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72.トラン様が来てくださる

「暗い」

入ってきた人は指摘するようにそう言った。トラン様だ。


「灯りを!」

「駄目です。キャラ・パール様の目に触ります。今日は光は抑えるようにと言われておりますでしょう」

ルティアさんが指摘する。


「・・・そうか。そうだった」

「それから、起きておられます。落ち着いてくださいませ」


「あ、悪かった。・・・痛!」

ゴン、とテーブルにぶつかられた様子だ。


「大丈夫ですか?」

と思わず声をかけた。


「!」

ゴン、ゴゴン、とソファーなどにもあたりながら、トラン様がやってくる。


「もう少し目を慣らしてから動いてくださいませ・・・」

ルティアさんが困ったように呟いている。


「そんな余裕が俺にあると思うのか?」

時によろめきながら傍にトラン様が来てくださった。


「大丈夫か? 実はあまり見えていないんだが」

「少ししたら目が慣れますわ。どうぞ。おかけください」

「あぁ」

ルティアさんが私の手と椅子をトラン様に受け渡した。


「・・・」

ルティアさんに誘導されて、椅子にゆっくり座ったトラン様が少し不思議そうに自分の手を見つめている。

私は見えているけど、私の手だって気づいていないかも。

握ってみると、驚かれた。


「手か!」

「はい、左手です」

「・・・」

ギュ、と強く握り込まれた。


「・・・顔が見えない。大丈夫か?」

トラン様が動いて、近づいて来られた。あれ、少し涙声に聞こえる。

ち、近い! ちょ・・・!

左手は握ったまま、空いた方の手で顔の場所を探ろうとしてる。

慌てて、私の空いた方の右手でトラン様の宙を彷徨う手を掴む。


トラン様が無言だ。

右手もギュッと握られる。


「大丈夫か? ・・・具合はどうだ?」

やっぱり声が、震えている気がする。

「治療、魔法使いの人がしてくださったって・・・ありがとうございます」

「あぁ」

近づいてこられて、避けられずに、ゴンと顔があたった。

「痛」

「痛。申し訳ない。案外近かった」

「・・・見えているので、恥ずかしいです」

「見えているのか。そうか。申し訳ない・・・」


部屋には暗いとはいえ灯りがある。慣れたらトラン様も同じように見えるはず。


「怖い目にあわせた。普段と違う日だから警戒が必要だったのに。本当に、申し訳ない」

泣いている? 泣きそう? 声が明らかに震えていた。

握っている手も。


「いいえ。たすけに、きて、くださって」

顔を見て話しているうちに、また感情が込み上げてきた。私の声も震える。手を放して涙をぬぐいたいのに、両手とも離れない。


とっさに俯いた。

う、と声が漏れてしまった。


両手が外されて、抱きしめられていた。トラン様に。

「嫌だったら外してくれ」

と囁かれる。

首を横に振った。

ギュッと力を強めてくれた。


抑えようと思うのに声がもれる。あんなにルティアさんと泣いたのに涙が出て来る。


「本当に、人間性を疑うよな。貴族には悪魔でも混じってるのかと思う。酷すぎる」

トラン様が、ポツポツと話してくださっている。


「俺も、人前で大泣きした。あまりに酷いと判断されて、ジェイに殴られた」

え。

内容に驚いて、顔を少し上げようとした、けどトラン様の腕の中であまり動けない。


「血が上っててジェイと殴り合いになったところを、グレンに落とされた。2人ともな」

「・・・」

「呆れたか?」

ちょっと。頷けないけど。


「明日、学院が辛い。まぁ今泊っているわけだが。皆が全員休めばいいのにと心から思っている」

思わずちょっと笑ってしまった。

「そう思わないか?」

「ふ、ふふ」

「学院長に突っかかるし、無理やり泊まるし・・・まぁでも、今、きみの傍にいれるから良かった」

「・・・」

モゾ、と動くと、少し腕を弱めてくださった。


「目が慣れた。顔が見える」

とトラン様。ものすごく近くにお顔がある。目がキラキラ見える。トラン様、やっぱり、泣いている。

「・・・ご、迷惑を、」

謝ろうと思ったのに、落ち着いたと思ったのに、話し出すとまた感情がこみあげて涙が溢れて来る。

「おかけ、して、ごめんな、さい・・・」

「泣かせたくなかったのに、怖い思いをさせて、申し訳ない・・・。なぁ、聞いてくれ」


涙声なのに笑ったような気配に、顔を上げる。


「きみの傍に俺もつくと言ったのに、ルティアとグレンに蹴りだされた。酷いと思わないか。ルティアに嫉妬を覚えるぞ。ルティアは女性だから大目に見ても、グレンは男だ。グレンは許されてなぜ俺は駄目なんだ」

「・・・」


「そんな目で見ないでくれ。確かに俺ときみは未婚の異性だ。だが、使用人がきみと過ごせてなぜ俺は駄目なんだ。腹が立たないか? 酷い話だ」

「トラン様が、よこに、おられる? 一泊?」


「・・・そう確認されると、俺も気恥ずかしいが」

「すみません・・・」


「今謝らないでくれ。断りの言葉に聞こえて辛いから」

「すみません・・・」


「だから断りに聞こえると・・・。大丈夫だ。冷静になれば、ルティアたちの判断で正しいと理解できる。・・・なぁ、明日な。授業に出たくないならこの部屋にいれば良い。放課後、きみが行きたいままなら、約束通り、町に買い物に出ないか? 好きなもの買ってやる。何が良い? 存分にたかってくれ。何でもいいから」

「・・・はい」

話してくださるのを聞いているうちに、安堵が胸に広がってきた。


「町、行きたいです。楽しみにしています」

「良かった。どこに行こうか昨日もリストを作っていた・・・ところで、きみの声が聞けて、暗いせいか、子どものように眠くなってきた」

「・・・はい、おやすみなさい」

「隣の部屋、ソファーで寝ていても良いか?」

「え、」

ソファーとか・・・。


「お止めください。きちんと別棟に部屋を手配したのです、そちらにお戻りください」

ルティアさんが声をかけてきた。

「別に何をするわけじゃない、隣の部屋で寝るだけだ」

とトラン様。

「いけません。きちんとされるのでしょう? 早く部屋に戻られて、明日に迎えに来られてください」


トラン様がため息をついた。

「俺にだって分別はあるんだが。駄目だというなら、まだしばらくここにいる。勿論、就寝時は別棟に戻る」

「その方が宜しいですわ」


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