨む。

 朝から睨まれてばかりだ。

「何よ」

 ここでねねを怒らせるのは得策じゃないな。とにかく、落ち着かせないと。

 幼稚園から一緒に成長してきただけあって、ねねの扱いには心得があった。

「感謝してるよ。ねね……、いつも……、ありがとう」

 照れ隠しで下を向いて言った。

 あれ?

 いつもならここで、「もっと感謝しなさいよね!」と、ねねは少し偉そうに言い返してくるのに、それがない。

 ねねからの反応がない?

「ねね?」

 ふっと、ねねの方を向くと、ねねは僕の顔を赤い顔で見上げていた。

「ねね? 熱でもあるのか?」

 体調を気遣った僕の言葉を、ねねは一蹴した。

「馬鹿!」

 ぷい。とまた横を向いてしまった。

 やれやれ、なんなんだ。

 そういや、高校生になってから、ねねの僕を見る目が変わったっていうか、なんていうか。女心はわかんないな。

「ねえ」

 不意に呼ばれ、ねねの方を向くと、ねねの手が僕の唇に触れた。

「え?」

 と驚いていると、ねねは僕の口の端についた朝食の食べかすを掴んで、自分の口に入れた。

「朝ごはん、付いてたよ。みっともないんだから」

 言いながら、顔を真っ赤にしてそっぽを向くねねは、なんだかとても可愛かった。

 いやこれは、別にいやらしい意味ではなく……。

 自分で自分に言い訳をしていると、僕の心の中を見透かしたように不意に後ろから声がした。

「朝からセクハラか? 裕也」

「朝から変態全開だな裕也」

「いやっ、そんなんじゃない」

 弁解しようと咄嗟に振り向くと、クラスメイトの文月姉妹が僕を指差していた。

 文月ららとももは、童顔、黒髪のおかっぱ頭、見た目もそっくりの双子である。制服を着ているのでかろうじて高校生だと認識できるが、普段着でいると、どこからどう見ても小学生にしか見えない。クラス全員の妹的存在だ。

 僕と目線が合うと、二人は大袈裟に体をよじった。

「いやっ。変態がこっちをむいた」

「きゃ。変態がうつる」

「変態に襲われる」

「襲われる」

「らら変態になっちゃった!」

「ももも!」

「責任とってよね!」

「ね!」

「変態がうつるか! てゆうか、僕は変態じゃない!」

 ご近所中に弁解するつもりで、思い切り僕は叫んだ。

「一瞬認めた」

「認めたね」

「イヤラシイ」

「いやらしい」

「ちがうっっっっっ」

 朝から訪れた僕の危機を救ったのはねねだった。

「おはよう。二人とも」

「おはよう。ねね」

「おはよう。変態に何もされなかった?」

 ねねの呼びかけには、素直に答える。

 全くこの双子は。

「大丈夫。いまのところは……ね」

 ねねが目の端で僕を見たのは気のせいだろうか。

「さっ、早く学校いこっ! 遅刻するよー」

 ニコッと笑って踵を返すと、ねねは双子の手を取って走り出した。

「ちょっと、待てよ!」

 なんだんだよ、もう。

 僕は慌ててねねを追いかけた。




「ちょっと、待てって……」

 ようやくねねたちに追いつく頃には、もうすでに校門まで来ていた。

 途中で追いかけるのが面倒くさくなって歩いて登校した僕がねねたちに追いつけたのは、ねねが校門にできた人だかりを見つめて固まっていたからだった。

 ねねの他にも多くの生徒の人だかりができている。

「どうしたんだよねね?」

「あれ」

 ねねは前を向いたまま無言で前方を指差した。

 そこには、竹刀を持った黒髪長髪の少女が立っていた。

 それも、学生服を着た男子生徒の山の上に。

 他校の制服を着た筋肉隆々の学生たちは、何者かに殴られたかのように完全に伸びていた。

 きっと、犯人は山の上に立つ少女に違いないが。

 リボンの色から推定するに、少女は三年生の先輩のようだ。長い黒髪をはためかせて、竹刀の塚頭に両手を添えて、まるで銅像のように男子生徒の山の上にたたずんでいる。

 セーラー服のスカートをはためかし、美しい彫刻のように立つ先輩を、ねねは食い入るように見つめていた。

「もも、凄いね」

「そうだね、らら」

「アチョーだね」

「あちょー」

「うわ。何なんだあれ」

 ねねたちは事情を知らなそうなので、僕は周囲の噂話に耳を澄ませて現状を把握した。

「さっき、隣の高校の男子生徒が殴り込みに来て、それをあの先輩たちが止めたみたい」

「殴り込みって……。このご時世にそんなことをする奴がいるのか」

「なんかね、野球部の馬鹿な生徒が、他校の野球部に喧嘩売ったんだって」

「ああ、俺もそれ聞いた」

「そしたら、いろんな学校の野球部の生徒が押し寄せたみたいで、あっという間にうちの野球部やられちゃってさ、もうどうしようかってときに、あの先輩が来て、ばったばったと……」

 生徒たちの話を繋げて、現状を把握した僕は、今日二度目のため息をついた。朝のニュースといい、日本人の血の気が多くなっているのか?

「ねね。あの先輩のこと知っているのか?」

「うん……。名前は知らないけど、凄い喧嘩の強い先輩が三年にいるって聞いたことある。てゆうか、あの先輩、生徒会長さんじゃないかな」

「へぇ。生徒会長か」

 喧嘩が強いって噂はどうやら本物らしい。

 あんなむきむきの男たち、僕なら一瞬で逃げ出してしまいそうだ。

「こら、何してる! 教室へ行きなさい!」

 人だかりを嗅ぎ付けて、先生たちも集まってきた。

 なんだか面倒臭くなりそうだな。

「あーあ……、なんか大事になりそうだから早く教室行こ?」

「らら、もうちょっと見たい!」

「ももも!」

「はいはい。わかったから、とりあえず教室行くよ。ほら、ねねも」

「うん……」

 食い入るように見つめるねねと双子を引っ張って、教室まで連れて行った。


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