71.泣いている
運ばれている。名前を呼ばれている。だけど全部遠くで、夢の中だ。
泣いている。私が好きな人の声だ。
***
目をふと開けた時、辺りは暗かった。
「気づかれました」
と誰かが言った。まだ夢の中にいるみたいだ。声が随分遠くで聞こえる。
「牙がまだ残っている。まだ動かさないで」
と誰かが言った。
「もう少し寝ている方が良い。大丈夫、起きたら綺麗に治っているよ」
***
誰かが私の肩を撫でている。ルティアさんかもしれない。近くで声がするから。
「私たちが、もっと早く辿り着けていたら・・・」
泣いている。
「本当に、ごめんなさい。なんて酷い事・・・」
そちらを見ようと動くと、肩を撫でていた手が止まった。
「キャラ・パール様?」
「はい・・・」
目を開けたけど、やっぱりあたりは暗い。
「ここ、どこですか? ・・・今、何時ですか・・・?」
「今、夜の9時を過ぎたところです。灯りは、今日は光が辛いはずだから暗くしておりますの。それからここはまだ学院です。今日はここでお休みください。ずっとついておりますからね。護衛もおります」
またルティアさんが涙声になった。
えっと・・・。
「どこか痛みますか? 大丈夫ですか?」
「私、えっと・・・!」
思い出した。全身がゾワッとなった。
慌てて飛び起きようとする。ベッドに寝ていたけど、シーツをバッととめくる。
「ここにはおりません、もうおりません! 大丈夫です、全て殺しました、大丈夫ですわ」
「大丈夫・・・」
「えぇ」
ルティアさんの目が潤んでいる。
「全部探しましたよ。虫一匹いませんわ」
「・・・私、どうなっていました、か?」
恐る恐る確認したら、ルティアさんが手を伸ばして私の頭を撫でた。ゆっくり何度も。
「どこから聞きたいですか? 私たちが見つけたところから?」
「・・・はい。あ、それから」
「えぇ」
「試合、どうなったんでしょう・・・。私、またご迷惑をおかけしていますよね・・・?」
「迷惑ではありません。助けを求めることは正しいことですわ」
まるで言い聞かせるようだ。
***
「試合からお話しましょうか。主は途中棄権しましたがベスト8に入りましたわ」
途中棄権・・・?
まさか。私が迷惑をかけたせいでは。
ルティアさんが私の頭をまた撫でた。
「それから、レオ・ライオン様は、準優勝ですわ。大変悔しそうだったそうですわ。表彰台も、それはそれは不機嫌なご様子だったとか」
少し笑ったような声だ。
「キャラ・パール様。本当に、お詫びして済むことではございませんが、本当に、本当に申し訳ございませんでした。合流を急ぎましたのに、なかなかお会いできませんでした。もっと早く・・・申し訳ございません」
「え、いえ・・・」
「犯人を捕まえましょう。必ず」
「あの・・・」
言いかけて、身体が勝手に震えてきた。
「怖い、」
と勝手に言葉が口から出てきた。
「えぇ」
ルティアさんが抱きしめて来てくれた。
「怖かったですわね。本当に、本当に、」
ルティアさんがまた泣きだした。
その声に、私もぶわっと涙が溢れてきた。
***
わんわん泣いた。
ルティアさんも泣いたので、二人で泣いた。
喉が渇いて水を飲んで、それでもまだ泣けた。
沢山泣いてから、やっと事情を嗚咽混ざりで話すことができた。
ルティアさんを待っていたら、使用人の人が向こうで見かけたと教えてくれた。
探したけど見つからなかったから、トラン様のところに行こうと思った。
花壇の上に立っていたら、誰かに背中をひっぱられた、落ちた。もしかしてグリーン家の使用人の人かもしれない。
貴族令息が助けてくれて、また花壇の上に立ちづらくて、トイレにと思った。
閉じ込められて、隙間から袋でムカデを入れられた。噛まれて多分気を失った。とても怖かった。
「ごめんなさい、もっと早く見つけたかったのに。お探しして、試合の近くと分かり、校舎内を探して・・・モモ・ピンクー様がトイレの前に」
え。
モモ・ピンクー様?
「青ざめておられました。悲鳴が聞こえたと。だけどドアに何か仕掛けてあるから入りたくない、あなたが全く出てこないと」
「モモ・ピンクー様じゃない・・・?」
「分かりません。ドアに確かに仕掛けが。粉袋でしたわ。入ったら床や壁にムカデが這っていて、一つ扉が閉まっていて。急いで開けました。モモ・ピンクー様たちに事情を聴いた者が言うには、一人出て行くのは見た、使用人のはずだと。それが出る時に袋を仕掛けていったそうです。他の人は出入りしていないと。嘘ではなさそうです」
「使用人・・・グリーン家の人が、花壇の、とこで、」
「まだ分かりません。どこの者か分からない」
ブルブルとルティアさんが震えた。今は互いに両手で握りしめ合っている。
「申し訳、ありません、中で、倒れておられて・・・、たくさんっ、噛まれて、毒で、危なくて、怖い思いを、本当に、申し訳ありませんっ、」
また泣けてきた。
思わずルティアさんに抱きついた。
ルティアさんは助けに来てくれた人だ。ルティアさんは悪くない。だけど上手く言葉にできない。
「治療に、主が学院長に訴えて、魔法使いを呼ぶことが、でき、ました。魔法で、治療できる人がおりますの。とても、危なくて、とても、酷い状態、でした。治療は終わりました、だからそこはご安心、くださいね」
「ありがとうございます・・・」
ルティアさんはブルブルと震えてから、何度か深呼吸をした。
「キャラ・パール様、主が、自分も学院に、泊ると言い、少し離れてはおりますが、学院内におりますの。とても心配しております。目が覚めたら呼ぶようにと。呼んでも宜しいですか? ご迷惑なら呼びませんわ」
「トラン様・・・」
「会われるなら、お顔を洗いましょう」
「はい」
ルティアさんが笑ってくれた。
「灯りは暗くしたままですから、多少のことは、見えないはずです」
「ありがとうございます」
「もしも、思い余った主が変な事をしようとしたら、我慢せず助けをお呼びくださいね」
「・・・は、い?」




