この婚約破棄は、テストに出ますよ?
「絢爛豪華な宴に酔いしれ、散財をくりかえすチバ!そなたとの婚約を破棄する!」
何万番煎じですか?
なろうの海に婚約破棄作品は何万作ありますか?
このツッコミがあながちネタじゃないのがおっかないけど、おいといて。
お嬢様、ヤバイ。婚約破棄ですよー!
トキオ王子、まじかよ。総理職がチェンジした騒ぎで、脳みそ湧きましてー?!
あ、はじめまして。私、ネズミーランズ伯爵家に仕えております侍女キサラツと申します。
「そ、そんな……!」
我がお嬢様は、赤と白のストライプのドレスに、わがままに成長した魅惑のボディを詰め込んでます。
世界的にキャッチーです。
このパーティーにカンパしたポップコーンやチュロス、好物ですよね? 邪険にしていいんですかー? トキオ王子!
「はしたない女だ。貴様は可憐なヤマナシが作った素朴な黄粉餅菓子をないがしろにした。その所業、万死に値する」
「うちの領地の世界市場では、売り上げの低い商品はすぐ撤去しないと、同盟国の企業に吊し上げられるんです。黄粉餅菓子はおいしいけど。おいしいけど。一番人気のクランチと売り場をチェンジできるほどの販売力は、さすがに」
「そんな、ひどい!」
ヤマナシ様は、小柄で庇護欲をかきたてる、とれたてのベリーのような令嬢です。
でも、口当たりの良いワインのように殿方を魅力する、魔性のホウトウ娘でもあるのです。
カナガワ・ランドマーク様、シズオカ・チャミカン様、ナガノ・セイミツキカイ様、ダ・サイタマ様、グンマ・コンニャック様、そしてトキオ・シュト・ジャッパーン王子は、あのぶどうのような瞳と桃のような頬に、ベリーベリー魅了されております。
トキオ王子の側に侍る時は華やかに装いますが、その内実はネギの花のように可憐で、九十九里浜のように穏やかなチバお嬢様とは、まさに正反対! 近所の友達がナットー家の令嬢イバラキ様しかいないとこも正反対!
「オレは見損なったよ。チバさん」
カナガワ様が、やるせない目でお嬢様を見ています。
うちのお嬢様に向かって、鎌倉の坂道に辟易する観光客のまなざしを向けるでない!
「私利私欲の為に、ヤマナシを陥れてるなんて最低じゃん」
「うちの領地は資本主義の権化ですから、キャッチーな味と映えがないとムリなんですー! 和菓子で攻めるなら、ニイガタ様くらい頑張ってくださらないとー」
「ひどいわ! うちは米なんかろくに作れないのに!」
「かわいそうなヤマナシ」
「その傲慢さ、僕は悲しいら……」
穏やかなサッカー少年シズオカ様にも責められたし!
「でも、富士山はボクの領地だけどねー」
「譲りません!」
「いや、オレの領地だし。宝永山は左に描くもんじゃん?」
って、なにを霊峰の覇権争いしてますか?! あなた方も、もめてんじゃん!
「とにかく、貴様のような腹黒い女は国外追放だ! 産業を国に返還し、出てゆくがよい!!!」
え。ネズミーランズ家の資産、観光産業、外貨をよこせと?
それが狙いか?!
なんてことでしょう。
ああ、此の方たちは、最初からお嬢様を嵌めるおつもりでしたのね!!
「追放するなら、その令嬢。オレがいただくよ」
人々の間を割って現れたのは、この国の自動車産業を牽引するアイチ・ドベゴンズ様!
密かにトキオ王子を凌ぐ財力を隠し持っているという噂があります。
「アイチさま! その方は私に意地悪をしたんです」
「っていうか、あんた誰? どこに県庁所在地がある家?」
「こ、甲府ですわ! なんて酷い方!」
「知らんて。それよりチバ嬢。オレとこの国から独立せんか? 食料自給率と経済力なら大丈夫。キミと力を合わせれば、自動車と観光でオレたちの愛は燃え上がる」
「アイチ様が独立するなら、私ミエ・ジューコーギョーも従います!」
「ギフ・ナガラガワウカイも、お供します。我ら東海3県の絆、分裂ばっかの関東にはわかるまい」
「……てな感じでさあ。地理はキャラ作って覚えたら? 弥生ちゃん、悪役令嬢モノ好きじゃん? ヒドインを海なし県に擬人化してー、攻略対象者を周りの県でハーレムにしちゃえば! ほら簡単!」
クラスメイトの涼野皐月に提案されて、春日弥生は机に突っ伏して唸った。
「謝れよ、山梨の皆さんに。あと、埼玉も」
「北日本は、追放勇者ものかなー? 斥候の北海道が内政チートで大活躍!」
「皐月ちゃんて、社会得意だけど、バカだよね」
春日弥生は、社会が苦手である。
興味がないことを、たくさん覚えなくちゃだからである。
千葉が悪役令嬢って、なんかわかる気がするのが悔しいけど。
海なし県をヒドインにしたって、鳥取と島根の区別はつかないままなのである。
「追放聖女が出雲大社のある島根で、鳥取はその妹よ。瑞々しい果実を配って世間を魅了し、死の砂丘に姉を追放するのよ」
「砂丘、別に脱出可能だし! だから、鳥取に謝れよ」
皐月のせいで、テストに出るのか出ないのか、微妙なとこしか記憶に残らないじゃないか!
「それより弥生ちゃん。私は理科がピンチなのですよ。化学式が理解できないのですよ。そもそも周期表ってナニ? イヤガラセ?」
文系科目が得意な皐月は、生物や地学系はともかく、化学、物理系の理科が苦手である。丸暗記で挑むので学校の成績は悪くないが、模試がヤバイことになっている。
「それこそ、皐月ちゃんの得意なBLで覚えたら?」
弥生は、地理のノートにさらさらと化学式を書いた。
「水素と塩素が化合すると塩化水素が生成するじゃんね」
H2 + Cl2 → 2HCl
「水素は誰とでも仲良しの脳筋くんで、塩素はオレ様優等生……」
「マジか! 化学式は神の文書だったか!?」
きらーんと輝く皐月の眼鏡。
いいかげんなことを言った弥生は、若干、目を逸らしている。
「いや、どうだろうねえ」
「タギってきた! ありがとう、弥生! まずは周期表を擬人化するわ! あんたは都道府県のラノベ化がんばれ!」
「……そ、そだね」
放課後の教室で、それぞれの苦手分野のノートをまとめるふたりを、担任の先生は優しく見守るのでありました……。
いろいろ、ごめんなさい。