多摩川死体遺棄事件 〜透視能力者と雑誌記者〜
真闇社『月刊都市伝説』一九九八年五月号より抜粋。
ある女が死んだ。家族から警察に捜索依頼が出されていたが十日後に多摩川で水死体となって発見された。遺書が無かったことから自殺ではなく死体遺棄事件として捜査されたが捜査は難航し二〇〇一年には時効が成立してしまう。あと三年以内に筆者としては是が非でも犯人が誰なのか特定したい。
というのも被害者の女とは筆者の実母なのだ。そこで筆者は警視庁が捜査に参加させることもあるという透視能力者の米雪子氏に犯人像の透視を依頼した。彼女はインターネットや書籍から事件に関係する情報を頭に詰め込んだ上で現場に赴くことでその事件の犯人を特定するヒントを得ることができるのだという。
まず現場となった、多摩川を米氏と訪れた。彼女の透視では犯人に繋がるヒントが六つ示された。『被害者は死体を遺棄した人物に殺害された』『犯人の後ろに竜が見える』『性別は男』『東京出身ではない』『地元愛が強い』『犯行後は車で地元まで逃走した』。これらの情報を元に当時の警察の捜査記録から東京出身でない男性の容疑者を絞り込んだ。四名いたので一名ずつ以下に紹介する。
一人目は仮にA氏と名付ける。広島県出身。事件当時は金融会社勤務だった。運転免許を持っており当時は車も所有していた。捜査資料によると被害者はA氏の会社に借りた金を返していなかった。筆者の父は警察の捜査が開始されるまで被害者が借金していたことを知らなかったので夫には借金のことを隠していたものと思われる。
二人目のB氏は第一発見者。彼も運転免許を持っている。当時は大学生だった。神奈川県出身。神奈川と言えば他の容疑者に比べて自動車で移動しやすい距離である。警察の捜査では被害者と直接のトラブルは確認されなかった。事件当日は偶然電車で東京に来ており偶然多摩川へ近寄って遺体を見つけたのです、という旨の証言をしている。
上記二名に無かったキーワードをD氏が持っている。D氏の苗字には『竜』の字が入っているのだ。被害者の過去の恋人であり事件発生時の被害者の電話番号も知っていた。被害者が失踪する数日前に被害者の方から不在着信があったのだという。何かを知っているように感じるが当時のD氏は車を持っていない。しかも彼は福岡県出身なのでわざわざ車で逃走するとは考えにくい。
最後にE氏だが彼は一九九〇年に病死している。地元は筆者や被害者と同じ大阪府。筆者の祖父であり被害者の父だ。被害者が行方不明になる前日に彼は東京の被害者宅を訪れている。筆者はまだ歩くこともできない子供だった。事件以降は夫が一人で筆者を育てたが事件について会話することはないまま交通事故で昨年この世を去った。
E氏と接触した翌日に被害者は夫と筆者を置いて失踪した。今にして思えば祖父が最も事件に関係していそうだが死亡したため直接話を聞くことは不可能となってしまった。運転免許と車はどちらも所有していた。竜というキーワードは思い浮かばないが祖父は近鉄バファローズの熱心なファンだった。プロ野球には中日ドラゴンズが存在するがさすがに強引だろうか。
プロ野球。そういえば容疑者の出身地を見返せば全てプロ野球チームのある県だ。広島に神奈川に福岡に大阪。だが愛知県ではない。地元愛が強いという犯人が地元以外のチームを応援するとは考えにくい。まさか少年野球かと思い立ってインターネットで検索したところいずれのリトルリーグにもドラゴンズがあることがわかった。容疑者の氏名で検索してみたが所属歴はわからなかった。筆者はこの捜査に数日かけ、結局は完全な徒労に終わった。
では竜とは何か。米氏は犯人の『後ろ』に竜が見えると言った。もしD氏の苗字のことだとしたら『後ろ』と表現したことに違和感が残る。もし『後ろ』がオーラのような感覚的なものではなく本当に言葉通りの意味で『後ろ』に存在するものを指すとしたら。それが意味するものは背中の刺青である。
筆者はすぐさま警察署で捜査記録を確認した。刺青の有無は書かれていなかったが一人だけ刺青が入っていそうな人物がいる。金融会社に勤めていたA氏である。その会社は広島県に貸金業登録をしていなかったとして一九八五年に行政処分を受けている。つまりは闇金融の人間だったのだ。暴力団が背後にあった可能性がある。
仮にA氏が暴力団員だったとして、筆者は以下のような仮説を立てた。ちなみに公開された捜査記録の写真は肩から上の当然ではあるが服を着た顔写真しかなかったため刺青や小指の有無は確認できなかった。また写真を見た限りでは顔面に刀傷も認められなかった。
被害者は何らかの理由でA氏の金融会社から借金をしたものの返済が滞っていた。ある日A氏から直接広島で話し合いたいと電話が入る。もしかすると体での支払いをちらつかせられたのかもしれない。被害者は過去の恋人や祖父に相談するも連絡がつかなかったり金の工面を断られたりして解決には至らなかった。
そして約束の日。借金のことを隠している夫や息子を東京に残して新幹線で明石や大門を越えて広島へ向かった。そして被害者とA氏が接触する。その後の詳しい経緯は不明だがA氏は被害者を殺害した。A氏が務めていた金融会社のビルは近くを川が流れている。筆者は逃走を図った被害者をA氏が捕まえてその場で川に突き落としたと考えた。被害者は多摩川ではなく広島で殺害されたのだ。
A氏は少しでも警察の目を自分から遠ざけるため遺体を車に乗せて高速道路を走った。着いたのが多摩川だ。A氏が被害者の住所を知っていたかどうかはわからないが川に遺棄することで自殺に見せかけようとした。しかし被害者と筆跡が違うことから遺書は用意できなかった。
ここで最後に筆者は興信所でA氏の現在の電話番号や住所を聞き出したことを報告させてもらう。毎月この雑誌に掲載させて頂いている筆者の未解決事件ファイルだが突然の連載終了となったらこの事件とA氏のことも思い出してほしい。