87.登校
気が付いたら朝だった。
結局あまり眠れていなくて、ぼんやりしている。
鏡を見せてもらったら、やっぱり目が腫れぼったい。泣き過ぎ。
でも、授業には出よう。
自分が今できることの中で、それが一番良い気がする。
ルティアさんにお願いして、一緒に朝ご飯を食べる。
昨日、かえってご迷惑をおかけしたことをお詫びしたら、ルティアさんは苦笑していた。遠慮せずに言ってください、と言ってくださって、恐縮しつつ、御礼を告げる。
朝食後、目が腫れぼったいので少しでも、と目を冷やしているところにトラン様が来てくださった。
慌ててお出迎えしたけれど、お顔を見た瞬間、昨日の事が思い出されて何を言って良いか分からなくなる。
トラン様も少しうろたえたように見える。
ルティアさんたちに促され、ソファに移動して、
「おはよう。あれから眠れたか?」
とトラン様は優しく声をかけてくださった。
実はあまり眠れていないけど、そういう答え方はしたくなかったので、
「とても、安心できました」
と昨日嬉しかったという気持ちを込めて答えてみる。
トラン様が嬉しそうに笑んだ。
「良かった。それから・・・昨日言った事だが」
あ、緊張する。
「本当の事だから、互いに、できれば、悩んでいる事など打ち明けて行こうか」
「は、い! ありがとうございます!」
「それと、俺の気持ちは伝えた通りだが、根回しができていない。だからその、人には俺が話したと、まだ言わないでいてくれないか」
「はい。あの、安心してください、言うような人は、例えばルティアさんたち以外いないので・・・」
「そうか? ポニーとスミレ・ヴァイオレット嬢が同じクラスだろう?」
「はい」
と答えてから、想像してみる。
うーん。
ポニー様には、相談したくなるかもしれない。
だけど、スミレ様がおられるから、ポニー様への相談も控えるかも・・・?
「その、俺がきみを望んでいると伝えた事は、まだ伏せて欲しい。周囲に広がれば、周りの動きが加速するかもしれない。俺が対応できない事態を恐れている」
「はい。分かりました」
真剣に聞いているけど、一方でドキドキしている。
本当に思っていてくださるのだと実感できる。
「きみ、将来、どうなりたいという希望はあるか?」
「え」
***
互いに、あやふやな「こうなれば良いな」という夢の話をしているうちに、時間が来た。
ちなみにトラン様は、貴族の仕事自体は、やりたくて、だから私と結婚してそれができる状態を模索中だということだ。でも、少し田舎に引っ込んで、後継者はまだ幼い弟さんにするのもありだとも考えたりしているそうだ。
私は・・・。
トラン様が好きだけど、その後をきちんと考えたことが無かった。
貴族の奥様になるって、どういうことをすればいいんだろう。役割は心配するなって昨日トラン様が言ってくださったけど、具体的に分からない。
もし平民のままなら。
お母さんと弟と妹の近くに住んで、好きな人と結婚して、皆の生活を支える、家事とかやって暮らす、というイメージがあったんだけど。
どうしていきたいか。
トラン様と結婚した時のイメージを考えてみてもらえると嬉しい、とトラン様には言われてしまった。
はい。いろいろ、想像してみようと思います。
照れる・・・。
***
さて、そろそろ授業が始まる時間に。
トラン様が教室まで送ってくださる。
その様子を、貴族の皆様が私とトラン様にものすごく注目してくる。
じっと観察する感じ。
だけど、トラン様がご自分の教室に向かわれて、私一人になっても、誰も私に声はかけてこない。
状況を見極めようとしているのかな。それとも、ルティアさんがいてくださるから、トラン様に筒抜けだと思うのかな。
平民の癖に、とか思われているのかな・・・。
とにかく一人の状態だから、授業が始まるまで予習をしておこう。
ポニー様とスミレ様は、今日も開始のギリギリに登校されるのかも。
***
さて、午前中の授業は終わり、お昼休みになった。
ポニー様とスミレ様と、やっと「遅いけどおはようございます」という挨拶を交わしあう。
ポニー様とスミレ様は、休憩時間はずっと、貴族の皆様に取り囲まれてしまうのでとても挨拶もできない。大変そう。
今日もランチをご一緒する。
使用人の方に先導されたり守られて移動しつつ、ポニー様は私に、不思議そうに小さく尋ねて来られた。
「何かあったの? 大丈夫?」
「え?」
「昨日、何かあった? 目が腫れているよね・・・。何でも相談に乗るよ?」
「ありがとうございます・・・」
「ポニー様、平民のキャラ・パールさんに親しくしすぎですわ。私も傍に居りますのに・・・三角関係だなどと噂を立てられるのは困ります・・・!」
スミレ様がポニー様に少し怒っている。スミレ様がポニー様の服の裾を引っ張っている。
あれ?
まさか、ひょっとして、嫉妬されているのでは・・・。
ポニー様がスミレ様を見て、自分の服が引っ張られているところに視線を向けて、困ったようにまたスミレ様を見た。
「ごめん。また何かあったのかと心配だったんだ。泣いたんだと分かるから。スミレ嬢も、一度、キャラ・パール嬢が受けてきた嫌がらせを全て知ってみると良い。きみは心配にならないの?」




