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歌姫ミランダ

恋人のミランダのことも、仲間のことも、本来の両親のことも何もかも忘れ、のんきに生きている元勇者です。周囲はやきもきしているだろうけど、本人はとってもお気楽で幸せです。

 木製の粗末なテーブルが所狭しと並んだ、場末の酒場――。

 いかにも労働者といった風情の、薄汚れた服をまとった男たちがガヤガヤと酒を飲んでいる。 

 カメラが酒場全体をゆっくりとパンして見せながら、人々の声にかぶさって、もの悲しく切々と訴える 歌が流れている――。


 パンしていったカメラは、酒場のぼろいステージで歌う猫耳獣人をとらえる。


 茶トラの猫耳としっぽ、金に光る猫目、柔らかそうな毛皮のクリーム色のマズル&ひげ。

 肩までの黒髪ボブ、黒くしっとりした鼻。

 安っぽいスパンコールがついた青いドレス姿で、その肢体は歌に合わせて猫らしくしなやかに揺れる。


 酒場の騒音は決して低くはないのに、それに負けない歌声の強さが心にうったえてくる。魂にしみこんでくる――。


 けれど、歌の力強いサビが終わった途端、画面の端から爆音とともに爆風が起き、酒瓶もテーブルも、もちろん労働者風人物たちも吹っ飛ばされていく。


 歌姫も――。


 めちゃクチャになる酒場、余韻も残さず消える歌声――。


 映画はそこから本編へと、入っていく。




「はあああああ……」


 ソファにもたれかかった陽太は、そこでブルーレイの再生を止めると、また最初から再生を選ぶ。


「……何回聞いても、良い」


 惚れ惚れとつぶやくのは、大出陽太十五歳。ただ今、人生やり直し中。


  ――ただし、そのことを本人は知らない……。


 「あのさ……。普通、映画ってもっと全体的に楽しむもんじゃないの?」


ソファの背後からかかった声に陽太は振り向く。 

コーヒーのマグカップ二つを手に立っているのは、肩までの黒髪をボブにした、黒目がちなきつめの目が印象的な美人。

 身長は一六〇ジャスト。中二の陽太は、つい先ごろその身長を追いついたばかりだ。

 大出美蘭オオデ ミラン、陽太の母。三十五歳。仕事は商業イラストレーター。年齢より若干若く見えることが自慢。  


  ――ということになっている、陽太の恋人でもあった元異界の歌唄いミランダ。


 ミランダは猫耳等の獣人の証を魔法で隠し、血のにじむような努力の末職を得て、陽太を母として養っていた。

 もちろん陽太の本当の両親に事情を説明し、応援&協力をしてもらって頑張った結果だ。

 ただ異界からの予期せぬ干渉を警戒し、もしもの被害を他へ出さぬよう実親達には祖父母という立場をとってもらい、別居して暮らしている。

 ゼンとカンカンもそれぞれ職や立場を得、二人はこちらの世界で結婚して一緒の世帯を持っていた。


「母さん、頭固いよ。映画は娯楽。娯楽をどう楽しむかは、受け取り手の勝手だよー」


 マグカップを受け取りながら、陽太は陽気に笑って言う。


「そうかなぁ?私的には、せっかく結構お高めのソフト買ったのに、冒頭だけエンドレスって、勿体無い気がするんだけどなぁ…もったいないお化けがでるんじゃない?」

「もったいないお化けって何?てか、買ってきた日に一回通しで見たよ」


小国の第三王子が、魔王を倒すために古代の伝説の碑を求め、仲間と共に旅をする話だ。 

冒頭で死んでしまう歌姫ミランダは、王子の乳兄弟で初恋の人。

バッファー修行のため各地を放浪していて、路銀を稼ぐため酒場で歌っていて、魔王軍の侵攻に巻き込まれて死亡してしまう。

 それが王子の旅のきっかけとなる。

 最後、王子は伝説の碑を読み解き、異世界から勇者を召喚することに成功し、今度は勇者と共に魔王討伐の旅へと出発する――。


 王子さまって大変だなぁ……と、陽太は思う。


「一回見て、ストーリー覚えちゃったからなー」

「ふーん、まあねぇ……。で、このシーンは何回見てるの?」

「……見てるっていうか、数えきれないほど、主に聞いてる――」

  

 何回?と聞かれ、一瞬数えかけた陽太はすぐにあきらめる。

 そう、陽太のお気に入りは冒頭の歌。

 せいぜい十五秒ほどの酒場のシーンで、酒場の歌姫が歌っている、その歌声が大好きなのだ。

 陽太の様子を見て、美蘭がため息をつく。


「この歌姫……ミランダって、いったっけ?正体不明なんでしょ?」


 美蘭の問いに陽太はうなづく。


「そう、この映画でめっちゃ人気出たのにさー。知人に頼まれて出ただけで、本職じゃないし特殊メイクが面倒で高額だからって、このあと一切の露出がないんだよなぁ……」

「サントラあったじゃない」

「あれは焼き直しみたいなもん!露出って言わない。それに、やっぱし歌ってるとこは見たいんだってば!」

「それだけ見てたら、もう頭に焼き付いてるでしょ……」

「ほとんど魂に焼き付いてるレベル?」

 

 陽太の返事に、美蘭は深くため息をつく。


「……愛した人が自分のことを忘れてしまって、勝手に楽しくやっている――。そんなつれない人だけど大切で、今も愛し続けてる……って歌ね」

「うん、そんな感じの歌詞」

「女友達一人いない陽太に、その歌詞の真意なんてわかんないと思うんだけど?」

「こういうのって、わかるわからないじゃなくて『感じる』なんだなー」

「うわぁ…何、そのわかったような、腹立つ感じ!」


中二満載なセリフに美蘭は叫ぶが、陽太は笑って画面に目を向ける。

 が、美蘭の言葉になんとなく罪悪感を覚え、その後冒頭エンドレス再生はやめて、通しで見ることにする陽太だった。


 けっして、もったいお化けが怖かったわけではない――。




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