内緒の力
陽太は地味に力の欠片を取り戻しています。
ですが、普通でないことを無意識に嫌い、誰にも内緒にしています。
「てか……遅いな……」
最終選考会のコンサート当日。
陽太と和人はチケット所定の座席で、開演1時間前に――と、約束していた。
和人の願掛け百枚の絵を、コンサート開始前に見たいと陽太が言ったからだ。
手に入ると思っていなかったチケットを譲られた和人は、嫌もなくその約束に頷いたのだが……。
腕時計を見ると、すでに三〇分約束の時間を過ぎている。
一時間近く前に、今から電車に乗るというメールをもらっているのに……。
「電車の遅延?まさか、事故とかじゃないよな?」
出会ってから、何回か待ち合わせして会っているが、待ち合わせ時間に遅れたことはなかった。
落ち着かない気持ちのまま、時計は進んでいく。
「ちょっと、入り口まで行ってみるかな……」
館内案内図は要所々にあるし、案内の係員も複数いるが、ドームは広い、迷子になっている可能性も無いではない。
和人はしっかりしているとはいえ、まだ小学二年生だ。
席から離れて、ロビーにつながる廊下へ出たとき――。
『子持ちのババァなんか、誰が応援したいって思うか!』
誰かが誰かを、口汚くののしる声が、脳裏に響いた――。
言葉と声の毒にびくっとして、周囲を見回す。
が、少なくない――というより、むしろ百貨店の食品売り場並みに混雑している開演三〇分前の廊下で、誰一人、先の怒声に反応している人はいない。
耳にしたら、絶対この場にいる半数以上が不快になるセリフと口調だった。
「うーん……」
そっと、できるだけ壁際により、構造上できる壁の凹みに身を隠すようにして、陽太はうつむく。
「えーと…。これは、また俺の変な能力出てるっぽいな……」
そう『また』、物心ついたころに気が付いた、たまに現れる変な力。
常時ではなく、ごくたまに――大切に思う誰かに何かあったとき、異様に耳がよく聞こえたり、目が見えたりするのだ。
今までにあったのは、放課後学校の屋上でぼんやり景色を見ていたら、母が自転車でこけたのが見えたとか。
――学校から数キロ離れた場所で起こっていたことだった。
祖父が出先でぎっくり腰になり、周囲に知った人もなく立ち往生して、うめいている声が聞こえたとか――。
――家で宿題をしていたが、三駅離れた駅前に慌てて駆け付けた。
急に現れた陽太に相手は驚くが、本当のことは説明できず、たまたま通りかかったということにしている。
「今日は母さんは家にいるし、婆ちゃんと爺ちゃんは昨日から泊りで温泉旅行行ってるし……。これ、和人君絡みだよねぇ……」
和人本人の声でないのが、とても気になる。
どうやら、何か面倒ごとに巻き込まれたらしい。
「俺は平和に生きたいから、あんまり変な能力覚醒するのはイヤなんだけどなぁ……」
ぼやきながらも軽く息を吐くと、神経を集中させて耳を澄ます。
(和人君はどこにいる?何があった――?)
と、ふうっと脳裏に広がる、和人の描いたミランダAの姿。
その姿の向こうから、声が頭に直接響いてくる。
『お願い!警察に連絡させて!あの子を探させて!』
『もう、時間が無い!とっとと、耳付けろ!』
『今から探したって、無駄にしかならんだろ!。お前はこれからのパフォーマンスに全力を尽くせ!』
『警察なんかに届けたら、相手の奴らの思うつぼだぜ!さっきも言ったけど、こぶ付きババァに需要はねーぞっ!』
『私のたった一人の家族なの!』
『だから攫われたんだろ!どうせ助からねーよ!小二にもなりゃ、相手の顔くらい覚えてる。生かしとくわけない!』
『嘘よっ!生きてるわ!あの子は無事よっ!』
『あっ!おいっ!』
『くそっ!』
『ドアの前になんか倒しやがった!開かねーっ!』
『早く開けて、追いかけろ!』
バン、バタンッ!ゴン!と、ドアが開け閉めされる音や、何かが倒れる音、駆け出す複数の人の足音。
「うーん……あっち、かな?」
騒動の気配の元を探る。
よいしょと、体をひそめていた壁の凹みから身を起こすと、陽太は足早に歩き出した。
たとえ音が聞こえたとしても、その姿が見えなければ、気配の元がどこかなんて、普通はそう簡単にはわかるはずがない。
が、自然に出来てしまうから、陽太はそのことを疑問に思っていなかった。
身内の危機時に発動する千里眼や超聴覚と共に、異界で勇者をやっていた時に身につけた力の残り香なのだけど……。
すっかり忘れて、そうと思い出せない残念な元勇者だった――。