プロローグ――それはある物語のエンディング
ローファンタジーですが、少しだけ異世界の気配があります。
命がけで異世界の魔王を倒したのに、ウハウハのハッピーエンドにはならなかった残念勇者。
でも、こんな感じのほうが幸せなんじゃないのかなー?
って、思うんです。
「がっ!……な、なんだっ!」
それは、神殿最奥の祭壇前に作られた、元の世界に戻る魔法陣の上で起こった。
事前相談なくいきなり異界に召喚され、「魔王を倒してくれ」「倒さないと元の世界に帰れない」と言われ、戸惑ったが、伝説でそう決まっていると説得され、しかも!魔王を倒さなければ、召喚された自分もこの世界の滅亡に巻き込まれて死ぬことになる――。だから、やるしかなかった。
で……。
それなりにというか、結構苦労して、たまに楽しんだりしながらも、なんだかんだ頑張って魔王を倒し、大手を振って元の世界に帰還しようとしていたのは、勇者こと大出陽太十五歳。
その魔法陣の上で、事は起きた。
危険しか感じない波動の圧を、いきなり背後から受けたのだ。
「陽太っ!」
「こ、この波動は魔王よ!」
「しまったっ!やっぱり、魔石が二個って、罠だったんだ!」
陽太について、共に異界(この世界の住人からすれば、陽太のいた世界は異界)に行こうとしていたパーティーメンバーの三人が各々叫ぶ。
「これは……!時戻しの呪いっ!」
パーティーメンバーで唯一この世界に残ることを選び、陣の外で陽太たちを見送っていたアルファがそう叫ぶ。
意表を突かれてうろたえながらも、陽太を襲っている波動の根源を見極めると、祭壇に捧げていた魔石二つのうち一つを、攻撃魔法でぶち壊す。
『魔王が現れしとき、それを倒すには異界の勇者を召喚せよ』
――魔王はこの世において最強であるため、異界の力を使わねば勝てない。
『勇者が元の世界に戻ることを欲したら、魔王の欠片を祭壇に捧げよ』
――異界へ渡る力は、この世の最強である魔王の力が必要である。
異世界の勇者の伝説。
それは古代の神殿に石碑として残されていた。
勇者の召喚方法、召喚の理由……そして、勇者を元の世界に戻す方法――。
魔王を倒したとき、魔王の体は煙となって消え、そこに魔石となった魔王の欠片が残る。
それが異界を渡るための、魔法陣を動かす動力源となる。
なるのだが……。
陽太たちが魔王を倒し、魔王が消えた後、そこに残ったのは――。
魔石、二つ……。
「え……どっち?」
どちらからも魔王の力の残滓が感じられ、見た目もそっくり。
二つ並べて置き場所を入れ替えたら、どっちがどっちかわからなくなるほど、同じものとしか思えない代物。
神殿の石碑には、魔王を倒せば魔石が残るとしか表記がなく、その個数は明記されていなかった。
だから違和感を覚えながらも、二つとも回収し祭壇へ乗せたのだが……。
「まさか、己が死した後にまだ罠を残すとは……」
人の姿の消えた魔法陣を見つめて、残されたアルファは力なくつぶやく。
帰還魔法は完了していた。
「術の途中で魔石は壊せた。あのまま、卵細胞状態まで時を戻されたことはないと思うが……」
魔法陣の中の陽太の身体が縮んでいく様子を、アルファは確認していた。
「……ゼン、カンカン、ミランダ……。そなたたちが、陽太についてこの国を……私を置いてゆくこと、少し恨みに思ってはいたが……」
呪いを受けた陽太の姿を脳裏に浮かべ、深くため息をつく。
「恩人である陽太に対し、この不始末――。あの三人が、今後の陽太の助けとなってくれることを、強く願う――」
アルファはこの国の第三王子であり、魔王の存在を憂いていた。
魔王の存在を受け入れ、諦めていた国王や臣たちを説得し、伝説を元に陽太を召喚、勇者パーティーの一員として功績をあげた――。
これにより、次期国王となることが決まっている。
平和で戦が無いという陽太の世界に、アルファも憧れがあった。あったが、次期国王として、一緒に行くわけにはいかなかった。
空になった魔法陣を見つめながら、アルファは仲間たちの無事と幸せを祈るのだった。
※※※※※
「陽太っ!大丈夫?え……?」
魔王の呪いを受け、うずくまるようによろけた陽太を支えたミランダは、移転のクラリとした酔いのあと、自分の腕の中の存在を見て言葉をなくす。
「ふう……移転、完了――。どこ、ここ?」
「陽太が俺たちの世界に呼ばれたときの、場所と時間――。確か、自分ちの庭にいたって聞いてるが……」
カンカンの問い。それに答えるゼンの声がする。
ちなみに異界でのパーティー編成は、魔法剣士の召喚勇者こと大出陽太。攻撃魔法使いのアルファ、戦士のカンカン、神官のゼン、歌唄い(バフ・デバフ)の猫耳獣人ミランダ。
合わせて五人。
魔王を倒した王国史上最強と言われていた。
アルファは次期王ゆえ、一緒にくることは叶わなかったが、それでも最強パーティーのうち四人がいて困ることなど何もないと思っていた。
カンカンとゼンは、アルファ王子の魔法が魔石を砕いたところを確認していたし……。
だけど――。
「カンカン、ゼン……」
震える声で、ミランダは自分の腕の中を二人に示す。
「なに?どしたの?」
「あれ?……陽太は?」
怪訝そうに二人がミランダに近づき、それを見て息を飲む。
そこへ……。
「あんたたち、誰だ?」
「陽太のお友達?」
男女二つの声が、固まってしまった三人にかかる。
どうしていいかわからないまま、ミランダは自分が抱えているものをその二人――陽太の両親へ見せた。
「陽…太、さん……です」
顔にかかっていた大人サイズのシャツが除けられ、陽の光が顔に当たり、元気に泣きだす赤ん坊。
それが、勇者大出陽太が紡いだ物語のエンディング――。
そして、彼の人生がリスタートされた瞬間だった。