99.お願いごと
さて。ミルキィ様と、白い大きな壁の修復に取り掛かった。
ちなみにミルキィ様が、煩い、とおっしゃったので、何か用事がある時だけ、トラン様と通信アイテムを使う事にした。
というわけで、無言。
黙々と手を動かす。
床に、バラバラと破片が落ちているので、取り上げて、壁を見上げて、どこから落ちたのかな、コレ・・・と探す。
すると、わずかに光ってたりするので、そこに嵌める。というとても地道な作業だ。
時折、ミルキィ様がため息をついて、困ったように壁を見上げる。
どんどんその回数が増えてきた。
お疲れが出てきたんだろう。すでに数時間経っている。
「ミルキィ・ホワイト様。お食事にしますか?」
「・・・」
なんだか嫌そうに、ミルキィ様は頷かれた。
***
あれ。貴族ご令嬢のご飯って、色々お手伝いが必要なのかな。
と思ったけど、ミルキィ様は立ったまま、慣れたようにテーブルから食事を始められた。
なぜなら、椅子はないから。
平民の私でもちょっとびっくりするのに、ご令嬢が文句も言わずこんな風に食事をとられるなんて。
そのミルキィ様、私を固い表情でご覧になる。
もの言いたげだ。
なんだろう。
平民の私と同じテーブルで食事なんて嫌だ、とか?
・・・。
でも今は、嫌と言われた時に考えようかな。
軽く食事が終わり、ミルキィ様が『時計』を所望されたので、トラン様にお伝えする。
すぐに立派な置時計が床に現れた。
わぁ、もう夕方を過ぎている。
ミルキィ様、現れた時計を睨んでおられる。
そして、座り込まれた。
「大丈夫ですか?」
慌てて尋ねる。
コクリ、と頷くミルキィ様。
「具合が悪いのですか?」
なおも聞いてみると、涙目で私を見上げて来られた。
え、何?
ミルキィ様は何かを言おうとして、だけどすぐ口を結ぶ。言いたく無いようだ。
そして、辺りをキョロキョロと見回された。
浮かんだ涙を拭われ始めた。
「どうしましたか」
私も焦る。
「メーメ様にも、言わないで」
「え、はい」
「お手洗い・・・」
ん?
小さな呟き声。
・・・。
ミルキィ様は顔を赤くして俯いてしまった。
そのうち、ぐずぐずと泣き出された。
は!!
そ、そうだ!
「ほ、本当ですね・・・、私、辺り、ちょっと見てきます!」
コクリ、と頷かれるミルキィ様。
うずくまっておられる。
今までずっと我慢しておられたのかも・・・!
そして他人事じゃない! 私にも来ることだ!
慌てて周囲を見やる。
ケセランたちがふわふわ浮いている。
どこか、え、本当にどうしたら良いの?
トラン様たちに『あの、ちょっとバケツみたいなものを・・・』とか? 言えない! 絶対言いたくない!
「トイレ、トイレ、トイレ・・・!」
焦って呟きながら、周辺を見て回る。瓦礫はところどころにあるけど、他は何もない。
どうしよう。
私の走りに合わせてケセランが動く。
胸元でスルッと1つ、フワフワが消えた。
『う、にゃ・・・』
「トイ・・・えっ!?」
聞こえた声にぎょっとする。
私、もしかして通信アイテム握ってしまってないよね!?
トラン様に筒抜け!? 絶対嫌だ!!
だけど握ってなかった。大丈夫。
落ち着け、それにトラン様の声とは違った・・・。
ふわ、と目の前にケセランが漂ってきた。
あれ。
また消えた?
『にゃっ』
「え!?」
そういえば、さっき、精霊が胸元に入った。ネコのお守りに入った。
え、ケセランも!?
急いでネコのお守りの方を引っ張り上げる。カゴから取り出して布を外した途端、
『にゃ』
近くにいたケセランたちが次々と中に吸い込まれていく。
『にゃおにゃお』
私の側のケセランが消えた。
『にゃーん! ケセラン11匹、おめでとー。さぁご褒美だよ。お願いを一つ、叶えてあげる。さぁ、言ってくれにゃー』
いきなり、ネコのお守りが動き出した。
***
私は、動き出した小さなネコを手のひらに乗せて、ミルキィ様のところに駆け戻った。
「ミルキィ・ホワイト様!」
分からないんです、助けてくださいー!
ミルキィ様が赤い顔で私を見る。
「お願いを叶えるというネコ! が!」
慌ててよく分からない事を言ってしまいつつ、ネコを見せる。
『さぁ、願いを一つ叶えるニャン』
ほら、こんなこと言い出したんです!
「どうしましょう、修復をお願いしてしまいましょうか」
「ダメ」
ミルキィ様は食い気味で即答した。
片手で私の手首を握られた。震えておられる。
「お願い。もうダメ。お手洗いを。安心して使える広くて清潔なお手洗い。早くっお願い!」
「・・・はい」
「この恩は一生忘れないからっ!」
こんな頼みを断れる人がいるだろうか。いない。
「ネコちゃん、清潔で安全で、えっと、貴族のご令嬢も平民の私も快適に過ごせるトイレを、今すぐに出して!」
『・・・え、トイレ? 本当に? 恋の願いじゃないの普通?』
「トイレで!」
『ぶにゃー・・・』
ネコがものすごく不満げにしっぽを揺らした。
***
見える範囲、後方に現れた部屋とドア。
う。トイレの個室って嫌、と直近の出来事を思い出した一方で、ミルキィ様が泣きながら早足でドアに向かわれた。
うん・・・これで良かったんだ・・・。
だって私にも必要だし。
『安心で快適で清潔で十分な広さもあるトイレだにゃ。どうにゃ』
「ありがとう。虫とか絶対入ってこないよね」
『完璧にゃ』
「ありがとう、良かったー!」
うん。もう良かったという事にする。
『不満だにゃ。ボクは恋のお手伝いをするはずにゃ。トイレなんて屈辱にゃん』
「ごめんね。でも助かったよ」
『仕方ないにゃん・・・さらばにゃん・・・』
大変不満そうに、最後は項垂れたようになって、ネコは呟き、そして私を見上げ。
パリン、と軽い音。
手のひらの上に残されたのは、縦二つに割れてしまったネコの小さなお守り。
何だか切ない。でも、ありがとうね。




