09.前世と今世と
俺の前世。高校生、男。バスケ部。
充実していたと思う。
俺は、同じクラスの子が好きになった。
男子とはあまり交流のないグループの女子。
友達といつも楽しそうに好きなゲームの話をしている。
初めはそこまで興味を引かれなかったけど、掃除の班が一緒になって少し話せるようになってから、気になりだした。
ヒュー様がカッコイイ、大好き、
浮かれたように友達と盛り上がる、その内容に呆れを覚えていたはずなのに、いつの間にか好きなものについて話している笑顔がものすごく可愛く見えていて。
告白に踏み切ったのは、そのグループが、こんな話をしていたからだ。
『卒業式の日に告白されても困るよね』
聞こえた内容にギョッとした。思わず耳をそばだてた。
『そうだよね。進路みんなバラバラなのに、好きでも付き合うとか、難しいよね』
『そう思うー。最後の日に告白するってフラレた時の保険だよね?』
『だよね』
『もうちょっと前に言っとけばオッケー、ってこともありそうなのにね』
動揺した。悩んだ。
すでにしっかり好きで、だけどまだ友達認定もしてもらっていない。クラスメート止まりだ。
告白はいつかしたい。卒業式とか・・・。
卒業式は、止めた方が良い。決定だ。
だったら。思い切って早い方が良いかもしれない。
***
1週間後に返事を貰った。気が気じゃなかった。
あの子は真っ赤な顔をしていた。
「その、ユミが、皆木くんは良い人だって、言うから、その、よろしくお願いします・・・」
消え入りそうな声で泣きそうで、俺は自分の耳を疑った。
「OK? で良いんだよな」
「うん」
万歳。大声出して走り回りたい。
俺の笑顔に、恥ずかしそうに笑ってくれた。
***
鏡を見て映る顔に愕然とした。
この顔、見覚えがある。
あの子が、大好きだといつも友達と話していた。キーホルダーも持っていると知っている。
好きだと話す笑顔に惚れたけど、愚かにも、ゲームのキャラに俺は嫉妬を覚えていて、世の中で一番嫌いな顔だった。
彼女は何と呼んでいた?
思い出そうとしても、今の自分の名前に上書きされる。
俺は今、大嫌いな顔の『トラン・ネーコ』として生きている。何の罰ゲーム。
罰。
そうだ、俺は、あの日、死んだ。
鏡を何度も殴りつけた。割れない。
悔しくて泣いた。
なんで俺は、死んでしまったんだろう。
後悔しかない。
あの子は待っててくれたはずだ。
待ち合わせで俺が死んだ。
あの子はどうしたんだろう。
告白なんて、付き合ってなんて貰わなければ良かった。
あの子の負い目になるような死に方を、してしまった
***
「みなき、くん・・・」
聞き間違いかと俺は思った。
あの子が好きだったゲームの世界で、ゲームの主役のはずだという女の子が、そう呟いたように、聞こえたからだ。
この子は突然取り乱したように泣き始め、身体を前に傾けて倒れそうになった。呼びかけたが答えず、ついに気を失った。
バタバタと使用人が医者を呼びに出て行く。
意識を戻そうと何度も呼びかけながら、俺は動揺していた。
きみは誰だ?
前世は病死。高校は行けていない状態で。
きみは、あの子とは違うはず。
違うのだろう?
なのになぜ、そんな状態で、俺の前世の名前を呼んだ。
まるであの子が俺を呼ぶみたいに。
***
「気が付かれたようです」
知らないオジサンの声がした。
「キャラ・パール嬢」
あ、これはトラン・ネーコ様の声。心配そう。
「少し診させてもらうよ。この指は何本あるかね」
知らないオジサン・・・失礼、どうやらお医者様が目の前に指を2本みせた。
私は寝かされているらしい。
「2本です」
「ではこれは」
「3本」
「よろしい。貧血だ。ちゃんと食べるように」
・・・食べてると思いますよ? 貧血?
さては適当・・・。
「具体的には何を食べると良い」
「様々な多くの食材を少しずつ」
トラン様と医者が会話している。
・・・ねぇ、そのお医者さん大丈夫? この世界の医療レベルって大丈夫?
医者は色々話して去っていった。
ん? 医者? 医療費は!?
思わずガバッと起き上がると、『木』の部屋、ソファーに寝かされていたのだと分かった。
私の突然の動きに、トラン様が心配そうになった。
「まだ横になっていなくて大丈夫か?」
「え、と、」
「きみは取り乱して、気を失った。・・・酷く泣いていたが、どうした? ・・・俺がきみを傷つけるような事を言っただろうか。もしそうなら・・・」
「え、あ、いえ・・・」
あまりに心配そうで、『医療費がものすごく気にかかります』と切り出せない。
一方で、自分のことを思い出そうとする。
・・・どうしたんだっけ・・・。
あ・・・。
「私もよく・・・」
分からない。
「きみは、『みなき くん』と言ったんだ。・・・覚えているか?」
言ったの、だろうか。
だけど。
「どうしてか、よく、分かりません・・・」
あんな黒いイメージの事も。感情が込み上げてきたことも。
だって、私が知るはずのないことだ。
きっと、トラン様の前世の彼女さんの立場のことだ。
・・・私、彼女さんが羨ましいって、無意識に、考えちゃったのかな。